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第二十六話 屑拾いと飛脚 その二

 溝さらいに襲撃された場所から、少し離れた四階建のビルへと田中たちは逃げ込んだ。外壁の損傷が少なく、ちょっとやそっとの衝撃を受けても崩れそうになかったためである。注意深く周りを見ていたが、つけられているような痕跡はなかった。ひとまずは安心といったところか。


 ビル内へ入ると、思った通り窓ガラスは全て割れているが壁やドアはまだ残っている。


 田中たちはキャシーを先頭にクリアリングをしながら階段を上がり、三階の角部屋に入る。ドアを閉め、施錠の魔術をかけた。これで解術しないかぎりこの部屋へは入って来られない。


 地べたにどかっと腰を下ろし、ようやく息をついた。天井に穴が開いており少し風が入ってくるのが気になる。いや、それよりもさらに気になるのは目の前の男だ。


 田中は改めて先ほど助けた狐の屑拾いを見てみた。


 装備一式は屑拾いとしてわりとポピュラーなものである。灰色と白を基調とした都市迷彩で統一した鎧や服、バックパック。グレイブを壊したため腰に差している剣が今は彼のメインウェポンになる。


 そして気になる点は二つ。一つは斜めに掛けている都市十字が描かれたカバン。普通の屑拾いはこんなカバンを持たない。都市十字とは都市がエレバン都市国家群に属していることを表す紋章であり、その都市に勤める役人の支給品などに描かれるものだ。


 残る一つは、彼が狐の面を付けているせいで、口元は見えるのだが人相がわからないこと。下手に顔全体を隠すよりもさらに怪しさを倍増させている。以前廃墟街で襲ってきた犬と猫の面を付けた二人組の刺客を連想してしまう。


 もしかしてこっちのほうが賊徒なんじゃないだろうか。


「いやいやいや、何言うてんねん!ワイを溝さらいどもと一緒にせんといてくれや!」


 慌てて否定する狐面の屑拾いの話し方はエンディミオン周辺ではまず聞かないほどひどく訛っていた。田中にはエセ関西弁のように聞こえるがキャシーや他の人だと違うように聞こえているのかもしれない。少なくともこの世界の言語が日本語に処理されて聞こえる田中にはそのように聞こえていた。


「というか怪しさだけで言うたらあんたのほうが怪しいで!なんでペスト医師でもないのにペストマスクなんか被ってんねん。中二病か?」

「知らないのか?魔術師の正装だぞ」

「はいはい、ご主人は術師の権威が落ちるような嘘は止めましょう。あと私からしたら仮面被ってる時点で両方とも同じようなもんです。というか三人もいて素顔の方が少数派って意味が分かりません」


 キャシーはジト目で田中と屑拾いの双方を見据える。この場の主導権を握ったのはキャシーのようだ。


「まずは何事も自己紹介からです。私はキャシー、ご主人の従者にして屑拾いです」

「田中だ。あんまし認めたくはないが書類上は魔術師兼屑拾いだ」


 とても簡素な自己紹介である。相手の素性が知れないため必要最低限のことしか二人は言わない。すなわち名前と危害を加えるつもりはないということを。


 狐面の屑拾いは胡坐を組みなおし、唯一見えている口元に笑みを浮かべて言う。


「ほーん、田中とキャシー言うんやな。さっきは危ないところを助けてもらってありがとうやで。ほんまいきなり溝さらいに襲われるなんて思ってもみなかったわ。なんも悪いことしてへんのに、マジでついてへんわー。あ、せやせや。ワイの名前はシグナス、狐面のシグナスや。よろしゅう」


 良くしゃべるやつ、というのが田中の第一印象であった。


 シグナスと名乗った屑拾いは田中とキャシーのそれぞれに両手を差し出した。


 互いに顔を見合わせ、軽く肩をすくめてからその手を握った。革の手袋越しでもわかる、普段から剣を握っている固い手のひらだ。


「あと、さっきからあんたら誤解しているようやけど、ワイは屑拾いとちゃうで。西方のサッカイ市を拠点とする安心と信頼がモットーの黒猫運輸の飛脚や。エンディミオンへ手紙を運んでる途中やねんけど、近道で廃墟街を抜けようとしたらほんまエラい目に合ったわ。エンディミオンの廃墟街はやっぱ噂以上の危険地帯やね」


 ここで言う西方というのは、エンディミオンやオージアなどの都市群を支配領域とするエレバン都市国家群の中心都市から見て西側という意味である。


 田中はサッカイ市に行ったことはない。しかし自由都市エンディミオンは西方最大の城塞都市であることから、そこまで大きい都市ではなく、それでいてあまり遠く離れている都市ではないのだろう。しかしここまで言語が訛るのはいささか不明である。


 田中はシグナスの説明に首を傾げた。


「ん?飛脚が手紙?郵政の配達人じゃなくて?」


 エンディミオンでは手紙の配送は郵政局が取り仕切っている。郵政局の設立とともに民間の、たとえば運送業者や冒険者たちから書状配達権を取り上げたからだ。


 おかげで手紙や情報は郵政局の配達人、荷物は運送組合の飛脚や冒険者という風に住み分けがなされている。だから田中はシグナスが手紙を取り扱っていることに疑問を覚えたのだ。


「このかばんが答えや。うちら黒猫運輸は郵政局から手紙の配達権を委任されているんや。アウトソーシングってやつやで」


 狐面で表情は伺えないが口元から察するにドヤ顔には違いない。都市十字が描かれた郵袋をぽんぽんと叩いて見せつける。


 どこの都市でも郵政局が牛耳っていると思っていたがそうでもないらしい。


「まあ不思議に思うのもしゃーないな。君らんとこが官僚主義というか、都市の統制が他んとこより進みすぎやねん。ファンタジーの域を超えるんかってくらいやで。まあ、でもあくまで予算削減ってだけで完全民営化やないけどな」


 西方最大の城壁都市という名は伊達ではないようだ。人が増えればその分経済活動が盛んになり税収も増える。だからエンディミオンでは郵政局が配達人を雇えるくらいに予算を回すことができる。他の都市ではこうもいくまい。警邏ですら怪しい市もあるのだから。


 田中はシグナスの狐面と郵袋を交互に見て、


「ふーん、ロゴは黒猫が小さい猫を加えている感じのやつ?」

「ちゃうちゃう。黒と白の猫がマスコットのやつやないで」

「そうかそうか、すまんな」

「ええんやで。ともかく廃墟街出るまでは力を合わせようや!」


 そう言ってシグナスは再び右手を差し出した。握手はどこの都市でも共通の友好の証だ。田中はその手を握り返そうと手を伸ばし、手のひら一つ分手前で止めた。


「ちょっと待て。俺の認識がおかしいのか?今、廃墟街から出るまでとか言わなかったか?」

「私にもそう聞こえました」


 キャシーも険しい顔をして田中に同調する。


 シグナスは一瞬だけポカンとしたのち、へらっと口元を緩めた。


「せやで。実は今ワイが運んでるんは……これ話してええんかな……ま、ええか。サッカイ市の何某から、さるエンディミオンの何某への密書やねん」


 さらっととんでもないことをシグナスは言う。たぶん話してはいけないことだと思う。


「密書って……いや、だとしてもどうして俺たちがお前と一緒に行動する前提なんだよ」

「書状配達時の業務規定にな、密書の配達時には配達人の裁量で護衛を任命できる任命権があるんや。たぶんこの規定は全国統一やからエンディミオンの配達人も一緒やと思うで。ワイ、黒猫運輸じゃ荒事専門やねんけど、さすがにあんな風に囲まれたら勝てんわ。サッカイ近くの廃墟にはあんまり溝さらいなんておらんからそもそも想定してないし。てなわけで護衛権を使おうと思うんやわ」


 頭がくらくらしてきた。田中は額に手を当て深々と息を吐いた。


 護衛権ときたか……。


 ろくに探索すらできていないのにエンディミオンに帰るだなんて実際赤字である。とてもじゃないが「はい、そうですね」と二つ返事で了解できる話ではない。


 キャシーもあんぐりと口を開け、塞がる気配は当分なさそうだ。


「ダイジョウブダイジョウブ、報酬の振り込みはあとでうちから田中宛に飛脚だすからへーきへーき!」

「待て、まだ引き受けるなんて一言も言ってないぞ!」


 勝手に進んでいく話に田中は思わず声を荒げてしまう。


「いやーこれも神の思し召しやで。廃墟街で手練れの屑拾いと会うなんて、まあないからな!」

「人の話を聞けよおい!」


 実力行使やむなし。そんな考えが田中の脳裏をよぎる。


「まあまあ抑えて抑えて。それとちょっと声のトーン下げようや」


 そこでようやく気が付いた。シグナスの狐面の下、口元から笑みが消え去っていることに。

つづく

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