4 兵営での生活
兵営での一日はこのような流れだった。
朝の身支度→朝食→武器の手入れ・座学・午前の演習→昼食→午後の演習→武器の手入れ→入浴→夕食→就寝
ローズは狙撃専門の部隊に入れられた。
ここでは他の部隊とは違って狙撃を中心としたものが教えられる。
入営してから丸一日。
兵営の射撃場では、部隊長であるザイード軍曹が新人たちの前に立っていた。
「座学の時にも説明したが、お前たちが今着ている軍服は周囲から目立つ色をしている。実戦においては、それを極力目立たせぬよう、泥で汚したり、草木を身に着けて周囲の環境にまぎれなくてはならない。午後の演習ではその状態となり、様々な射撃体勢をとってもらう。各自、違和感がないか互いにチェックし合うように! それでは、始め!」
号令がかかり、それぞれが考えながら動き始める。
ローズはザイードの話を聞いて、言われてみればと思っていた。
たしかにこの軍服は美しい色に染めあげられているが、現地では敵の恰好の的となるだろう。
ローズはおそるおそる射撃場の地面の泥を上着にこすりつけてみた。
しかし、すぐに違和感を抱く。背中側や下半身も汚すとなると手でやっているのはかなり効率が悪いのではないか。
「あ、あんた何してんの!?」
「何って、戦場だったらこんな悠長にしてられないなと思って」
他の村から来た同期が、ローズの奇行に驚いている。
ローズはごろごろと地面の上をころがってみせた。
こうすれば一気に背中も下半身も汚せる。
さらにその辺に生えていた雑草を引きむしり、それをつる状の草で大まかに束ねると、まとめて髪の間にさしはさんだ。
ローズの髪は燃えるような赤だったので、これも目立つと思ったのだ。
そして顔にも泥をぬりたくる。
「うん、こんなものかしら」
支給されたライフル銃を、立った状態、膝立ちの状態、うつぶせの状態で構えてみる。
「おお。ローズ・ベネット二等兵、素晴らしい手際だな。ではそのままあの五十メートル先まで匍匐前進せよ!」
「はい」
「他の者もさっさと続け!」
「「「はい」」」
ザイード軍曹の掛け声に、みなが一斉に返事をする。
ローズから遅れて全身を汚した者たちが、後に続く。
ザイードはゴール地点に回り込み、ローズたちが到達するのを待った。
十数分後。
すべての者が辿り着き、ザイードが労う。
「よし。全員よくやった。だが、今日の演習はあくまでも『装備が何もない状態』で行う擬態だ。常時であれば、こういった装備が上から支給される」
部隊の先輩らしき女性兵士が横からやってきて、奇妙なフード付きのマントを全員の前で広げてみせる。
「これはギリースーツという擬態服だ。よく見ると、ネットだったり、モップのような糸が表に沢山ついているだろう。これに現地の草木を差しはさみ、周囲に溶け込みやすくするんだ。ただし、一度汚すと、もう一度綺麗に使うのは難しくなる。貴重な装備でもあるから、ここぞというときにしか支給しない。つまりは、これ無しで戦う時もあるということだ」
「ですので、今日のような演習があるんです」
やってきた女性兵士は、そう言うとギリースーツを実際に自分で着てみせた。
「これだけですと、やはり顔や飛び出ている部分が目立ってしまいますね。なので、基本はそこのベネット二等兵がやってみせたように、ある程度は自分自身を汚す必要が出てきます。ですよね、ザイード軍曹?」
「ああ。補足をありがとうミリア一等兵。もう下がっていいぞ」
「はい」
ミリアと呼ばれた女兵士はザイードとアイコンタクトをとると、すぐに兵舎に戻っていった。
そのなんとも言えない空気に、ローズを含む幾人かは勘づく。
もしかしたらこの二人は「男女の関係」なのではないかと。
しかし、誰もそれを口にする者はなく、引き続き擬態のバリエーションや、現地での潜伏の仕方などを教わることとなった。
演習が終わり、夕食の時刻がせまる。
ローズたちは体に付けた草木を払い落とし、武器の汚れもチェックし終わると、急いで浴場へ行った。
他の部隊も、匍匐前進などの訓練があるので、必然と浴場は泥まみれとなる。
すっかり体を綺麗にすると食堂へ向かった。
洗濯係は別にいるので、ローズたちは真新しい軍服に着替えている。
食堂にはいい匂いがただよっていた。
「なんだろう、コンソメ? ポトフか、スープかな」
トレイを持ち、列に並ぶ。その先には大きな寸胴鍋が置かれていた。
炊事兵たちがそれぞれ目の前にやってきた者に、パンやスープを配っている。
ローズはその中に、入営した日に見た金髪の青年を見かけた。
たしか、エーミールという名前だったはずだ。
ローズはわけもなく動揺しているのを感じた。
「え? なに? 私、緊張している? なぜ……」
わけがわからない。
演習中もこんな緊張はなかったはずなのに。
そのうち順番が来て、ローズは青年にパンとスープの入った皿を渡された。
「あれ? 君……」
気付かれてなにか言いかけられたが、隣にいた別の炊事兵に注意され、青年は黙ってしまった。
ローズもぎろりと睨まれたのでそそくさと食卓に向かう。
本日の夕飯は、レンズ豆とジャガイモとウインナーのポトフ、そして大きめのライ麦パンというメニューだった。
ベルが鳴り、みな一斉に食べ始める。
食べている間、ローズはなんとなくさっきの青年を探した。
彼は、炊事兵なのでこの食堂では食べない。
きっと配給し終わって炊事場に戻ったのだろう。
ローズはスープを一口飲んで、とても美味しいと感じた。
あの時のニワトリはあの日のうちに食材になったのだろうか。入営当日の昼食と夕食には鶏肉料理はたしか出なかったはずだけど。
ライ麦パンをスープにひたしながら、ローズはそんなことを考えていた。