5 炊事兵エーミール
食事が終わり、食器を流しで綺麗にしてから返す。
この皿洗いは少しでも洗い残しがあると厳しく叱られる。
ローズは特に何も言われなかったので、すぐに兵舎に戻ることができた。
同僚たちと暗くなった道を歩きながら、戦地での生活を想像する。
(きっと戦場ではこんな豊かな食事をとることはできないんだろうな。入浴もできないし、あたたかなベッドで眠ることもできない。そもそも私は……)
人を殺せるのだろうか。
今まで鳥や獣は躊躇なく殺してこれた。でも、人は違う。
きちんと撃てるだろうか。
そして、我が国を勝利に導くことができるだろうか。
まだ消灯までには時間があり、ローズは同僚たちと別れてひとり射撃場に向かった。
真っ暗な射撃場には誰もいない。
五十メートル先には黒い人型の的がある。
空想のライフル銃を構え、その黒い人型が本物の人間であると思い込み、引き金を引く。
うまく、撃てたと思う。
でも現実でもできるかはわからなかった。
ローズは射撃場を後にする。
まだ時間がある。
あまりふらふらしているところを上官に見られると説教されるかもしれない。
人気のなさそうな道を歩く。
「あれ、君は……」
聞き覚えのある声が建物の陰から聞こえた。
月明かりのある場所にその人物が歩み出てくる。
金色の髪。それは、エーミールと呼ばれていた炊事兵だった。
「また会ったね。さっきも気付いてたけど、先輩に注意されてしまったからあれ以上声をかけられなかった。昨日、会ったよね?」
「あの……」
「ああ、僕はエーミール・シュバン。歩兵部隊にいるけど、主な仕事は……君も知っての通り炊事係だよ。半月前に入営してね。君よりはちょっとだけ先輩だ。ああ、それにしても、君の髪はとても鮮烈な色をしているね。まるで炎だ。だからすぐにあの時の君だと分かったよ」
ローズは自分の髪色を、特に良くも悪くも思っていなかったが、それが理由で顔を覚えられていることに驚きを隠せなかった。
とはいえ、自分も彼の髪色で覚えてしまっていたのだが。
「あなたこそ、はちみつみたいに綺麗な髪色をしているわ。私はあれから狙撃部隊に配属されたの。ねえ、あのときのニワトリは? どうなったの?」
「ああ、ちゃんと絞めたよ。ちょっとばかり手こずったけれどね。たまに、めちゃくちゃ活きのいいやつがいるんだ。そういうのはギリギリまで抵抗する」
「たしかに。野兎なんかでも同じことが起きるわね」
「野兎?」
「ええ。私、地元では父と一緒に猟をしていたの」
「ああ、だから」
エーミールは、なるほどと納得するようにうなづいた。
「それなら僕も同じだよ。僕はもともと王都の方で料理人として働いていたんだ」
「ああ、だから」
「そう。君と一緒。職業による技能を必要とされているってわけだ」
お互い似たような境遇だと思った。
それに気付いた二人はそっと微笑み合う。
「ああ、そうだ。これ、君にやるよ」
「え?」
エーミールは、ポケットからいくつかブドウの実を取り出した。
「どうしたの、これ」
「明日の上官の朝食用だよ。いくつか傷んでるやつがあってさ、僕たち炊事係はそういうワケあり品をもらえることがあるんだ。いわゆる役得ってやつだね。僕の兵舎のやつらにも分けようと思って持ってきたんだけど、いいや。これ君にあげる」
「そんな! 悪いわ」
「これもなにかの縁だよ。戦の勝利と僕たちの活躍を願って、ね?」
「……ありがとう」
赤紫色の実をいくつか受け取って、ローズはお礼を言った。
エーミールは「じゃ、おやすみ!」と言ってすぐに立ち去っていく。
ローズは誰にも見られないうちに、そのブドウを口にした。
甘酸っぱい味が口いっぱいにひろがる。
「不思議な人……」
ローズはその味を噛み締めながら、そっと微笑んだ。