12 ハチミツ色の炊事兵
戦争が終わった。
モデリア王国は、湖の周辺地域を自国の領土とし、王都の水不足を解消した。
アバルタ公国は、湖から流れる川の利用権はそのままだが、湖の使用権はモデリア王国に完全に奪われる形となってしまった。
ローズはしばらく王都の病院に入院した。
肩は癒えたが、心の傷の方が深かった。
入院中誰にも会おうとはせず、エーミールが訪ねてきても面会を拒絶しつづけていた。退院する日になっても、ローズは誰にも何にも言わずに故郷の村に帰った。
それから自宅にいても、一日中ぼうっと家で過ごすことが多くなった。
冬が来て、春が来て、夏が来て、もう一度射撃大会のある秋が来ても、ローズは家族以外の人間には誰にも会おうとしなかった。
あれだけ人を殺した自分が、少しでも幸せな気持ちになってはいけないと思ったのだ。
射撃大会の日がやってきた。ローズの家からは父親だけが参加した。
もうローズは銃を手にすることができない。
手にすると、戦場での記憶がよみがえってきて、気分が悪くなるのだ。
ローズは一日中ベッドで横になっていた。
夜になり、夕飯のいい匂いが漂ってくると、ようやくのそのそと起き上がった。
ダイニングでは両親がそろって待っていた。
食卓の上には、牛肉料理がずらりと並んでいる。
「どうしたの、これ」
それは母親が作ったにしては手が込みすぎていた。
去年同様、父親が優勝し、副賞の高級牛肉セットを手に入れたのまではわかる。しかし、この料理の数々は……。
「あの……あのね、この料理ね、どうしても作りたいって人が家に来て……その人にやってもらったのよ」
ローズはふらふらと席に着くと、目の前のスープを一口すくって飲んでみた。
すぐに顔をしかめる。
「母さん、その人って……」
「もう、帰られたわ」
ローズは椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
家を出て、全力で村のバス停に向かう。
一日に数往復しかない王都へのバス。すでに最終便が出る時刻だった。
「エーミール! エーミール!」
バス停では、エーミールがちょうど到着したバスに乗り込むところだった。
ローズの声にエーミールが振り返る。
「ローズ!?」
間一髪間に合った。
ローズはエーミールに抱き着く。
「お客さん、乗るのかい? 乗らないのかい?」
バスの運転手が訪ねてきたが、エーミールは首を横に振った。
ドアが閉まり、バス停にはローズとエーミールのふたりだけが残される。
「エーミール、エーミール……ごめんなさい」
「ローズ。また会えてうれしいよ」
涙を流し続けるローズの頭に、エーミールの大きな手が乗せられる。
ローズは声を詰まらせて言った。
「あの、あの、私……」
「いいんだ。無理しないで。僕にできることはこれくらいだったから」
「ああ……」
ローズは顔を上げ、そのはちみつ色の髪を見つめた。
街灯に照らされたそれは、初めて見た時と同じようにきらきらと輝いていた。
「ねえ、ローズ。またこうして料理を作りにきてもいいかな?」
「え?」
「お土産も、また渡してもいいかな。今だと……蜜芋とか美味しいと思う」
ふわりとほほ笑まれて、ローズはひさしぶりに胸があたたかくなった。
「君は少し……働き過ぎたんだ。だから今はゆっくりと、癒されてほしい。ね、僕にそのお手伝いをさせてくれないか」
「エーミール……」
ローズは、感極まってさらに強く抱き着いた。
エーミールの胸からは先ほど飲んだスープと同じ匂いが立ち上ってくる。
「……ええ。お願いしても、いいかしら」
エーミールはローズの震える声に応えるように、強く抱きしめ返した。
その頬には幾筋もの涙が流れていた。
完
ここまでお読みいただきありがとうございました!
この作品は鳴田るな様主催の「軍服ヒロイン企画」参加作品でした。
狙撃上手な軍服ヒロインを出したくて書きはじめたのですが、戦争モノ…難しかったです。
少しでも何かを感じていただけましたら幸いです。




