球技大会
季節は晩夏。月日は6月だ。
俺を目の敵にしていたヤンキー3人組が学校を退学してから1週間が経った。ヤンキー3人組が退学した理由は、噂は色々たっているが、真相は謎のままである。
もちろん、その真相は俺も知らない。
その話はここで終わる。そして、いきなりだが、今現在、俺は普段では考えらないほどにワイワイ盛り上がっているグラウンドのはじっこに佇んでいる。
今日は学校の球技大会であり、たくさんの生徒たちが楽しそうにはしゃいだり、盛り上がっている。特に、陽キャたちが。
そもそも、球技大会は陽キャたちが楽しいイベントである。陽キャたちは運動ができ、友達も多い。共有ができる人たちが多いほど、楽しい気持ちを抱くのは当然である。
一方で、俺はそれらに該当しない人間である。運動はできず、友達も1人もいない。
わーー。
男女の声が混ざったすごい歓声が耳の中に飛び込んでくる。歓声が聞こえた方向に視線を向ける。そこには香恋がいた。
状況を見るなり、香恋が脚光を浴びているようだ。
我が校の球技大会は年に1回だけあり、球技はバレーボールである。チーム分けでは、男女に分けられて、トーナメント戦で1番を決めるものである。
クラスでは、男子2チーム、女子2チームができる。大体、いや絶対にそうだと思うが、1チームはバレー部や運動神経がある人たちが集められたチームであり、もう1つチームは、残った人たちで構成される。大体、前者がAチーム、後者がBチームと呼ばれるのが一般的だろう。男女両方ともにそのような傾向かどうかはわからないが、男子は述べたとおりのチーム決めがされるだろう。
そのようなことになる理由は簡単だ。勝ちたいからと強いチームの方が目立つし、女子に良いところを見せられるからだ。
ちなみに俺が所属するチームは説明する必要はないかもしれないが、あまりものの人たちで構成されたチームである。
そのため、朝1番に行われた試合では、相手のクラスのAチームとぶつかり、結果は惨敗。20点マッチの2セットマッチなのだが、20対3、20対2といった悲惨な結果である。そして、球技大会はトーナメントなので、1度でも負ければ終わりであり、俺のチームの球技大会は朝1番の試合で終わった。時間は確か9時30分ぐらいだっただろうか。ついでに、球技大会が開始した時刻は、9時10分頃である。
そのため、球技大会が終わるまで暇なのである。
俺がさっきのようなことを頭で回想していた間に、香恋が仲間からから上げられたトスをスパイクした。
バレーボールは誰にも触れられず、茶色の砂が広がるコートに重力に無理にでも引きつけられるように勢い良く落下する。
また、先ほどと同等いやそれ以上の歓声がグラウンド内に響き渡る。
「西宮寺さんすごいね!」
「相手のチームにバレー部の生徒とも遜色ないよ!」
「いや、西宮寺さんの方が上手いんじゃないか」
「クールで顔も可愛くて、運動もできるとか文句ないよなー」
口々に香恋を褒める言葉が鼓膜をいちいち刺激する。
すごいなー香恋。
確かに、香恋は昔から運動神経は良かった。でも、香恋の所属している部活はバスケ部であり、バレーとは違う。そのため、いくら運動神経が良かったからといってバレー部に所属している人間とやりあえるというのは相当すごいことだ。そのため、バレー部の生徒もメンツが立たないだろう。
そして、何分かたって試合は終了した。香恋のサーブが決勝点となり試合は終了したのだ。
俺は香恋の試合を見届けた後、グラウンドから出て、歩いてすぐにある軒下のベンチに腰を下ろした。
球技大会で俺と同じチームだった生徒は、共に時間を潰す友人がいるのだろう。実際に、そういう生徒は複数だが見かけた。
しかし、俺にそんな友人はいない。そのため、今、座ったベンチで時間を潰そう
といった魂胆があり、このベンチに座った。
「あ! 赤森君!!」
俺がベンチに座って10分ぐらいが経った後、誰かが俺の名前を呼んだ。誰かが俺の存在を視認したのだろうか。
声がした方向に視線を向けるとする。
「・・朝本さん・・」
そこには、我が校の体操を着た(似合っている)朝本さんが、俺に歩み寄ってきており、その途中に声をかけてくれたのだ。
朝本さんは俺の付近に辿り着くと、「隣、座っていい?」と確認をとってきて、俺が了承すると朝本さんはまぶしい笑顔を振り撒いて俺の隣に座った。
朝本さんが座った瞬間、男子からは到底出せないような良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。なんだこの匂い。どんな香水使ったらこんな匂いが出せるんだ。もしかしたら、香水ではなく、朝本さんの体から発せられる匂いなのかもしれない。きつすぎず、弱すぎず、ちょうど良い匂い。
「みんな、盛り上がってるね」
俺に気を気がしてくれたのか、朝本さんが俺に話を振ってくれる。
「うん。そうだね。球技大会、朝本さんのチームはどうだった?」
俺は会話を成立させるために話を振る。
「勝ったよ。結構ギリギリだったけどね」
朝本さんはそのときのことを思い出したのか若干の苦笑いを表情に浮かべる。
「それにしても、結果は無しにしても、赤森君頑張ってたね」
俺のことを褒める朝本さん。見てたんだ。俺が出ていた試合。
「そうかな。全然だったと思うけど」
謙遜とかではない。事実だ。自分が頑張ったとは全く思えない。
「そんなことないよ。スポーツって結果も大事だと思うけど、一生懸命やることの方がもっと大切だと私は思うんだ」
朝本さんは笑顔で言葉を紡ぐ。そして。
「頑張ってた赤森君、本当にかっこよかったよ」
こちらを眺めるように笑顔で見つめてくる。褒め言葉を伴って。
「・・・」
自分がかっこいいという言葉を心の中では信じられなかったのと、褒められたことへの照れなのか、朝本さんに対して発する言葉が出てこなかった。
「あ、汗かいてるよ!」
俺が言葉を返せないで黙っていると、朝本さんは自分が手に持っていたタオルを俺の左の頬に近づけ、軽く当ててきた。
「これで良し」
笑顔ではにかむ朝本さん。その際、光沢感がある白い歯が口の中から見て取れる。
どうやら、頬から汗が出ていたみたいだ。俺は汗かきだから仕方ない。・・・いや、そうじゃないだろう。
「あ、朝本さん。そのタオル大丈夫。俺の汗、ついちゃったけど」
俺の汗がついたのは問題である。自分の汗ではなく、人の汗は汚いと思うのが当然だからだ」
「うん。大丈夫だよ。・・それに、赤森君のなら気にしないから」
こちらを安心させるような表情をする朝本さん。
「いや、でもやっぱりダメだよ。洗って・・」
そこまで言葉を発していた途中で。
「萌叶~。次、私たちのチームの試合だよ~」
女子生徒の声が俺の言葉を遮るようにして聞こえてくる。球技大会においての朝本さんのチームメイトが朝本さんを呼んでいるようだ。
「わかった~。すぐ行く~」といって、女子生徒に手を振った朝本さん。ベンチから腰を上げるやいなや。
「またね。赤森君」
そう言って、手を軽く振るジェスチャーをこちらに向けてくる。
「う、うん」
無意識に俺も手を振ってしまう。
それを確認した朝本さんは踵を返してグラウンドの方向に走って行ってしまう。
俺はその姿を見えなくなるまで眺めていた。
あっ。タオル、朝本さんがそのまま持って行ってるじゃん。
自分の汗がついたタオルを朝本さんが持って行ってしまったことを後悔しつつも、汗を拭いてもらえたことは少し嬉しかったためか、生徒たちが楽しそうにしているグラウンドを眺めながら、先ほど起こったことを回想して思