3 召集令状
ローズは配達人から手渡された封書を開けた。
そこには「臨時召集令状」の文字が。
「どうして……ローズは女の子ですよ? それなのになぜ、男の子たちよりも先に、この子が徴兵されるんです!?」
母親が悲痛な声で訴える。
しかし配達人は「ここにサインを」と言っただけだった。
ローズが台帳に日付と名前を書くと、配達人は一礼して帰っていく。
たしかに村の青年たちのほとんどはまだ徴兵されていなかった。
父親が重いため息をつく。
「ローズ。この間、徴兵検査があったな?」
「ええ、小学校でやるっていうから行ったわ」
「あのとき、女はお前ひとりだけだったか?」
「いいえ。男の子もいたけど、女の子もたくさんいたわ。仲良しのメリザも、パン屋のクリシェもいたもの」
「我が国モデリアは、兵役において男女の差などない。ともに十七歳から兵役の登録、および兵役義務が発生する。だが男子を差し置いて、お前がこうも早く呼び出されるのは……銃が上手く扱えると判断されたからかもしれんな」
ローズの両親はうなだれた。
まさかこんな形で娘の腕が必要とされるとは。
後悔の念をにじませながら父親が言う。
「本来なら、成人している俺からなのに……」
「あなた。あなたは最近耳が悪くなったから、兵役を免除されたんでしょう? 行くんだったらわたしよ」
「母さん。母さんだって持病があるじゃない。この家で健康なのは私だけ。だから……仕方がないわ。あまり自分を責めないで」
「ローズ……」
「ああローズ。なんということだ」
母親も父親も席を立って、ローズを強く抱きしめた。
こんなことのために銃を教えたわけではない。生きるために、猟ができるようになるために教えたのに。
ローズは両親になげかれながら、召集令状に記された「旅立ちの日」のことを考えていた。
一週間後。
ローズはさまざまな荷物をまとめたリュックを、えんじ色の軍服の上に背負っていた。
兵士には役場から、紅に近いえんじ色の軍服が支給される。
それはローズの真っ赤な髪とよく似合っていた。
「じゃあ、行ってきます。父さん、母さん」
「ああ、くれぐれも気をつけてな」
「体を大事にね。それから……必ず、生きて帰ってきて」
「はい」
ローズは家を出ると、そのまま役場まで歩いていった。
途中、知り合いの村人たちから声援をもらう。
時間より少し前に着くと、役場前には大きな軍用車が停まっていた。車の周辺には、同じく軍服を着た十数名の若者たちがいる。
「おい、あれローズ・ベネットじゃないか?」
「女なのに……」
「あれだろ、射撃大会で好成績をとったから。目をつけられたんだよ」
「なるほど」
いろいろ言われるが、ローズはあえて黙っていた。
この場にいる女性は自分ひとりだけ。
ある程度はわかっていたことだったが、これから何が災いするかわからないので大人しくしておく。
やがて、役場の兵事主任がやってきて点呼がはじまった。
「よし、全員いるな」
名前の確認が終わると、呼ばれた順に軍用車に乗せられる。
ほろ付きの大きな荷台に押し込められ、ローズは肩身をいっそう狭くした。
この場にいつも使っている猟銃があれば怖さも少しは和らぐのに、と思う。
道中、軽口を叩く者はいなかった。
これから向かう先でどんなことをするのか、みな不安なのだろう。
小一時間ほど揺られ、着いた場所は、首都近郊の兵営だった。
現地の軍人たちが居並ぶ前で車から降ろされ、それぞれ役割ごとに連れていかれる。
ローズは女性ということと、射撃の腕もあるということで、他の者たちとは違った場所に案内された。
途中、料理のいい匂いがどこからともなく漂ってくる。
「こらっ、待てっ!」
とある建物の前まで来ると、勝手口らしき場所から、白いニワトリが一羽飛び出してきた。
それを追いかけるようにして、金髪の青年兵士が飛び出してくる。
ローズを案内していた軍人はニワトリをパッと捕まえると、その青年に手渡した。
「ほら、気をつけろ」
「あ、ありがとうございます。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。ザイード軍曹」
まだ名乗られていなくてわからなかったが、ローズを連れていこうとしていたのはザイードという軍人のようだった。
階級などはまだよくわからないが、きっと自分より上の人間なのだろう。
「家畜で慣れておかないと、戦場では役に立たんぞ。現地では調理する時間も短いし、野鳥や野兎しか手に入らないこともあるんだからな」
「はい、すぐにさばけるよう努力いたします」
「よろしい」
指導を受けている間、青年はひたすら頭を低く下げていた。
ローズはその、陽に透けている青年の髪の色がとても美しいと思った。
まるではちみつだ。
母親の作ったパンケーキの上で輝いていたそれを思い出していると、ローズの視線に気づいた青年がこちらを向いた。
「ええと、そちらの方は……新兵ですか?」
「ああ。今日入営したてのローズ・ベネットだ。これから狙撃部隊の兵舎に連れて行くところだ」
「狙撃……」
そこまでつぶやいた青年は、ローズを見たまま言葉を発しなくなってしまった。
軍人もローズもいぶかしむ。
「エーミール二等兵?」
「はっ! あ、すみません。さ、作業に戻ります。では、失礼いたします!」
深く一礼をすると、エーミールと呼ばれた青年はさっさと建物内に戻っていった。
ザイードと呼ばれた軍人は、フンと面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「いらん時間を喰ったな。さあ行くぞ」
「はい」
そうして、ローズは狙撃兵を育成するための兵舎に入れられたのだった。