第二十三話 お薬を作ろう その一
水面に反射する陽の光が目に染みる。
エンディミオン市内に流れる水路のほとりで、キャシーとエーミルは両ひざを抱えて座っていた。得体のしれない液体の跳ね返りにより、服のあちこちにシミがついている。先ほどまで彼女らがどこにいたのかおおよその見当がつく。傍らに置いた鍬の先端には、素手では絶対に触りたくない灰色のナニかが絡まっている。二人は遠い目をして水路を眺めていた。
「もう下水道なんかに行かないから……」
「同感ですわ。しかも二回も行かされるなんて……」
力なくつぶやき二人そろって大きなため息をついた。田中がいれば自業自得だとすぐさま言い返されそうだが、あいにくというべきか幸いと言うべきか田中は二度目の下水道探検には同行しなかった。理由はシンプルかつ明白に「嫌だ」と拒絶されたからである。仕方なく二人で下水道へ柵の設置に行き、さきほど作業を終えて地上に戻ってきたのだ。
キャシーは小石をつかんで水路へと投げ込んだ。下水道に流れているものとは全く違う、澄んだ水しぶきが上がった。キャシーはまた小石を掴むと、今度は投げずにじーっと凝視する。
「これを司法局に投げ込んだらちょっとは気が晴れるかしら」
「とても清々しい気持ちのままさらし刑になると思いますわ。と言いますか本気でやろうとか思っていませんよね?」
「……もちろん」
「今の間はなんですの?」
「気のせいよ……ん?」
顔を背けたときに視界の端で、空へと昇っていく白い煙が映った。春闘か何かかなと思い視線を横に向けると、焚火とその世話をしているマリオンがいた。彼女は高身長でナイスバディな体型でなおかつ切れ目の美人という非の付け所がないステータスを持つ腕利きの魔術師であり、また手練れの屑拾いでもある。そしてそれらすべてを台無しにするようなダウザーとしての必須アイテムであるダウジングロッドは、どうやら持ってきてはいないようだ。
マリオンもキャシーたちに気が付いたらしく、小さく手を振って挨拶する。
「そういえばなんだけど――」
キャシーがおもむろに口を開いた。
「あの人も神殿騎士相手に大暴れしてたよね?」
「そういえばそうですわね。それに主の前では人は皆平等ですわ」
二人は鍬を引きずりながらマリオンの元へと歩いていく。その表情は硬い。
「タナカのところの従者と前に相見えた神殿騎士か。元気そうで何よりじゃな……ん?どうした、お主ら少し臭うぞ」
禁止ワードであった。そしてリザードの尻尾を思いっきり踏み抜くに等しい行為であった。
悪気はないのだがいかんせん今のキャシーとエーミルは下水道に精神力を削られている。笑って流すことなどできるだろうかいや無理である。柳眉を逆立て今にも躍りかからんとするくらい眼光を鋭くさせ、
「市民と明るい市政のために滅私奉公してたんですよ!」
「なぜゆえ殺気⁉」
理解できないキャシーの剣幕にマリオンはたじろぐもすぐさま頭を巡らせる。臭うと言ったのがいけなかったのだろう。自分の言葉が二人を怒らせる原因でまず間違いない。要するに臭いのをどうにかすればいいだけだ。マリオンは印を組み、
「CREATE」
「ん?」
日傘を開いたかのように急に視野が暗くなった。不思議に思ったキャシーが見上げると、そこには重力に引かれる夥しいほどの水の塊。
飛び退く間もなく頭上から降り注いだ大量の水に飲みこまれ、二人は頭の天辺から足の先までぐっしょりと濡れてしまった。たしかに水洗いするのは理にかなっているのだろうが、やり方が雑すぎる。水滴を滴らせながら無言でキャシーは鍬を構えた。
「待て話し合えばわかり合えるはずじゃ!早まるでない!」
「貴女が喧嘩売ってきているだけでしょうが!」
「ぐぬぬ、どうやら良かれと思ってしたことが裏目に出たようじゃな。すまない、謝る。とにかくここにちょうど火があるわけじゃし、少し乾かしていくが良い」
納得がいかないとった風に顔をしかめるが、ともかく濡れ鼠のままなのは嫌なので言われたとおりにキャシーは火に手をかざす。エーミルももぞもぞとチエインメイルと鎧下を脱いでからキャシーに倣う。
ぱちぱちと音をたてて火が爆ぜる。
「こんなところで何を焼いているんですの?」
エーミルが焚火を指差して尋ねた。彼女にしてみれば服を乾かしている間の単なる世間話程度のつもりである。ところが火に赤々と照らされるマリオンの表情はやけに渋い。
「お主らには関係ないぞ」とだけ言うと金バサミで火の勢いを調節する。聞かれたくないという内心がありありと現れている
そんなことを言われると余計に興味が湧いてしまうのが人というものである。
「あららマリィさん、関係ないって……つれないなあ。どうせ芋でも焼いてるんでしょ?一個くらいちょうだい」
話に割り込んできたのは食欲に正直なアンデッドである。
「マリィではない。マリオンじゃ。あと芋は焼いとらん」
「うわ、でました。独り占めにする気ですね。魔術で人をずぶぬれにしておきながら芋の一個もくれないなんて組合の横暴では?」
「だから焼いてるのは芋なんぞではないと言うとるじゃろうが」
「ではゴミですか?」と首をかしげるエーミル。
マリオンは呆れかえっている。相手をするのもめんどくさそうだ。
「なぜそうなる?」
「じゃあなんですの?」
マリオンは金バサミで焚火の中をごそごそとまさぐると、
「ほれ、沼イモリじゃ。食うか?」と言ってこんがり焼けたイモリをエーミルの鼻先に突き付けた。
「ぎゃあっ!誰が食べますかそんなもの!」
予想外の代物を前にエーミルは聖職者らしかぬ甲高い悲鳴を上げて後ずさった。
エンディミオン郊外の大ヒル沼に住む小さいイモリである。眼球が飛び出している気持ち悪い見た目と赤と緑の斑という毒々しい色のせいで、他のイモリと違って食用には適していない。食べられないと言うわけでなく適していない。
キャシーも焼けた沼イモリのあまりのクリーチャー的ルックスに表情が引きつっている。
「勝手に聞いておいてドン引きするとはどういうことじゃ」
二人の反応にマリオンは不満そうに口を尖らせた。そしてこれ見よがしに沼イモリの丸焼きを突き付けてくる。
「そりゃ誰もそんなゲテモノ焼いてるなんて思いませんよ!とゆーかなんでそんなもの焼いてるんですか⁉まさか、食べるんですか?」
「食べるというか、そうじゃな。薬に使うんじゃ」
端っから食べるなんて思ってはいなかったが、それでも予想外の回答にキャシーの目が点になる。
「お薬?合法薬草などですか?」
「あれは薬草学じゃ。私が言うておるのは魔術師が作る魔術的な薬じゃ」
二人の様子からするに魔術的な薬と言われてもいまいちピンときていないらしい。二人そろって首をかしげている。医師などが合法的な薬草を調合してつくる世間一般的な薬といったい何が違うのかがわからない。おそらく魔術と言うからには調合の際に何かしらの魔力的要素が関わってくるのだろうが……それくらいしかイメージができない。
マリオンはマリオンで良い説明の仕方はないものかと頭をひねるが、これといってウィットに富んだものは思いつかない。
実際に使ってみれば実感できてわかりやすいのだが、
「特定の素材に魔力を注いでつくる薬じゃ」と、テキトーに説明するほかなかった。
キャシーはわかったようなわかっていないような顔で「ふうん」と相槌をうつ。
「そのイモリで何が作れるんです?」
「なんでも作れるぞ」
マリオンは少し考え、
「防御力がアップする薬とか腹痛耐性強化とか肉離れ耐性強化とか、おもしろいものだと友好度強化とかじゃな。所謂惚れ薬と言うやつでな――」
つづく




