1 伝説の狙撃兵アイアンローズ
しわだらけの手でローズは猟銃を構える。
三十メートル先。
小高い丘の手前を、野鳥に見立てた素焼きの皿が飛んでいく。
左から右へ。
それを追いかけるようにライフルの銃口を向け、皿の少し先を狙って撃つ。
パァンと乾いた音がして、皿が空中で粉々に砕ける。
「わあっ、あのおばあさんすごーい!」
きゃっきゃっと、母親に連れられた幼子が、会場の柵の外で喜んでいる。
本物の野鳥ならもっと複雑に飛ぶ。
簡単すぎる、とローズは思う。
終戦から六十周年を迎えた年。
ハンネ村の射撃大会では、今年もあるひとりの老婆が優勝を獲得していた。
ローズ・ベネット。
村の外れの森に住む、腕利きの女猟師だ。
若い頃は血のように赤かった髪も、今ではだいぶ薄まって、夕日のようなオレンジ色となっている。
表彰台に上ったローズはトロフィーを受け取ると、村人たちの前で声高に叫んだ。
「悪いねみんな! 今年も優勝の座と副賞の高級牛肉セットは、私のもんだよ! アハハハ!」
参加者たちからは、「いい加減引退しやがれババア」「いい年して大人げないぞ」などと散々口汚いヤジが飛ぶ。
しかし、彼女が死ぬまで引退しないこと、そして彼女が生きているうちは誰も彼女の上に立てないことを、みなよくわかっていた。
彼女の目が衰えない限り、その腕が衰えない限り、絶対に勝つことはできない。
一方で、こんなことも思う。
できればいつまでもその優れた技を見ていたい、と。
ローズはあの戦争でもっとも活躍した狙撃手だった。
戦場で多くの敵兵を撃ち、「アイアンローズ」の異名で呼ばれていた。
ローズがいなければ、この国は負けていただろう。
今の平和があるのはすべて、この老女のおかげなのだ。
隣町の新聞記者が駆け寄ってきて、コメントを求めてくる。
「ローズさん、今年も優勝おめでとうございます。毎度のことですが、一言お願いいたします」
「ああ、ノートルタイムズさん。そうだねえ……」
ローズは少し考えるふりをしてから、愛用のライフル銃を肩から下ろした。
「こいつを初めて手にしたのは、私が十五になった年だった。親の猟を手伝うために、自分の腕より長いこいつを持つはめになったんだよ。この射撃大会に出るようになったのは十七になってからだった。そこからは、六十年間ずっと参加している。出場しなかった年はほぼ無いね。ああでも……あの一年だけは、どうしても出られなかった」
「それはあの、アバルタ公国との領土戦争があった年ですか?」
「いや、その翌年だよ。だから私は、『この大会に出られること』こそが平和の証だと思ってる。この平和が長く続くことを祈って、また来年も出場したいねえ」
「なるほど。わかりました。ありがとうございます」
去っていく記者の背中を見送りながら、ローズは昔のことを思い出した。
初めてこの射撃大会に出場した日のこと。
そして、役場の配達人が家にやってきた日のことを。