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三年前のあの日。

それはまだ幼かった、たった齢十六で女王にならなければいけなかった、そんな彼女の即位式の日だった。


それは絶望がこの国を支配した日でもあった。

突如魔物の群れが城下町、そして城に攻め込んで来た時、間違いなく自分はその瞳に絶望の色を濃く映していただろう。

気を失った十六歳の女王陛下を腕の中に収めて、目の前の絶望になす術もなく。

意味も為さないような細い剣を構えていた。



次の瞬間だった。



青く煌く閃光が真一文字に疾った。

それを覆うように漆黒の闇がぽっかりと開き、そして魔物の大群と共に消えた。

魔物の居なくなった、城の石畳の上に立っていたのは、青き龍の剣を手にした少年と、黒き獅子の剣を手にした青年だった。


この光と闇は、この国にとっての救世主だった。




【一章・薔薇城の日常】




「エデ、急いでください!もうすぐ青騎士団の凱旋ですよ!」


そわそわとした様子で鏡の前に腰掛ける、一人の女性。

いや、まだ少女と呼ぶにも相応しい彼女、セリア・ヴェルメリオは齢十七にして一国の王だった。

腰よりも長い、まるで金糸のように柔らかな髪を手際良く結うのは、侍女であり、また剣術の才能にも秀で、護衛も任されているエデだ。

頭の高い位置で一つに束ねた髪に、赤い薔薇の花を二輪飾った。

この国で唯一、赤い薔薇を身に着ける事の許されるのが女王である彼女だけであった。


「もう少しです。お待ちください」


そわそわと落ち着かないセリアを宥めながら、エデは鏡の前に置かれた小さな王冠へと手を伸ばす。

中央にはサファイア、その上にルビー、左右にはエメラルドの嵌め込まれた一国の王たる証。

そうっとそれを手に取るとセリアの頭にのせる。


「できましたよ。さあ参りましょう」


エデがセリアの手を取り、椅子から立ち上がらせる。

幾重にも重なった緋色のドレスは薔薇の大輪を思わせた。

深い黒を思わせるほどの緋に、金の髪がよく映える。

今日も自分の主人は最高に美しい、とポーカーフェイスの下で喜んでいると背後から声をかけられた。


「エデ」


それは聴き馴染みのある、低い声。

そちらを振り返ればそこには長い漆黒の髪を揺らす一人の青年が立っていた。

整った顔立ちに、灰色の瞳。騎士の正装である上着の左胸のポケットには、黒獅子のエンブレムが施されている。


「女王陛下の護衛は黒騎士団が引き受けよう」

「アーテル!」


セリアはぱっと顔を輝かせると彼の名を呼んだ。

アーテル・シュヴァルツ。

彼こそが『絶望の日』と呼ばれたあの日、黒獅子の剣を携えて現れた英雄の1人だ。


「有難うございます。黒騎士団が一緒でしたら安心ですわ」


にこりと微笑んでセリアがそう言うとアーテルは一人の騎士を呼び、彼女のエスコートをするよう促す。

セリアと騎士が前を歩き、アーテルとエデはその後ろをついていく。


「エデ、顔色が優れないな」

「あぁ…赤の騎士団の計画が思うように進まなくて…」

「女性騎士団の話か」


エデはため息交じりに一つ頷く。


「セリア様は、女も守られるだけでは駄目だと言っていた。闇に向かい、打ち勝つ力を女も持たなければ、と」

「ほぅ」

「現にセリア様も剣技を習い始めている。だが…」

「それを快く思わない輩もいる、か」

「あぁ」


女性は花のように美しくそこにあるだけでよい。

剣などもっての他、と陰口を叩く貴族も少なくない。

しかし『絶望の日』に成す術も無く城の中で怯えることしかできなかった女達を見たエデは、確かにこのままではいけないと思った。

そっと瞳を伏せたエデの短く切りそろえられた蜂蜜色の髪を、アーテルは指で掬う。


「あまり思い悩むな。何かあれば俺も力になろう」

「それは心強いな。だがこのような事をすると良からぬ噂が立つぞ?黒獅子殿」


エデはニヤリと笑うと髪に触れていた彼の手をぱちんと叩いた。


「なんだ、せっかく良い雰囲気だったのに」

「そんな事ばかりしているから縁談の一つや二つ、話がまとまらないんだ」

「俺みたいな貴族でもない、後ろ盾もない、突然現れた【獣魔付き】に嫁がせたいと思う親も、嫁ぎたいと思う女も居ないだろう」


獣魔付き。

それは獣魔の宿る剣に選ばれし者の事だ。

つい最近まではただのおとぎ話だと思われていた。


赤き鳳凰の剣。

青き龍の剣

白き蛇の剣。

黒き獅子の剣。


この世界のどこかにある、厄災を薙ぎ払うと言われている聖剣だ。しかしこの四つが一同に揃った時、世界が終わるとも言われている。

そんな寝物語をこの国の民なら小さい頃から聞いている。

それが目の前に現れたのは、ほんの一年前の事なのだ。


「どの口が言う。お前が度々縁談を断っているとセリア様から聞いている」

「バレてたか」

「それでなくともお前は顔がいい。お前に恋している女性はごまんといるだろう」


黙っていれば、まるで凛と咲く黒薔薇のように、しかし口を開けば気さくで話しやすく、それでいて剣の腕も強い。

例え貴族の出身でなくても、自分の娘の婿にと名乗りを上げる者は多い。


「エデはどうだ?俺に恋したりしないか?」


アーテルは器用に左の口角だけ上げて笑う。


「残念、私はセリア様一筋だな」

「う〜ん、それは勝てそうにない」

「当然だ。私はあの方をお守りする為にいるのだ」


後ろ姿すら美しい、とエデは主を心の中で再び讃称した。




*〜*



「開門!」



エントランスホールの扉が開かれる。

群衆の騒ぎが風と共にホールを満たした。

人々が道を造るその向こうに、十五名余りの騎士団がいた。

先頭には鹿毛の馬に乗った騎士団長の姿がある。


「よく無事で還りました」


先程までの幼さを微塵も感じさせず、セリアは女王陛下として凛と騎士団を城前で迎えた。

群衆の喧騒も何処へ、そこにはただ彼女の声だけが響く。

青の騎士団長は馬から降りると腰の剣を外し、セリアの前に跪いた。

さらさらとした青銀の短い髪と、剣の切先が日の光を受けて輝く。

後ろに続く騎士達もそれにならって頭を垂れた。


「国境で騒ぎを起こしていた魔物との戦いで勝利したことを報告致します」

「ご苦労でした。今夜はゆっくりと休みなさい。明日の夜、舞踏会を開きましょう」

「有難き幸せと存じます」


セリアはゆっくりと騎士団長に近づくと、鋭く光る剣の刃に触れる。


「この聖剣が、永久にこの国を守り導きますように」

「この命を女王陛下に捧げる事を誓いましょう」


顔を上げた騎士団長の漆黒の瞳とセリアの赤い瞳がぶつかった。


「エイデス・アスールの名にかけて」


この青の騎士団長こそ、『絶望の日』に青き龍の剣を手にして現れた、もう一人の英雄である。





*~*





城の裏庭にはハルフェティという黒薔薇の咲く株があった。

エデは人を探してその場所に足を踏み入れる。


「やっぱりここに居た」


その長身を隠すように地面に座り込んでいたアーテルを見つけて、エデは呆れたように笑う。

傍らには腰から鞘ごと外された剣が置かれている。


「お前は本当にここが好きだな」

「黒騎士の名に相応しいだろう」


エデは剣を挟んで彼の隣に腰を下ろす。


「剣を見てもいいか?」

「あまり長い間触るなよ」

「あぁ。分かってる」


アーテルから剣を受け取ると、エデの手にそれは見た目よりもずっと重たく乗った。

鞘に彫られた獅子の模様。

柄に装飾された黒い石。

だがエデは決して剣を鞘から抜こうとはしない。


「この中に、魔力が封じ込まれているんだな」


ぽつりと唇から言葉が零れた。

アーテルは何も言わずエデと剣を見つめる。


「お前の剣は、重い」


青き龍の剣は魔を滅し、浄化する力を持つ。

それに対し、黒き獅子の剣は魔をその刃に封じ込める力を持っていた。

そして封じた魔力は剣に蓄積され、いずれは魔に満ちた最強の剣になるのだ。


「もういいだろう」


アーテルはエデの手から剣を取る。

長い時間その剣を手にしてしまえば、魔の力に囚われ、飲み込まれる。

だがアーテルは黒き獅子の剣に選ばれた者として、どんなにその剣を扱っても魔に飲まれることはなかった。


「どうしてお前はこの剣の所有者になろうと思った?」

「思う思わないの問題じゃない。剣が俺を選んだ。拒否することはできなかった」

「でもエイデスは自ら望んで青き龍の剣の所有者になったんだろう?」

「奴のことは知らん」


急に機嫌を損ねたようにアーテルはそっぽを向く。


「お前は本当にエイデスのことが嫌いなんだな」

「あいつのことはどうも気に喰わん」


その言葉にエデは苦笑いした。

『絶望の日』、突如現れ共に戦った二人ではあるが、どうやらアーテルはエイデスのことをよく思っていないらしい。

それは青騎士団と黒騎士団が造られた任命式の日にアーテルから聞いていた。


「アーテルは別に国の為に命を賭けようとは思わなかっただろう?」

「だが女王陛下がこの力を認めてくださっている。それで十分だ」


魔を蓄積させる力。

それを最初は恐れ、拒絶する者も多かった。しかしセリアの言葉で国民は納得した。

間違いなく『絶望』からこの国を救った力である、と。そしてこれは強力な戦力になると。


「気持ちは分かる。魔物の力を蓄え続ける剣なんて不気味だし、恐怖だろう。だがこれのおかげで俺は今この場所に居られる」


アーテルはあまり自分の過去を話さない。

どこで生まれ、どこで育ち、両親はどのような人なのか。

もう一年、いやまだ一年だろうか。

彼は何も話さない。

だがエデもセリアも無理やり聞こうとはしない。

きっといつか話してくれるだろうと信じている。

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