第二十五話 楽しい組合の作り方 その三
屑拾いは決してミュータントハンターなどではない。むしろなるべく出くわさないように隠れ、遭遇してもすぐに逃げるのが基本である。キャシーや田中みたいに真正面からぶっ殺す屑拾いのほうがごく稀である。
そんな屑拾いたちが廃墟街から脱走したミュータントの駆除など行うはずがあるだろうか。いや、あるわけがない。
だから誰一人してエルディットと目を合わせようとしない。自分が行くわけがないという絶対の自信があるからだ。もちろん田中とて危ない橋を渡るつもりなど毛頭ない。
エルディットは一様に押し黙る屈強な屑拾いたちを見渡し、勝ち誇ったように鼻の穴を膨らました。
「でしょ。あなたたちが言う利権なんてどこにもないの。だから市からは盗賊とまではいかないけれど、グレーな荒くれ者扱いされているんです。屑拾いなんて職業を認知していないのです。よって組合を作る作らない以前の問題なのです。お判りいただけたでしょうか?」
身もふたもない言い方である。
さすがに役人の、しかも小娘に言われたとあってはいい思いはしない。特にこの場を設けた張本人である顔役のメンツは丸つぶれである。
「市は認知していないかもしれないが現に屑拾いという職業が、そう呼ばれる者たちはいる。ファンファーレ係とか紙吹雪を降らす職人だとか皿洗い職人とか、市が認知していなくてもそういう職業の者はいるぞ」
「そんなのはどうでもいいんですよ。そんなマイナー職業軍団なんて。紙吹雪組合とか皿洗い組合とかさえできなければ、ね。徒党を組んだりしない親方制度なら構いませんよ。木こりみたいに。あと管理対象も減らしたいですし」
エルディットは大きなため息をついた。芝居がかった実にわざとらしいため息だ。その拍子にずれた眼鏡を元に戻した。
「そもそも無理に組合じゃなくてもいいんですよ。それでも団体を作りたいなら信心会……は教会か。兄弟団とかでいいじゃないですか。寄進がない代わりに参事会への発言権もありませんが一応は同職組合ですよ。当局も管理とか期末ごとに案内とか出さないで済むんでWIN・WINです。というかあなた方、参事会への発言権とかいらないでしょ」
決めつけてくるエルディットに対してローエングラムは何か言いたげな様子である。しかしそれを言葉にするよりも早く、
「まあ、たしかに発言権あっても仕方がねーしな」「自由業だから確定申告もしねえし」などと他の屑拾いたちが口々に言い始める。
エルディットは今が好機とばかりに畳みかける。ローエングラムはお構いなしで、他の屑拾いに向けてである。
「認可登録制度は団体である以上必須ですね。たとえばどこに住んでる誰それとかを名簿として管理したり。でも管理は別に事務員雇わなくてもいいでしょう。外注とかで人件費と事務所代を安く浮かせたらいいんですよ。冒険者組合の事務方に外注依頼してる組合もありますからね」
ローエングラムには悪夢のように思えただろう。この役人が話すたびに当初思い描いていた屑拾いたちのギルドからどんどんかけ離れていく。認可登録制度はありとしても管理や運用が全て外注など、経費は抑えられるが果たしてそれが同業者組合と言えるのか。
「もちろん言えます。ええもちろん!むしろ全てを自分たちでやる時代なんて終わりました。適切な仕事を適切な職場へ、いかに外注をうまく利用してリードタイムを減らすかが最近のトレンドですよ!れっつアウトソーシング!」
「でも冒険者組合とぎくしゃくしてるから組合を作りたいわけで……その冒険者組合に仕事をお願いするのはなあ……。役所はそこらへんのところどうなのだ?」
「あ、うちはそういうサービスはやってないんで」
エルディットが示す「屑拾い組合」改め「屑拾い兄弟団」というものに、ローエングラムはまったく納得がいかなかった。他の屑拾いが同調するのもどうしても納得がいかなかった。
しかし彼女の言う義務を果たすことができるほど屑拾いはまとまった集団ではない。仮に組合ができたとしてもその特色は変わらないだろう。そうなると近いうちに組合は消滅する。必ず消滅する。
彼らとてバカではない。わかっているからこそローエングラムに同調せずエルディットの案に乗っかろうしている。
ただ一人を除いて。
田中は腕を組んで一言も話さず聞くに徹している。
はたから見ればエルディットの案に異を唱えているようにも見える。
目ざとくもそんな田中の様子に彼女が気づいた。
「そこの怪しさ抜群の人、何か私に言いたいことでもありますか?」
視線が田中に集まった。
「特に何も。ただ――」
「ただ?」
「あんた、物言いが嫌な役人のそれだなあ」
「な⁉」
エルディットの顔がみるみるうちに真っ赤になる。
今にも噛みつかんばかりの激しい形相で両こぶしを円卓に叩きつけた。そして何か言おうとするが感情が先走り、口をパクパクさせるだけでまるで言葉になって出てこない。
そうこうしているうちに、またもや扉が勢いよく開いた。
何事かと思い振り向いてみれば、今度は筋骨隆々とした二人組の屈強な男が立っていた。どうやらここの警備員らしく、緊迫した雰囲気を漂わせて室内を見渡している。
伏せがちなエルディットの表情が引きつっている。悪戯がバレた時の子供のようなそんな様子だ。
ころころ表情がかわるなあと思う。同時に「さてはこの役人、無許可で乗り込んで来たな」と田中は悟った。
「いたぞ、あの女だ!」
田中の予想は正しく、男たちはエルディットを見つけると足早に近寄った。
「コルァ!雨に紛れて不法侵入しやがって!」
そして二人がかりで彼女の両腕をつかみ取る。エルディットはその拘束から逃れようと体をよじらせるが自力で脱せそうな気配はまるでない。
「え、いや、ちょっと!私役人なんですけど!」
「は?法と秩序が第一とか宣う役人が、受付を強行突破なんてするか!皆さんご迷惑をおかけしました。ほら、さっさと歩け!」
「は、話してください!まだ!まだ話は終わってないんですッ!」
警備員に怒鳴られながらエルディットは有無を言わさず引きずられていく。そして扉がゆっくりと閉まり、彼女の小さくなりゆく不満の声がそれでも微かに耳へと届く。業務妨害だとか誘拐だとか婦女暴行だとか。それもほぼ聞こえなくなった頃、彼女が強制退場したのちに残ったのは形容しがたい寒々しい沈黙だけであった。
ローエングラムも呆然と閉じられた扉を見ている。
「とりあえず……多数決で決めようか。組合を作るか作らないかを……」
その後、数度における協議と同数のエルディットの襲撃を経て――
別日。
エンディミオン旧市場広場にて。
「えー本日は大変お日柄もよく――ここに屑拾い兄弟団の設立を宣告いたします。したがって名前とお所住まいをこちらの名簿に記入してください。年間の組合費は6000エンです。新規教育制度や情報の共有など有益な内容となっております」
集まった屑拾いたちに向けてローエングラムが兄弟団の設立を宣言した。
その中には田中とキャシーの姿も見受けられる。
田中が正式に屑拾いとなった日だ――
屑拾い兄弟団が立ち上がったその日の夕暮れ。教会の鐘が鳴り終えても、エンディミオン中心部にある市庁舎の木窓から光が漏れていた。そんなダーティー感漂う市庁舎の廊下をエルディットは歩いていた。通り過ぎていく部屋には人の気配が絶えずあり、まだまだ公務にいそしんでいるようだ。
石造りの廊下に響いていた靴音が止んだ。ところは管理局のフロア、彼女の足は管理課の看板がぶら下がった部屋の前で止まっていた。ノックもせずに扉を押し開けた。
壁に掛けられている都市十字の紋章旗が目に入る。次いで部屋の中は書類の束が積まれた机の島がいくつもあり、いかにも役所然としている。
そこには業務時間外にもかかわらず、エルディットと同じ管理課の課員が一人だけいた。エルディットが入室してきたことに気が付いた課員は手元の書類から顔を上げ、
「お疲れ様でーす。聞きましたよ。屑拾い兄弟団の設立に成功したんですって。これで厄介な屑拾いの情報を得ることができますね、課長」
事務所の最奥には課長の札がかかっている机がある。エルディットはまっすぐそこへ向かい、カバンを机に置いてから座った。
「組合を作るって情報が入った時は冷や冷やしたけど、所詮は荒くれ者だったわ。ほんと私の思い通りに事が運んでくれて笑いそうになるわ」
「市参事会への発言権を持たせることなく屑拾いたちを一元管理でしたっけ?これで仕事がしやすくなりますね。屑拾いってそもそもどこの誰がやってるのかも把握できませんでしたしね」
そうよね、と同意しつつエルディットはカバンから書類を取り出した。課員からの別件の報告書である。エンディミオン内のパン組合とお菓子組合との小競り合いの原因と状況が書かれている。
豆を砂糖で煮込みペースト状にしてパンで包んだものはパンなのか菓子なのか、その特許状を巡って武力衝突まで秒読み段階に入ったなどと不穏な内容だ。それを斜め読みしながら、
「そうそう、あとで広報課に連絡入れといて。情報はそっちが組合に送り込んでる間者から報告もらうように。うちがわざわざ出張って屑拾いの管理情報が郵政局広報課に流れる仕組みは作ってあげたんだから、あとはそっちでやっといて――みたいな感じで」
「ええ……僕がですか?課長の仕事なんですから課長が報告してくださいよ……」
課員はあからさまに嫌そうな顔をする。隠そうとする気は一切ない。
「一次報告よ、あとで報告書はちゃんと作るわ。とにかくこのどうでもいい報告書をさっさと読み終えて、飲みに行きたいのよ。貴女も一緒にどう?」
「遠慮しておきます。というか機嫌悪いですね?」
途端にエルディットは声を荒げて一気にまくしたてる。
「そりゃそうよ。ペストマスクを被った変人が事あるごとに鬱陶しいったらありゃしないんだから!」
「はあ、そりゃ大変でしたね」
感情をむき出しにして荒ぶる上長を前に、課員は実に興味なさげである。数秒後には何が原因で上長の機嫌が悪いのか忘れてしまっていることだろう。
「まあ何にせよ――」
エルディットは報告書を机の脇に置き、天井を見上げた。
「法と秩序と情報により管理される理想社会に一歩近づいたのは上々よ」
口元に浮かべる笑みは、決して公務員が浮かべて良いモノではなかった。
おわり




