第二十四話 お嬢と執事 その四
田中は伸びている野盗その一を見つけるとその襟首をつかんで引きずっていく。そして彼だけは他と違って両手両足を縛った後、さらに木の幹にきつく縛り付ける。
「……タナカ、そんなとこで何してんのよ?」
リザが胡乱げに聞く。その顔が近い。
ようやく縛り終えた田中は手についた汚れを叩いて落とすと、
「お嬢ちゃんには関係ないことだよ。ほら、手が空いてるならキャシーの手伝いしてきてくれ。縛ることくらいできるだろ」
「雇い主に後始末させるのってありなの?」
「ありだよ」
不服そうに言って、案外素直にリザは田中の手から余った紐を受け取った。すぐさま血相を変えたセバスチャンが走り寄ってきて紐を奪い取り、代わりに手際よく縛り上げていく。エンディミオンにつく前に血管が切れてしまうかもしれない。主に田中が原因で。
今度は野盗その一の頬を数回叩く。
「おーい、起きろ」
起きるまで叩く。
「痛い痛いやめてくださいお願いします」
「うるさい。盗賊ごときが懇願するんじゃねーよ」
田中は野盗その一の覆面を剥いだ。いかにもゴロツキと言った風貌だ。
リザやセバスチャンが十分離れたことを確かめると、田中は声を落として訊いた。
「お前ら誰に頼まれた?」
露骨に顔色を変えた。こうも顔に出てくれるのなら話が早い。
「人の質問には答えるのがマナーだぞ。あのリザって女と執事の誘拐を誰に頼まれたんだって聞いてるんだ」
「知りません……顔を頭巾で隠した知らない男から『金持ちの娘がこの道を通る。だから儲け話に乗らないか』って言われて……」
正直、そんなところだろなあとは思っていた。リザ本人が恨まれているというよりもおそらく親か親類か。市議か公務員が親だと思っていたが、もしかしたらさらに上の人物かもしれない。それこそお家騒動とかが起こるほどの。
ふと思う。もしかして自分はそうとうやばいことに首を突っ込んでしまったのでは、と。
旧帝国の貴族政治とは違い、官僚主義のエンディミオンでそんなお家騒動になるような地位の人物とは……参事会かあるいは――
いや、余計な詮索は止めておこう。
田中は覆面を前後逆にして野盗にかぶせなおした。
「ほらタナカ!こっちは終わったからさっさと出発するわよ!」
件の不良少女がうるさく急かしてくる。たった今襲われたばかりだというのに一切気にする様子がないのが、この子の芯の強さを物語っている。
田中は気づかれないようにため息をついた。
「巻き込まれたこっちの身にもなってほしいんだけどなあ」
◆
僅かに空いた木窓の隙間から一羽の鳩が滑り込んできた。その足首には小さく丸められた紙が紐で括り付けられている。
男は紐を解くと鳩の頭を撫でて再び外へと放った。
書かれている内容はいたって簡素である。全文読むのに一分とかからない。
「やはり野盗程度ではいかんな……」
男はいかにも愉快そうに肩を揺すった。
◆
陽が沈み、幾ばくか経った。
田中たちは焚火を囲んで座り込んでいた。冬ではないがそれでも夜は冷える。キャシーはマントに、リザはセバスチャンとともに薄い毛布にくるまっていた。チリチリと火花が舞い、泥炭特有の煙臭さが木々の枝の隙間から夜空へと抜けていく。無数の星が夜空に浮かび、生い茂る木の葉に幾分遮られながらも、それでも月光のカーテンが田中たちを照らしている。
臭いは気になるが薪よりも暖かい焚火で田中は小さい鉄鍋を熱していた。
「あんたらが食料を持っていたおかげでマズい保存食を喰わなくて済みそうだよ。まあ固い黒パンは避けられないけど」
「私は黒パンだろうが粥だろうが構いませんが、お嬢様の機嫌が悪くなりますので」
そういうセバスチャンの手には木製のコップ半分くらいまで注がれた葡萄酒があった。これは田中のもので、質の悪さを隠すように生姜をたっぷり入れられた安酒である。味はかろうじて飲める程度のものとでも言っておこう。それでもないよりはましだ。だいぶましだ。
細く裂いた干し肉をしがみながら、リザはバツが悪そうにプイと視線を逸らす。
「マズいご飯は食べる量に比例してその人の人生をみすぼらしいものにするのよ」
そして冒険者から旅人まで全員を敵に回すような発言をする。誰も好き好んで石みたいに固いパンや酢の味しかしないキャベツを食べているわけじゃない。人間たるもの暖かい食事をとりたいと思うのは当然であり、それがままならないからこそマズい保存食を食べるしかないのだ。
「だからこうして調理してやってるんだろうが」
脂がいい具合に溶け、鉄鍋の表面で弾けている。
田中は芋をナイフで一口サイズに切り鉄鍋に入れて火を通す。
次にセバスチャンから強制接収した豚の腸詰を入れる。しばらく火にかけた後で玉ねぎをぞんざいにぶち込み、塩を少々降ってナイフでかき混ぜる。
最後に取り出したのは粗皮の袋に包まれた四角いチーズ。その端を細かく切り落として鉄鍋全体にまぶし、若干溶けてきた頃合いで完成だ。
チーズの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。干し肉や黒パンを食べる気など微塵も残さず吹き飛んでしまう。
「こんなもんを廃墟街で作った日にはオークどもが集まってきてしょうがないだろうな」
田中は苦笑しつつもナイフを入れ四等分にし、各々の取り皿に入れてやる。手間賃として自分の分は少し多めに腸詰の欠片を入れたのはばれていないようだ。誰かの腹の音が聞こえた。
田中はペストマスクをずらし、予想以上に生姜が香る葡萄酒を呷った。これは辛い。
「暖かい食事は人を落ち着かせる。落ち着くことで余裕が生まれる。飯を軽んじるような余裕のないやつから死んでいくもんさ」
独り言のようにつぶやく。
「あんた酔ってるの?」
芋を口いっぱいに頬張りながらリザが訊く。その目は珍妙な生き物でも見ているかのようであった。
「……こんな酒で酔うわけあるか」
やや憮然とした口調で田中は続ける。
「昔言われた格言みたいなもんだよ」
ふーん、と興味なさそうにリザは相槌を打つ。もう少し食いついてもいいじゃないかと思う一方、そう思ってしまうあたりリザの言う通り酔っているのかもしれない。
「誰に言われたんですか?」
すでに完食して、それどころか田中の皿から芋を盗み取ったキャシーが尋ねた。
田中は口を開けるも一瞬言い籠り、そして首を傾げた。
「そういえば……誰だったっけなあ……?」
「えぇ……」
生姜臭い葡萄酒のせいではない。遠い記憶のせいで煙に巻かれているのだ。思い出そうと頭をひねってもモザイク状の記憶しか浮かばない。考えれば考えるほど田中の意識はふわふわと漂う。ふわふわと。
まずいまずい。コップの中の葡萄酒と別の話題に逃げる。
「というかリザ、お前はどうしてオージアに来たんだ?」
僅かに肩を震わしたのは見間違いではないだろう。
「観光よ」そういうリザの口調はそっけない。
「執事を連れて?」
「犬も杖も持っていないけどね。女の子を連れて屑拾いするよりはよっぽど市民的よ。というか今さらだけどあんたらどういう関係なの?」
年相応といったら語弊があるかもしれないが興味津々に聞いてくるあたり見かけによらず女の子なのだなあと思う。つまり色恋沙汰。
「もちろん大人の甘い関係です!」
「黙れ従者。隙あらば既成事実を作ろうとするんじゃない」
キャシーの口を掴んでむりやり塞ぐ。毎度のことながら性懲りもなくあることないこと吹聴して、ここまで主人を困らせる従者はそういない。
リザは、初めはポカンと呆けたように二人を見ていたが、くすくすと次第には声を上げて弾けるように笑った。そして目の端に浮かんだ涙をぬぐい、奇麗に食べ終わった皿を地面に置いた。
「マジ最高、ごちそうさまでした」
何に対しての言葉かは聞くまい。
つづく




