表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/12

3 召集令状

 ローズは配達人から手渡された封書を開けた。

 そこには「臨時召集令状」の文字が。


「どうして……ローズは女の子ですよ? それなのになぜ、男の子たちよりも先に、この子が徴兵されるんです!?」


 母親が悲痛な声で訴える。

 しかし配達人は「ここにサインを」と言っただけだった。

 ローズが台帳に日付と名前を書くと、配達人は一礼して帰っていく。


 たしかに村の青年たちのほとんどはまだ徴兵されていなかった。

 父親が重いため息をつく。


「ローズ。この間、徴兵検査があったな?」

「ええ、小学校でやるっていうから行ったわ」

「あのとき、女はお前ひとりだけだったか?」

「いいえ。男の子もいたけど、女の子もたくさんいたわ。仲良しのメリザも、パン屋のクリシェもいたもの」

「我が国モデリアは、兵役において男女の差などない。ともに十七歳から兵役の登録、および兵役義務が発生する。だが男子を差し置いて、お前がこうも早く呼び出されるのは……銃が上手く扱えると判断されたからかもしれんな」


 ローズの両親はうなだれた。

 まさかこんな形で娘の腕が必要とされるとは。

 後悔の念をにじませながら父親が言う。


「本来なら、成人している俺からなのに……」

「あなた。あなたは最近耳が悪くなったから、兵役を免除されたんでしょう? 行くんだったらわたしよ」

「母さん。母さんだって持病があるじゃない。この家で健康なのは私だけ。だから……仕方がないわ。あまり自分を責めないで」

「ローズ……」

「ああローズ。なんということだ」


 母親も父親も席を立って、ローズを強く抱きしめた。

 こんなことのために銃を教えたわけではない。生きるために、猟ができるようになるために教えたのに。

 ローズは両親になげかれながら、召集令状に記された「旅立ちの日」のことを考えていた。



 一週間後。

 ローズはさまざまな荷物をまとめたリュックを、えんじ色の軍服の上に背負っていた。

 兵士には役場から、紅に近いえんじ色の軍服が支給される。

 それはローズの真っ赤な髪とよく似合っていた。


「じゃあ、行ってきます。父さん、母さん」

「ああ、くれぐれも気をつけてな」

「体を大事にね。それから……必ず、生きて帰ってきて」

「はい」


 ローズは家を出ると、そのまま役場まで歩いていった。

 途中、知り合いの村人たちから声援をもらう。

 時間より少し前に着くと、役場前には大きな軍用車が停まっていた。車の周辺には、同じく軍服を着た十数名の若者たちがいる。


「おい、あれローズ・ベネットじゃないか?」

「女なのに……」

「あれだろ、射撃大会で好成績をとったから。目をつけられたんだよ」

「なるほど」


 いろいろ言われるが、ローズはあえて黙っていた。

 この場にいる女性は自分ひとりだけ。

 ある程度はわかっていたことだったが、これから何が災いするかわからないので大人しくしておく。

 やがて、役場の兵事主任がやってきて点呼がはじまった。


「よし、全員いるな」


 名前の確認が終わると、呼ばれた順に軍用車に乗せられる。

 ほろ付きの大きな荷台に押し込められ、ローズは肩身をいっそう狭くした。

 この場にいつも使っている猟銃があれば怖さも少しは和らぐのに、と思う。


 道中、軽口を叩く者はいなかった。

 これから向かう先でどんなことをするのか、みな不安なのだろう。


 小一時間ほど揺られ、着いた場所は、首都近郊の兵営だった。

 現地の軍人たちが居並ぶ前で車から降ろされ、それぞれ役割ごとに連れていかれる。


 ローズは女性ということと、射撃の腕もあるということで、他の者たちとは違った場所に案内された。

 途中、料理のいい匂いがどこからともなく漂ってくる。


「こらっ、待てっ!」


 とある建物の前まで来ると、勝手口らしき場所から、白いニワトリが一羽飛び出してきた。

 それを追いかけるようにして、金髪の青年兵士が飛び出してくる。

 ローズを案内していた軍人はニワトリをパッと捕まえると、その青年に手渡した。


「ほら、気をつけろ」

「あ、ありがとうございます。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。ザイード軍曹」


 まだ名乗られていなくてわからなかったが、ローズを連れていこうとしていたのはザイードという軍人のようだった。

 階級などはまだよくわからないが、きっと自分より上の人間なのだろう。


「家畜で慣れておかないと、戦場では役に立たんぞ。現地では調理する時間も短いし、野鳥や野兎しか手に入らないこともあるんだからな」

「はい、すぐにさばけるよう努力いたします」

「よろしい」


 指導を受けている間、青年はひたすら頭を低く下げていた。

 ローズはその、陽に透けている青年の髪の色がとても美しいと思った。

 まるではちみつだ。

 母親の作ったパンケーキの上で輝いていたそれを思い出していると、ローズの視線に気づいた青年がこちらを向いた。


「ええと、そちらの方は……新兵ですか?」

「ああ。今日入営したてのローズ・ベネットだ。これから狙撃部隊の兵舎に連れて行くところだ」

「狙撃……」


 そこまでつぶやいた青年は、ローズを見たまま言葉を発しなくなってしまった。

 軍人もローズもいぶかしむ。


「エーミール二等兵?」

「はっ! あ、すみません。さ、作業に戻ります。では、失礼いたします!」


 深く一礼をすると、エーミールと呼ばれた青年はさっさと建物内に戻っていった。

 ザイードと呼ばれた軍人は、フンと面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「いらん時間を喰ったな。さあ行くぞ」

「はい」


 そうして、ローズは狙撃兵を育成するための兵舎に入れられたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、ローズさんの住むモデリアは男女平等に兵役の義務がある国なのですね。 適性のある者から優先的に召集されるのは道理とは言え、可愛い一人娘を送り出すのは親御さんとしては複雑な心境でしょう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ