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第二十二話 魔術師殺し

 三日月堂は小売り通りから一歩奥へと入った路地にある魔術道具屋だ。


 用途不明の雑多な魔術道具が整理もせず好き放題に置かれており、客を歓迎するという姿勢はまるで伺えない。


 そのカウンター席には怪しげな男が一人座っている。平凡な普段着にペストマスクという変質者丸出しの服装をした田中が、葡萄酒の入ったコップを傾けていた。


「まったく、また厄介なものを持ち込んでくれたな」


 呆れ半分諦め半分の声の主はここ三日月堂の老店主だ。白髪を丁寧に撫でつけ、元魔術師らしい立派な髭をさすりながら店の奥からやって来た。


 田中はからからと笑い、


「まあそう言うなって。よくわからないものの鑑定をやってくれるところなんてここ以外ないんだから」

「人を便利屋みたいに言いおって。次からは鑑定料取るからな。とにかくこいつがどういうものか、ってのはだいたいわかったぞ」


 老店主は田中の目の前に一本の剣を置いた。両手で扱うには短く、片手で扱うにも微妙に長い中途半端な長さだ。田中たちがエンディミオンの地下ダンジョンから持ち帰ってきた件の剣である。


 地下ダンジョンから脱出した次の日、田中はテキトーな鞘に入れたこの剣を持って三日月堂にやって来た。目的は剣身にびっしりと彫り込まれたルーン文字の解読。おそらくなにか魔術的な効果を付与しているのだろうが、田中にはさっぱりわからない。しかも置いてあった場所が場所なだけに下手にいじった結果取り返しのつかないことになってしまった、なんて可能性は十分ある。やはり餅は餅屋にというべきか、その道のプロに任せるべきだと判断した次第である。


「さすがに仕事が早いな。で、どんな効果なんだ?」


 途端に老店主は気難しい顔を作る。そんな顔をされては妙な胸騒ぎがしてしまうではないか。田中は老店主が言う次の言葉に身構えた。


 老店主は後頭部をぽりぽりと掻くと、


「うーん、まあなんだ。口で説明するよりも実際に見てもらったほうが早いじゃろう。ちょっと店の奥まで来てくれんか」


 そう言って手招きする。田中は肩の力を抜くと老店主に促されるがままに、カウンターの向こう側へと移動する。もちろん葡萄酒は持ったままである。


「奥というよりは裏手に出てもらいたいんじゃが。それにしてもこんなブツをどこから拾って来たんじゃ?」

「ははは。まあ廃墟街というか地下というか遺跡みたいな―」


 田中はあいまいに誤魔化す。口が裂けてもエンディミオンの地下にダンジョンがあってその最奥から持ってきたとか、脱出の際に遺跡が自爆したなんて言えない。それでなくても今のエンディミオンは原因不明の地鳴りや地響きの話で持ちきりだというのに。


「お前はどうしてこうも曰く付きのブツを持ち込んでくるんじゃ。前の魔力剣といい今回の魔剣といい――」


 老店主は大きなため息をついた。


「魔術師冥利に尽きるなんて誤解をするんじゃないぞ。若い時の冒険でその手のものは十分味わったわい。そういえば今日はキャシーちゃんはおらんのか?」

「あいつは友達と出かけているよ。当分は帰ってこないと思うけどな」

「なんじゃ、喧嘩でもしたのか?」

「ちげーよ。司法局に言われて友達と一緒に義務を果たしに行ってるから帰ってこれないんだよ」


 田中は足裏で地面を数回叩いてみせた。老店主はそれだけでキャシーたちの行き先がわかったらしく、苦笑したかと思うと今度は気の毒そうに首を振った。


「珍しいな。じじいがそんな顔するなんて」

「うるさいわい。あそこにはあんまりいい思い出がないんでな」

「現役時代のときか?」

「そうそう。何十年前だっけな、詳しいことはわすれたんじゃが、下水道の壁が崩れてて横穴ができとったんじゃよ。そこに興味本位で入ってえらい目にあってな……なんじゃ、相槌くらいせんか」

「へ、へーそんなことがあったんだなー」


 いやいやいや完全にあの横穴のことじゃねーか!田中は頭を抱えて蹲りたくなるのを必死でこらえて言われた通りテキトーに相槌を打つ。正直これ以上聞きたくないのだが。


「まあ塞いだからわからんと思うが、絶対に探したりするなよ」

「探しません探しません!」


 食い気味に返事する田中の剣幕に、事情を知らない老店主は気圧されてしまう。気味悪そうに田中を見ながら老店主は店の一番奥、裏口のドアノブを回したのであった。




 三日月堂の裏は地肌が丸出しの小さな庭であった。丈の長い草は刈っているが、短い草は好き放題に生えている。あとは魔術道具の作製時に出たごみを詰め込んだと思しき樽が二つほどあるだけで殺風景なものである。


 老店主は脇に置いてあった固定に使う工具を掴むと、裏庭の真ん中あたりまで剣と一緒に持って行く。その場に工具を置き、柄を二つの口金で噛ませると、取っ手を回して剣先が空を向くように固定した。これでちょっとやそっとの衝撃では倒れないだろう。


 問題は今から何をしようとするのかさっぱりわからないことである。ハンマーか何かでぶっ叩くのだろうか。


「説明はする。じゃからもう少し待っとれ」


 老店主はそう言い残して店へと戻っていった。


 それから五分もかからないうちに老店主が戻ってきた。左手には魔術の発動媒体であるルーンが刻まれた杖が握られている。


 とてつもなく嫌な予感がする。


「今からあの剣に向けて魔術をぶち込む。まあ市内で攻勢魔術はご法度じゃがこれくらいいええじゃろ」


 田中は自分の耳を疑った。攻勢魔術をぶっ放す?とうとう耄碌したのかこのじじいは⁉


 田中が止める間もなく老店主は魔術を唱え始める。


「火よ、我が意に応えて顕現せよ――」


 杖の先端に赤茄子くらいの大きさの小さな火の玉が生まれた。驚くべきことに火の玉は生まれた場所で静止している。普通は発動と同時に目標目掛けて飛んでいくものなのだが、この老店主は空間に働きかけて魔術をその場に固定しているのだ。


「まあとりあえずテキトーに火球の魔術を用意するじゃろ」


 夕飯にパンを用意するくらいの軽い口調で言うが、その時点で田中はもちろん普通の魔術師には無理である。


「最大限まで火力を上げるのじゃ」


 老店主が空いている手を回すと、その動きと連動して火球の大きさがどんどん大きくなっていく。最終的に子供の身長くらいの直径へと変わった。


「ちょっ、いや、待て待て待て!それはやりすぎだろ!というか熱いって」


 葡萄酒を放り捨て、田中が慌てて制止しようとするが老店主はまるで聞く耳を持たない。しかも通りから火球が見えないようにしているので、術者と魔術との距離が近く、強引に止めようにも揺らめく陽炎のせいで近寄ることができない。


「GO!」


 老店主の火球が固定された剣めがけて放たれ――田中は目をしばたたかせた。加減を知れと言いたいぐらいの大きさだった火球が、一瞬のうちに消えてしまったからだ。あれほどの熱気を放っていたのにその名残すらない。田中は呆然として身じろぎもできずにいる。


「き、消えた?」


 その一言を口に出すのがやっとであった。


「いや、違うな」老店主が即座に否定する。そして何事もなく鎮座している剣を指差すと、


「こいつが魔術を食いよったわ」


 ようやく田中も気が付いた。黒く艶消しされた剣身に彫られたルーン文字が発光し、剣が光を纏っているかのようであった。


 理解が追い付かない。魔術を食ったとはいったいどういうことなのだ?


 老店主は工具の取っ手を回して口金を緩ませると剣を手に取った。そして田中に見えるように傷一つない刃を向けるとルーン文字を指差した。


「ルーン文字が今使われているものとは違う。もっと昔の字体と構成じゃな。初期の旧帝国かあるいは……旧世界か」


 たしかにルーン文字が普段使っているものとは違うことには気が付いていた。そりゃ魔法戦争時代の代物なのだから当たり前だろう、とも思っていた。しかしよくよく考えれば三日月堂のじじいにはダンジョンから拾ってきたとは言っていない。これが裏目に出なければいいのだが。


 老店主は田中に背を向けると今度は剣先を虚空に向けた。するとどうだろう、先ほど消えたはずの火球が空に向かって放たれ、一拍置いて熱気とともに四散した。


「な、厄介な代物だろ?」


 老店主は得意げな顔で同意を求めてくる。ルーン文字から輝きは失せ、もとの艶消しされた剣に戻っていた。理解の範疇を超えているので田中はうなずくしかなかった。


「ああ。久しぶりに神に祈ったよ。で、この奇術の種明かしはしてくれるのか?」


 老店主は眉間に深いしわを刻んで黙っている。考えをまとめているのだろうかそれとも話せない内容なのだろうか。


 田中は催促しない。剣を受け取り、鞘に納めた。


 そして、老店主は、ようやく口を開いた。


「お前さんが前に持っていた魔力を食う剣と原理的には一緒じゃ。あれは持ち主から直接吸い取るがこいつは非接触で魔術を吸い取る分、より高度な魔術……いや、吸い取った魔術を任意にぶっ放せるんじゃからこれはもう魔法じゃな。魔法の仕組みなんぞとうてい理解できんわい。とにかくこいつの前では魔術だけでなく坊主どもの神聖魔術だろうが医術だろうが、魔力起因の術は全て無力化されるじゃろうな」


 老店主はそこでいったん区切り、


「なるほど、これは魔術師殺しじゃな」


 疲れた微笑を浮かべた。心のうちに溜まった澱みを吐き出すかのようだった。


 田中は何も言わない。


 考えようによっては相当なお宝なのだが、魔術師組合に真正面から喧嘩を売るような代物に加えて、いかんせんややこしい事情と何よりポケットに突っ込んだ認識票のことがある。


「どうする?言い値とまではいかんがそれなりの金額で買い取ってやろうか?」


 たっぷり十数秒考え込んだあと田中は首を横に振る。


「――遠慮する。今武器がないから当分はコイツを使うさ。手に余るようだったら……そうだな、優先的にあんたに売ってやるよ」


 老店主は笑った。


「そうかそうか。今のうちに現金をかき集めなならんな。おめでとう、と手放しに喜べるものじゃないが大事にするんじゃな」


 田中は何も言わない。


 ただポケット越しにそっと認識票に触れた。あの時あの場所へ置いていけばよかったのに。認識票に彫られていた言葉を反芻し、ステンレス鋼の固さと重みを指先で感じていた。


「元の世界に戻れること祈る――か」


 田中のつぶやきはエンディミオンを抜ける風と共に彼方へ流れていった。

おわり

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