11 戦争のゆくすえ
湖を船で南下し、ようやくローズは湖南地域に到着した。
ここでも同じように山にひそみ、歩兵の援護射撃を行う。するとみるまに戦線が回復し、歩兵たちはまたも喝采した。
「アイアンローズ! アイアンローズ! 俺たちの女神!!」
湖南地域の占領は北より早く、わずか二日で完了した。
ローズはほっと息をつく。
しかし、それはわずかな間だけだった。
アバルタ公国は完全に後退していたが、奇妙な動きをしていた。
陽が落ち切っているというのに、湖のふちを北に向けて動きつづけている。
てっきりアバルタ公国の首都に帰っていくものだと思っていた。しかし、違う。
「……まさか!」
ローズの嫌な予感は的中した。
アバルタ公国の敗残兵たちは、なにを思ったか湖北地域に向かったのだ。
それに気付いた上層部は、すぐさま湖北地域の部隊に連絡した。そして、アバルタ公国の軍を追い、湖北地域で「挟み撃ち」にすることとなったのだ。
ローズは焦った。
早く敵に追い付かないと。早く敵国の兵をせん滅しないと。
エーミールが、死んでしまう――。
夜を徹しての戦いが、始まった。
もともと戦時協定で夜は休戦という形をとっていたのに、追い詰められたアバルタ公国はその大事なルールを破ってきたのだ。
モデリア王国だけが約束を守っていても、やられてしまうので、臨時で応戦する形となる。
アバルタ公国とモデリア王国、すべての兵が湖北地域に集結したのは真夜中だった。
開戦の合図があった。
ローズは撃った。撃って撃って、撃ちまくった。
何人敵を屠ったかわからない。それでも最後のひとりが息絶えるまで、何発でも弾薬を銃にこめた。
エーミールを生かすため。
故郷の人々を救うために。
闇夜に火花が舞う。
あちこちで、命が散っていった。
血と硝煙の匂いがたちこめる中、ローズは敵の背中に何発も弾をぶち当てた。
やがて、銃声が止んだ。
空が明るくなっていく。
おびただしい量の人の血で大地が赤く染まっていた。
モデリア王国が勝った。
だがローズたちは休む間もなく、戦場で敵兵の息の根を止めにいく。湖北地域にいたモデリア王国兵たちも同じ作業に加わった。
その中に、ローズの見慣れた顔があった。
「エーミール……」
見間違えようがなかった。立ち尽くして見ていると、ほどなくしてエーミールもこちらに気付いたようだった。しかし、わざわざ話しかけたりはしない。お互いうなづいて、仕事を再開する。
「危ない!」
誰かが、そんな警告を発した。
何だと振り返ってみると、すぐ近くに倒れていた敵兵が、ローズに向かって短銃を構えていた。
それはただの歩兵ではなく、勲章を胸にたくさん付けた将校だった。
「お前が『アイアンローズ』か。この、悪魔め!」
憎々し気に叫んだその将校は、ゆっくりとその引き金をしぼった。
パァン!
乾いた音があたりに響き渡る。
ローズは目を見開いた。たしかにたくさんの敵を殺してきた。恨まれても仕方がない。だから、こうなることはある程度覚悟していた。
(でも、私には……)
エーミールとの約束がある。
お互い生き残ったらやろうと決めていた約束が。
だから、まだ死ぬわけにはいかない。
「ローズ!」
気づくと、目の前にエーミールがいた。
敵の将校は頭を撃ち抜かれて死んでいた。すんでのところでエーミールが撃ち殺してくれたらしい。
「ローズ。ローズ、ああ、しっかりしてくれ!」
ローズは右肩を撃たれていた。
エーミールがあと少し遅かったら、胸の真ん中に大きな穴が開いていただろう。
「あ、私、私……」
「いいんだ。何も言わなくていい。おい、衛生兵! 早くこっちに来てくれ!」
エーミールが必死で救援を呼んでいる。
ローズは「ありがとう」とつぶやくと、急激な眠気に襲われ、目を閉じた。




