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悪役令嬢になってしまった私

作者: うふうふ

挿絵(By みてみん)

学園の教室内では窓から穏やかな風が流れている。教室でエマは、ひとり静かに手紙を読み進めていた。その心は教室に入る風のように穏やかだった。


「エマ、こんなところにいたのね。もうすぐ課外授業の時間よ」

「あ、ごめんなさい。すぐに行くわ」


声をかけてきたのはエマの友人、クロエだった。2人とも伯爵令嬢の身分だったが、そういう身分のしがらみのない仲の良い真の友人同士だった。


「どうせ、またノア様からの手紙を読みふけっていたんでしょ」


うん、と小さく返事をしたエマの表情から、その相手であるノアとの関係は窺え知れた。ノアは、隣国の侯爵子息で誉れ高い騎士としても名を馳せていた。そんなノアとは歳は多少離れていたがエマとは婚約関係を結んでいた。まだ学生身分であるエマとは頻繁に会うことができず、エマとノアは手紙を介して愛を育んでいた。


「いいわね。私もそういう王子様が現れて欲しいものね」

「クロエなら、なにも取り柄のない私よりも、きっと素敵な人が見つかるわ」


2人が廊下を歩いていると、その先には背の高い男子生徒が歩いていた。それを見つけたクロエは、その男性へと駆け寄る。


「ユーゴー、おはよう」

「……ああ」


明るく振る舞うクロエとは対照的に、ユーゴーは特に表情も変えることなく短く応じる。


「ねえ、エマがユーゴーのこと怖いって言ってたわよ」

「あっ!」


クロエにそう言われたエマは否定しようとしたがユーゴーの鋭い目つきでみられてしまい、何も口にできなくなってしまった。


「目つきが怖いのよね、ユーゴーは。少し愛想よくしなさい」


そのクロエの言葉にもユーゴーは特に何も反応しなかった。エマは確かにユーゴーが苦手だった。傍目からみればユーゴーは背が高く精悍な顔立ちに切れ長の目をした青年だ。それを、なにがという理由もなかったのだが理由もなく怖がってしまっているのも悪いと思っていた。


(身長が高くて身体つきもしっかりとしてるからかしら。ノア様は騎士ではあるけれど華奢で可憐な穏やかな姿をしていたから真逆な印象のユーゴーを怖く感じてしまうのかしら。ノア様は、その華奢な身体を嫌っていたけれど、あの方の魅力は、そういう外見や家柄では計れない魅力に溢れた御方だから。)



「さっき、教室で読んでいたのってノア様からの手紙?」

「うん、ふふふ」

「幸せそうね。私の場合は私の傍にいてくれないと無理だなぁ」

「それって、リュカのこと?」

「そうそう、一応、子爵の家柄だけど王子様っていうのとも違うしね」


2人は課外授業を終えて教室へ戻る廊下で話していると、一人の男性が声をかけてきた。


「クロエ、授業が終わったところ?」


クロエの婚約者のリュカだった。そして、その後ろにはユーゴが居た。クロエとリュカは2人で話し始めた。


(――いいな、やっぱり好きな人といられるのはいいな)


エマが2人のやりとりを見て思いふけっていると、そこにはユーゴーの姿があった。


(どうしよう、さっきあんな風に言っちゃったから、きまづいわ……)


「仲がいいのは周知の事実なんだから見せびらかせなくてもいいだろうに」


ユーゴーが、ぼそりと呟く。それに反応してクロエとリュカが一緒になってユーゴーに文句をつけている。その様子をみていたエマは、ユーゴーの怖いという印象が少し薄れたように感じていた。




教室に戻り、エマは再びノアからの手紙を読み返していた。コンコンと机を叩く音で、そこにユーゴーが居ることに気付いた。


「リュカが、昼休憩の時に広場で剣の模擬戦をするからクロエに見に来て欲しいと伝えておいてくれないか?」

「……わかった、伝えとくわ」


エマは、ユーゴーの真っすぐな眼差しに気圧されてしまっていた。


(――分かった。私は、あの眼が苦手なんだわ。なんとなく不安にさせる目。怖いとも違う感情を生む、あの眼が苦手なんだわ。でも、どうしてなんだろう)



学園の広場には人だかりができていた。これから学生同士の剣による模擬戦があるからだ。そこにはリュカとユーゴーも参加していた。


「リュカも強いけど、ユーゴーが一番強いのよね」


リュカの出番を心待ちにしているクロエ。その一方でエマは昼間の太陽を眺めて、ノアのことを思い出していた。



ノアとエマが出会ったのは5年前のことだった――

エマの両親は仲が悪く、屋敷は大きかったがエマにとっては居心地の悪い、狭い世界でしかなかった。15歳になれば、全寮制の学園に入学さえすれば、そこから抜け出して、全ては変われるそう思っていた頃にエマとノアは出会った。


貴族同士の園遊会の場で一人、寂しくしていたエマにノアは声をかけてくれた。エマの暗い狭い世界にいたのを手を引いて連れ出してくれたのはノアだった。馬に乗せて、外の世界を見せてくれた。その時からエマにとって、ノアは自身を照らす太陽のような存在になったのだった。



「ねえ、始まるよ」


昔を思い出しているエマにクロエが声をかける。エマが広場に目を移すと、ちょうどリュカとユーゴーの模擬戦が始まるところだった。

手数の多さ、剣の速さではリュカが一歩リードしているようだった。激しい打ち込みをユーゴーは全て、剣で受け止めていた。エマが苦手としている、あのしっかりとした眼で、全て見切っているようだった。


リュカの連撃が終わった一瞬の隙をついて、ユーゴーが一度だけ剣を走らせる。その速さは遠くからみているエマたちに、ようやく目で追える速さで繰り出される。近くで斬り合っているリュカには見えてはいなかった。そのユーゴーの一撃でリュカは剣を弾き飛ばされてしまった。模擬戦用の木剣が宙に舞い、そして落ちる。カラカラという木剣が落ちた音と同時に観客になっていた生徒からは歓声が上がった。


「やっぱり、ユーゴーには敵わないか」


クロエがそう呟く言葉には無念さは含まれていなかった。その結果が見えていた。そう感じての言葉だった。その横でエマは、知らず知らずのうちに、ユーゴーの姿に釘付けになってしまっていた。



その日の放課後、授業も全てが終わって、エマは寮へと向かっていた。校舎の裏にある大きな木がある方から、なにか音が聞こえてくる。普段なら気に留めないエマだったが、今日はなぜか、その音が気になってしまい、そこへ足を向けてしまった。


そこには一心不乱に木剣を振るうユーゴーの姿があった。上半身は裸で相当、打ち込んでいたのだろう。身体から汗が湯気となって立ち昇っていた。ユーゴーがエマが見ているのに気づいた。


「ごめんなさい。勝手に見てしまって」

「いや、問題ないさ」

「お昼の模擬戦も凄かったけど、ユーゴーは凄いのね」


ユーゴーは汗を拭いながら、木剣の切っ先を見つめていた。


「剣はいいよ」

「あれだけ強いと気持ち良さそうだものね」

「剣を振っていると――」

「振っていると?」

「地位も名誉も、時間さえもなくなって剣と一つになっているって感じられる」


エマはユーゴーの言葉を聞いているようで聞いていなかった。ユーゴの、真っすぐな強い眼から逸らせずにいた。苦手なはずだったユーゴーの眼から。


ユーゴーが静かにエマへ近づいてくる。2人の眼が合うままに2人は眼を閉じてキスをする。長いような短いような不思議な時間が流れて、どちらからともなく静かに唇を離す2人。ユーゴーがエマの頬を触ろうとした瞬間――


「ご、ごめんなさい」


エマは吐き捨てるように言い残して、その場を離れる。ユーゴも追いかけることもなく、その場に立ち尽くしていた。


(ノア様、わたし――)


走り去るエマの顔は紅潮していた――





「ねえ、ねえってば」

「あ、ごめん。どうかした?」


ボーっとしたエマの顔を心配そうにクロエが覗き込んでくる。


「もしかして、ユーゴーとなにかあった?」

「う、ううん。別になんで?」


エマは嘘をついた。この心がここにあらずなのも、意識的にユーゴを避けているのも本当の想いと向き合うのが怖いからだった。


「ユーゴーは根は良い人なの。元々、平民の出だったんだけど、跡継ぎのいない子爵の養子になったの」


クロエは少し寂しそうに話を始める。


「両親と別れたくない一心だったけど、ユーゴーの両親には多額の借金があって、それを清算するのを条件に子爵の養子になった。それを知ってから、ユーゴーは感情をあまり外に出さないようになってしまったみたいなの」


エマは神妙な面持ちでクロエの話を聞き入っていた。


「……うん」

「だからっていうわけじゃないけど、ユーゴーとさ――」

「クロエは優しいのね。ありがとう」


エマは気づいてしまった。なぜ、ユーゴーの眼に惹かれてしまうのか。それは――自分と同じ眼をしているからだった。両親からの愛を感じられないまま生きてきた。その想いが眼に宿っているのだだと。それをユーゴーはエマに感じていた。分かり合える者同士だと。ノアが優しく包んでくれた暗いものをユーゴ-の眼を見てしまうと剥がされてしまう。たまらなく惹かれてしまう。


「クロエ!」

「リュカ、エマごめんね。ちょっと行ってくる」


リュカに呼ばれてクロエは行ってしまった。でも、エマにとってはよかった。この知ってしまったユーゴーへの想いをクロエの前で隠していられる保証はなかったから。クロエがいなくなったのを確認してから、エマは顔に出てしまう表情を隠すようにして机に伏せてしまっていた。


(私を変えてくれたのはノア様。救ってくれたのは間違いなくノア様だった。穏やかで優しく暗い場所から助けてくれた恩人なのに)


「よし!気分を変える為に、外の空気を吸おうかしら」


誰にいうわけでもなく口にして、自らを律したつもりでエマは外へと歩き始める。気がつくと自然とユーゴーとキスをした木の前に立っていた。


(ちょうどいいわ。誰もいないし、少しここで風に当たっていよう)


エマは誰かに支えて欲しいのを、ねだるように木にもたれるように座り込んだ。




エマは少し夢をみていた。ノアとの楽しい思い出を、ノアへの想いを夢の中だけでも繋ぎとめて欲しかった。変わりたくなんてなかった。知りたくなんてなかった。ノアといる時には穏やかな気持ちでいられるのに――


ユーゴーへの想いは火が付いたように熱い感情だった。触れられただけで感情が沸き立つ。そんなことはノアにだって感じたことはなかった。エマはノアという太陽よりも熱いものの存在を否定できなかった。




「――エマ、大丈夫か?」

「私、寝ていたの?」


エマは気がつくと木に寄りかかって寝てしまっていたようだった。エマは意識がはっきりすると、頬が少し濡れていたのに気づいた。


「ごめん。このまえは――」


ユーゴーが申し訳なさそうな顔をしていた。それをエマは静かに抱きしめる。


「いいの。ユーゴーへの想いを気づいていたのに気づかないフリをしていただけ」


ユーゴは言葉は発することなく、エマをしっかりと抱きしめ返した。2人は欠けたピースを埋め合うように重なり合ってしまった。エマも、ユーゴーも引き返せないのは分かっていた。




エマは寮に帰るとクロエの部屋を訪ねていた。エマの眼は、泣きはらして真っ赤になっていた。


「どうしたの?ノア様になにかあったの?」


エマは首を横に振って否定する。聞いて欲しいことがあるというとクロエも黙って部屋に招き入れた。


エマはクロエにユーゴーとあったことを全て話した。


「軽蔑しても構わないわ。私自身、最低だと思う。あんなに素敵な人は、もういないと思っていた。思っていたのに――」


クロエは、エマの頬の涙を拭って、そのまま抱き寄せた。


「軽蔑なんてしないわ。私だってリュカに誰か大切な人がいたとしても諦められない。なんとしてでも振り向かせていたわ」

「ノア様は何も悪くないのに、どうして――」

「仕方ないわ。頭ではそう考えても、心は正直だもの。誰に責められたとしても心には逆らえないわ」


2人は部屋で朝まで語り明かした――





エマとクロエが語り明かした日から10日が経っていた――


「――久しぶり、最近、見かけなかったけど」

「ノア様のお屋敷に行ってきたの」


それを聞いたユーゴーは、全てを察した顔をしていた。エマもユーゴーの顔を確認してから話を続けた。


「私は嘘をつかず、誤魔化さずにノア様に、ユーゴーのことを打ち明けたの。ユーゴーのどこに惹かれていったのか」


ユーゴーは、その真っすぐな眼でエマを見据えたまま、静かに耳を傾けていた。


「ノア様への想いは変わらないと思っていたものが、傍にいるだけで惹きつけられてしまったの。それもそのはず、私と同じ寂しさを秘めた眼をしたユーゴーに惹かれないわけがなかった。その想いも吹っ切ろうとも思ったわ。でも、本心では分かり合いたくて仕方なかったの」


エマは流れる涙を拭う事もせずに――


「私を救ってくれたのはノア様だったけれど、ユーゴーには誰もいない。私が手を差し伸べなければいけない、分かり合えるのは私だけ。それを包み欠かさず、ノア様に伝えにお屋敷に会いに行ってたの」


エマの告白が終わったのを感じ取ったのか、ユーゴーが今度は、口を開いた。


「そうか。それで、婚約解消っていうことになったのか?」

「ううん、今度はノア様がこっちに訪ねてくるんだって。私を恨んで憎んでもいいのに。どこの馬の骨とも分からない男に私を渡すわけにはいかない、って――」


ユーゴーは、それを聞いて最初は驚いた顔をしたが、にやりと不敵な笑みを浮かべた。


「面白い」


ユーゴーはエマの涙を拭いながら短く力強く答える。


「ノア様は、器量も大きく、どこまでも素晴らしい御方だけど――大丈夫?」

「優しいだけの侯爵子息になんて大したことないさ」


エマとユーゴーは、互いの手を握り合いながら、初めて2人で心から笑い合えていた。


(私を大事にしてくれる大切な人がいるのに別の人を好きになって裏切ってしまった。私は、まるで物語に出てくる悪役令嬢そのものだった。けど、その選択に後悔はなかった。)


ここまで読んでいただきありがとうございます。


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