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第二十三話 お薬を作ろう その二

「どうしてお主らは家まで付いてくるんじゃ?」


 煮沸用の大釜に水を張りながらマリオンは眉間にしわを寄せた。


 ここは絵画と林檎の木通りにあるマリオンの家である。しかも戸建ての玄関からいきなり作業部屋。おとぎ話にでてくる魔女の研究室のようで、部屋の真ん中には木製のテーブルの上に薄い鉄板を張った作業台があり、その横に大釜が置いてある。壁に沿って立ち並んでいる棚には魔術書や薬品が整頓して収められている。


 マリオンの苦言に真っ先に反応したのはエーミルだ。


「人の意を操るクスリなど隣人愛の精神に反していますわ!そんな脱法薬草紛いのものを作るなんて神の使徒として見過ごすわけにはいきません。おとなしく魔術耐性強化の薬にしましょう」


 腰に手を当て、声高らかにエーミルは宣告する。こういう融通が利かないところは実に神殿騎士らしい。


 ――その口を凍らせてやろうか。


 壁に掛けているダウジングロッドに手を伸ばそうとする前に、キャシーは頭の固い神殿騎士に向けてにっこりと微笑んでみせた。


「フーン、じゃあエーミルさんには実力行使も厭わない方向で帰っていただきますか」

「……え?」


 まさか帰れなんていわれるとは思っていなかったらしく、エーミルはキャシーとマリオンとを交互に視線を送る。


 そりゃそうだ。キャシーがはいそうですかと容易く諦めるはずがない。マリオンはそもそもが予想外なので、聞いていないぞと目で訴える。


「よくよく考えてみれば神殿騎士はたしか色恋沙汰は禁止でしたよね。そもそも惚れ薬なんてものは必要ありませんよね」

「え?」


 顎に指をあて、たった今気が付いたと言わんばかりの態度がこの上なくわざとらしい。邪魔者を帰さんとする大いなる意思がキャシーの言葉尻からひしひしと伝わってくる。


「ではエーミルさんお疲れさまでした。私は忙しいので司法局への報告はお願いしますねー。あと髪はしっかり乾かしてくださいねー」

「まあでも元神殿騎士ですし多少はいいかなーなんて。あと脱法薬草紛いと言いましたが本当なのかどうかも神殿騎士として立ち会い、判断する必要がありますわ。もし違うようでしたら主も大目にみてくれるかなーなんて」


 簡単に神殿騎士としての教示を捨てて転んだ。


 意訳すれば興味津々です、ということらしい。


「だから魔術薬を脱法薬草と同列に扱うんじゃない」


 マリオンは大仰にため息をつき、


「お主らさっきから好き放題に言っておるが、私は惚れ薬を作るなんぞ言った覚えはないんじゃが……」

「でも作れるんですよね」と、キャシー。

「一応材料はそろっているが……」

「じゃあ作りましょう!」

「いや、私は腹痛の――」

「作りましょう!」

「じゃから人の話を――」

「作りましょう、惚れ薬!」


 きっと有無を言わせないとはこういうことをいうのだろう。退く気は一切ないようだ。


 マリオンはばりばりと頭を掻きむしると、さっきよりもさらに大きいため息をついた。


「わかったわかった。作ってやる!その代わりちゃんと手伝うんじゃぞ。あと効果が薄くても文句は言わない。わかったな?」


 頭が飛んでいくんじゃないかと心配するくらいオーバーリアクションでキャシーは首を縦に振る。


 ようやく、キャシーの圧に屈したマリオンの一声で、楽しい楽しいお薬作りが始まったのであった。




「あったあった。これじゃ」


 マリオンは魔術所が並ぶ棚の前に立つと目的の書を引き抜いた。色褪せた表紙の薄い魔術書で「他人に好かれる魔術的アプローチ-薬学編-」と書かれている。とても怪しい題名だ。


 マリオンは表紙を開き、ページをぺらぺらとめくる。そして魔術書とにらめっこしながらレシピに書かれている材料を他の棚や引き出しから集めていく。


「お主はイモリをみじん切りにするのじゃ」と言ってナイフと串に刺ささりこんがりと焼かれたイモリをキャシーに手渡した。


「うげー……」

「あっちの作業台でさっさと刻むんじゃ。内臓はいらんからしっかり取っておくんじゃぞ」


 キャシーは露骨に嫌な顔をしたまま、しかし惚れ薬のためだと自分に言い聞かせて作業台へと向かった。ナイフを振り下ろすたびにひゃあ!だとか、わー!だとか、やかましく騒いでいる。エーミルはそっと目を反らした。


 マリオンはしゃがみ込むと大釜の底目掛けてふぅ、と息を吹きかけた。すると火打石も使わずに魔力の小さな火が生まれた。そしてルーン文字が彫られた腕と同じくらい長い木のへらでかき混ぜながら水を煮立たせる。この木のへらも魔術道具の一種であり、大釜の中へ魔力を注入するのに使用する必須アイテムである。薬草の調合とは違い、魔術薬は魔力を注入させながら調合を行うことで強引に薬効を生み出すものである。ほんとうに魔力というものは便利なエネルギーだ。


「まずはペパーミント」


 魔術書を片手にマリオンは一掴み大釜へと入れた。


「粉末にしたオークの爪と蛙の肝、バラの棘の煮汁を加える」


 透明だった水の色がどんどん濁り始めてきた。


「んで、そこの皿の中のもの全部入れて」


 エーミルは言われたとおりに、いったい何を混ぜたのか皆目見当がつかない粉を全て大釜の中へと入れた。鼻を突く嫌な臭いが一気に広がったが、下水道という極限環境にいた彼女にとっては大して苦にもならない。嗅覚がマヒしているともいう。


「焼き沼イモリのみじん切りを最後に入れるのじゃ。キャシー、ちゃんと刻んだ?」

「はい……なんか変な汁でてるけど大丈夫なのこれ?」

「そして魔力を込めながら水分気がなくなるまでかき混ぜる」


 キャシーの素朴な疑問をマリオンはきっぱり無視する。


 アンデッドであるキャシーは魔力を持たないので、残りの二人が交代でかき混ぜること一時間くらい。ようやく大釜の中身から水気がなくなりはじめた。やがて茶色く粉っぽいもろもろとしたモノが生まれた。だいぶ収まったがそれでも微かに異臭を放っている。


「これと蜜蝋と練り合わせて小さく丸めれば出来上がりじゃ」


 そう言ってマリオンは出来立てほやほやの丸薬をキャシーに見せた。間違っても口に入れようなどという気持ちが一切生まれない汚いビジュアルだ。


 キャシーは丸薬を受け取りながら、


「これが惚れ薬……?」

「なんじゃ文句があるのか?」


 マリオンの冷ややかな視線を浴びてキャシーは首をぶんぶんと横に振る。


「ないない!マリィさんありがとうございます」

「マリィではないマリオンじゃ」


 一転して誇ったような満足げなような顔をして胸を張る。


 完成した丸薬三個を個包装させられた。蜜蝋で固めたとはいえそのままだとべたべたするし臭いが服に移るかもしれない。さすがにそれは二人とも嫌だった。

つづく

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