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第二十一話 ダンジョンに巣食うもの(下) その四

「な、なんだ⁉何が起こっているんだ!」


 慌てふためくネクロマンサーに答えを示すことができる者など誰もいなかった。リビングデッドたちは元より話せないし、キャシーも状況が把握できなかった。


 とにかくその黒塗りの剣を抜くなりこの機械調な声がし始めたのだ。つまり、


「まだ任務とやらは成功はしてませんね」


 キャシーは挑発的に口の端を吊り上げた。それを見て露骨なまでにネクロマンサーの表情が不快に歪む。


 その時であった。


 柱の影から電光石火の勢いで近づく二人。術師が別のことに意識を取られているせいもあり、フレッシュゴーレムはその動きに反応することができなかった。


 田中とエーミルだ。抜身の得物が魔力の輝きを放つ。


「右っ!」

「左っ!」


 田中は大剣を掴むフレッシュゴーレムの右腕を根元から斬り飛ばし、エーミルはメイスでその左足を粉砕した。


「なんだ⁉何がどうなっている⁉」


 予想だにもしないことが続けざまに起こり、ネクロマンサーはあんぐりと口を開けて配下のリビングデッドに命令することすら忘れている。バランスを崩して倒れるフレッシュゴーレムの脇を駆け、二人はネクロマンサーへと向かう。リビングデッドがそれを阻止せんと剣を構えた。が、その行為が一番してはならないことであった。


「お前の相手は私でしょうがっ!」


 キャシーは腰から回転させて、風を切りながらリビングデッドの後頭部に拳を叩きこむ。


 パァン――と乾いた音とともに、リビングデッドの頭部が肉片へと化して飛散する。所詮はリビングデッドである。そのままキャシーを押さえているほうが勝機に繋がったかもしれないというのに。


 ネクロマンサーを庇うようにスケルトンが前に出るが、たかが死に戻りなど田中とエーミルの敵ではない。会敵と同時に袈裟懸けに斬り伏せられ、ご丁寧にも頭をメイスで潰された。


「嘘だろおい……」


 一瞬のことであった。時間にして十秒も経っていないのではないだろうか。すべての手勢を失い、ネクロマンサーに抵抗する力はもう残されていなかった。


 田中がネクロマンサーの喉元に剣先を突き付けるのと、ネクロマンサーが両手を上げて降参を示したのはほぼ同時であった。


「まだやるか?」


 静かな、しかし明確な殺気を孕んだ声。


「いや、大人しく降参する」


 対してネクロマンサーは、今にも突き殺されようとしているとは到底思えないおどけた表情を浮かべている。


「そうか降参なんて認めないけどな。誰の差し金だ?」

「おいおい認めないとかアリかよ……悪趣味なのはそのマスクだけにしろよ、鳥頭。いつからここに隠れていたんだ?」

「聞いているのはこちらだ。お前に質問する権利なんてない。ゾンビの材料にされたいのか?」


 剣先が若干食い込み、ネクロマンサーの喉から僅かに血が流れた。


「痛い痛い。暴力反対!法と秩序による寛大な処遇を所望する!」

「どの口が言ってんだよ、このテロリストめ。ああはなりたくはないだろ?」


 ネクロマンサーから視線を外さず田中が指さした。そこにはフレッシュゴーレムの脇に立つキャシーの姿があった。リビングデッドの頭を粉砕したせいで右の拳はどす黒い赤に染まっている。もがくフレッシュゴーレムの頭をキャシーが一思いに踏み抜いた。爆ぜた頭部があたりに散らばり、フレッシュゴーレムはその体の端から塵芥へと還っていく。


 しかしネクロマンサーは何も言わない。口をつぐんで視線をそらしている。


「よほど言えないような相手らしいな」


 田中は嘆息を漏らし、さてどうしようかと思う。


 この手の輩はどれだけ脅しても口を割らないだろう。忠誠心が別段強いわけではないのに妙な口の堅さがある。それこそ三日三晩拷問にでもかけない限り。


 ほんとうに面倒な相手だ。


 頬についた返り血をぬぐいながらキャシーが近寄ってきた。


「ご主人にエーミルさん、どうしてここにいるんです?」


 エーミルは表情を曇らせ、田中のわき腹を小突いた。剣先が跳ね上がりネクロマンサーの顎を掠めた。ひっ……と悲鳴を漏らし、初めてネクロマンサーの顔色が変わった。しかし、あいにく田中はその瞬間を見ていなかった。


「ここまでたどり着くのにどれだけ苦労したか、思い出したくもありません。それもこれも後先考えずにダンジョンを破壊した異教徒が悪いのですわ」


 エーミルの機嫌があからさまに悪いのだ。


「あのなあ、事故だって言ってるだろ。済んだことをいつまでもぐちぐち言うなって。神殿騎士がそんなねちっこくてどうする」

「あら、異教徒の分際で私を侮辱するんですの?」

「別にそんなつもりはねえよ」

「あのぅ……二人とも私の質問に答える気はあるんですか?」


 キャシーをさておいていがみ合う二人。結局どうして自分たちよりも先に来て、しかも柱の陰に隠れていたか説明がまるっきりない。おおかたステージ上で突き刺さっている剣を見た時にネクロマンサーの目的に気が付いたのかもしれないが……。今の二人から詳しく話を聞こうとするのは無駄な労力としか思えなかった。


「それにしてもこの不快な音はいつになったら鳴りやむんですの?何を言っているのかもさっぱりですわ」


 眉間にしわを寄せたまま今度は鳴りやまない警報に噛みつき始めた。そういえばそうだな、と田中の視線が上を向いた。リビングデッドを斬り伏せている間もこの警報は鳴り続け、流れている内容は同じで止まる気配もまるでない。


「えーっと……警告、なんかの恐れありって言ってるけど……単語がわからん」

「え?意味が分かるんですか?」


 まさかこの未知の言語を田中が理解できるとは思っていなかったらしくエーミルが驚きに目を丸くした。そして田中も同じくエーミルには、いやこの世界の人には英語が理解できないということに気が付いた。文明退化というものは言語すら風化させてしまうというのか。田中は言えも知れぬ怖さに背筋を震わした。


 そこにほんの一瞬だが隙が生まれた。ネクロマンサーは手のひらに魔力を込め、剣先を払いのけると空きっぱなしの扉めがけて一目散に駆けだした。


「あ、おい!待て!」


 待てと言われて本当に待つ人がいるわけなく。あっという間にネクロマンサーの背中は暗闇の向こうへと消えていった。なんという逃げ足の速さか。


 唖然とする田中の肩をキャシーが叩いてニヤリと笑う。


「ご主人やらかしましたね」

「どうしてそんなに嬉しそうなんだよ?」


 ムッとした口調で訊く田中に対し、


「いえいえ、ご主人の気のせいですよ」とキャシーがあからさまにとぼける。


 エーミルが小首をかしげる。


「今度こそ手持ちのリビングデッドを全て失ったのですから、もう放置しても良いのでは?」


 田中はため息をつくと、


「それもそうだけど、帰り道を知ってるのはあいつだけなんだよな……」


 あ、とキャシーとエーミルが思い出したように声を上げた。どうやらそもそも脱出路がわからなくなったから脱出するまで手を組んでいたというのに。まあこちらが一方的に破棄した形になるのだが。


「どうやって脱出するかはまた後で考えるとして――しかし、ダンジョンの最奥って言う割にはあの剣以外に何もないなあ。もっとお宝があるもんかと思っていたのに。荒らされた後ってわけでもなさそうだし、もともと何もなかったんじゃないかってくらいだ」

「ネクロマンサーは、ここは墓だと言っていましたよ」

「ふーん、墓か……」


 田中は剣のない台座を黙って眺めている。ペストマスクのせいで表情は伺えないが、思うところがあるのだろう。

つづく

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