9 「アイアンローズ」の誕生
翌朝から、ローズの活躍は止まらなかった。
昨日の震えはどこへやら。
射程範囲内の敵兵は、残らずローズの洗礼を浴び、地に伏した。
湖北地域の戦線は一気に前進した。
味方の兵士たちは、口々にこの狙撃をしているのはどんなやつだと噂した。
狙撃部隊の隊長ザイード軍曹は、味方の士気をあげるために、わざとローズの名を広めた。
「ローズ、ローズ!」
「ローズ、ローズ!」
歩兵も工兵も衛生兵も、みな彼女の名を叫び、安心して敵地へと突進していった。
やがてローズは「アイアンローズ(鉄の薔薇)」の異名で呼ばれるようになった。
「アイアンローズが俺たちを守ってくれる。アイアンローズは俺たちの女神だ!」
「アイアンローズ、アイアンローズ!」
そうして、わずか三日ほどで湖北地域はモデリア王国の手に堕ちた。
ローズは戦地で階級が上がった。
新兵(二等兵)がこの短期間で一等兵となるのは、異例の速度だった。
「ローズ『一等兵』。なぜここに呼び出されたかわかるか?」
二日前の夜と同じ質問がなされる。
ローズの目の前には、あの時と同じようにザイード軍曹とミリア一等兵がいた。しかし、今のローズはもうあの時のローズではない。
「わかりません、ザイード軍曹。敵は、上手く撃てるようになったと思いますが……」
「ふふふ。そうだな」
ザイード軍曹は不敵に笑う。
ローズはもう、うしろめたいことなど何一つなかった。真正面から見返す。
「では、なぜとお聞きしても?」
「ああ、ローズ・ベネット。君はとても『優秀』だ。素晴らしい戦果を修めた。ゆえに、他の地域に応援をと請われていてね」
「応援、ですか?」
「そうだ。これから君には湖を横断して、湖南地域に向かってもらう」
どうやって、という顔をしていると、ミリア一等兵が補足してくれた。
「船舶兵たちの船に乗って湖南地域に向かってください。大丈夫。向こうには向こうの狙撃部隊がありますから、そちらと合流してください」
「えっ、私一人で、ですか?」
ローズの問いに、ミリア一等兵がうなづく。
まさに「引き抜き」といっていい状況だった。
優秀な狙撃兵を劣勢の地域に配備する。
それは戦略上、正しい采配だ。しかし、ローズは不安だった。
「あの、他の仲間は? ザイード軍曹、ミリア一等兵は……」
「我々はここに残る。この地域を維持・防衛しつづける任務があるからな」
「……」
ローズは沈黙した。
自分だけ違う場所に行かされる。それは別に良かったが、この湖北地域を離れるのは少しだけ心配だった。
(エーミール……)
あのはちみつ色の髪の炊事兵と、別れることになる。
しばらくは大丈夫だろう。でも、また敵国が一斉に攻めてきたら。もうローズが加勢することはできない。
「どうした? ローズ一等兵」
「いいえ。なんでもありません。出発はいつですか」
「一時間後だ。この前線基地のすぐそばの湖畔に、船が来る。着いたらすぐに乗れ」
「はい」
つまり一時間で準備を終えろということだ。
ローズは一礼すると、水の確保や銃弾の補給をするため、走り出した。