8 戦場の夜
陽が落ち、今日の戦闘は終わった。
両軍の兵士が、戦場にちらばる負傷者や死者たちをそれぞれ回収していく。
ローズたち射撃部隊も山を下り、最前線に作られた簡易基地に戻っていた。
テントが張られ、火が焚かれる。
めいめいが枯れ木や水を調達してきて、部隊ごとに夕飯が作られ始める。
そんな行動を尻目に、ローズは直立不動の姿勢を取っていた。
ザイード軍曹とミリア一等兵に呼び出されていたのだ。
「ローズ二等兵。なぜここに呼び出されたかわかるか?」
「……」
黙っていると、バシッと平手打ちが顔に飛んできた。
「わからないならわからないと答えろ」
「て、敵を上手く撃てなかった、からですか……」
「そうだ」
事実、ローズは演習のときほど上手く敵を撃てなかった。
手が震えていたのもある。が、心の奥底では人を撃ちたくないという思いが出ていたからだろう。無意識のうちに照準をブレさせてしまっていた。
そのことをミリア一等兵に「報告」されていたのだ。
「ローズ二等兵、いいか、これは遊びではない。お前のためらいが、我が軍に損害を及ぼしていたかもしれないんだぞ!」
「はい、申し訳ございませんでした」
「お前の腕なら、敵兵の急所を正確に撃ち抜けてもいたはずだ。それなのに……。今回は、『無駄弾』を一発も生まなかったからまだいいとしよう。だがもし、今後も不利益なことをつづけるようなら、きつい懲罰があるからな!」
「はい、本当に申し訳ございませんでした」
「もういい。行け」
「はい」
背後で、二人の話し声が聞こえる。
しかしローズには、もうすべてがどうでもよくなっていた。
己の無力さをただただ呪う。
たしかに無駄弾はひとつも生まなかった。
かならず敵の身体に当てて(それは腕だったり、足だったり、急所に成りえない場所だったが)戦力を削いでいた。
一撃で即死させるよりも、負傷者を生んだほうが、回収したりカバーしながら戦うことになり、敵の負担が増えると兵営の座学で教わった。
そういった利点もあったので、結果的にローズはこの程度の叱責で許された。
しかし、いつまでもこのままではいられない。
ローズは己に振り当てられた場所に向かった。
すでに仲間たちが作ってくれていた夕飯にありつく。
乾燥粉末をお湯で溶いたスープに、乾パン。そして缶詰の魚。
無言で食べていると、仲間たちはもう食べ終わったのかめいめいのテントへ引っ込んでいった。
同期の一人が、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、あなたのテントまで張ってあげられなかった。あとは自分でやってね。それから、最後に焚火の火を消しておいて」
「了解」
ローズは使い終わったマグカップを焚火の上にかけられていたケトルのお湯ですすぐと、すぐに背負っていた荷物をほどき始めた。
テントを広げて地面に固定する。さらに、寝袋を中に入れる。
そのあたりまでやってから焚火を消した。
空には丸い月が浮かんでいた。
敵方の陣地を見ると、同じようにゆらゆらと焚火の火が揺れている。
そろそろテントに入ろうと思っていると、周囲をうろちょろと走り回っている兵士がいた。
何をやっているのだろうと見ていると、どうやら各部隊に何かを配っているようだ。
ローズたちのいる狙撃部隊のところにもやってきて、なにやら地面に置いている。
それは、明日の朝食用の薪のようだった。
枯れ木を集めろとは言われたが、明日の分まで用意したところは少なかったようだ。その補充をわざわざ行っている。
「あのっ、薪、ありがとう!」
声をかけると、その兵士は驚いて顔を上げた。
月明かりの下で見えたその顔は、なんとエーミールだった。
「エーミール!?」
「ああ、ローズ! 良かった、生きてたんだね!」
「エーミールこそ。良かった……」
思わず近づいて、お互いに手を握り合う。
しかし、もうみんな寝静まっていなくてはならない時間だったので、あわてて二人は離れた。
「ごめん、もう、行かなくちゃ」
「うん。明日もどうか無事でね、エーミール」
「ああ、君も」
短く別れの言葉を言い合うと、エーミールは別の場所へと行ってしまった。
その背には、枯れ枝がたくさん詰まったかごが背負われている。
(ああ、そうだったわ。私、エーミールを生き延びさせるためにも……やらなくちゃ)
明日こそ。
ローズは覚悟を新たにして、自分のテントの中に入った。




