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第二十一話 ダンジョンに巣食うもの(下) その二

 ネクロマンサーの言う通り、遺跡はもぬけの殻であった。手前ある建屋はリビングメイルの格納庫のようだが一体もおらず、ただただ静寂が支配していた。キャシーたちの迎撃に全機出払っているらしく、おかげで遺跡の防衛機能は完全に沈黙していた。


 建屋の周囲にはすでに死んでいるリビングメイルの残骸が重なり合って倒れている。さっきの戦闘で斃されたものではない。錆びついたその鎧はずっとずっと昔に破壊されたものだと窺える。


 遺跡へ近づくにつれてネクロマンサーの魔術の明かりでも遺跡の全貌を見ることができた。


 正面に人が通れるサイズの扉がある。どうやらこの扉以外に、他に中へ入れるところはなさそうだ。一階部分に窓はなく、遺跡の上層階にちらほらとガラスが割れた窓があるのが見える。


 遺跡の扉にネクロマンサーが手をかけた。さぞ大層なロックがされているのかと思いきや、取っ手を回すだけで楽々と扉が開いた。拍子抜けである。


 まずは扉の隙間から明かりがふわふわと入り込んでいった。その次に恐る恐るとネクロマンサーが覗き込む。狭く、何もない無機質な通路が奥へと伸びていた。長く放置されていたせいで痛んでいる箇所がところどころあり、壁も一部崩れている。


 そこを進んでいくと今度は広い空間に出た。しかし文字通りただの空間でこれといって特別な代物が落ちている様子などはない。ただコンクリート製の地面と高い天井、そして用途の分からない錆びついた金属の塊がいくつか鎮座しているだけで何もない。


 広場の奥の方にまた扉が見えた。ネクロマンサーはどうやらそこに向かうらしい。足先は迷うことなく扉へと向けられている。


 キャシーはあちらこちらと落ち着きなさそうに周囲を見ながら独り言ちる。


「ダンジョンの遺跡……にしては殺風景ですね。静かというよりも死んでる?みたいな」


 ネクロマンサーは愉快そうに目を細めた。


「死んでいる……か。おもしろい。たしかにそうだな。その表現は正しい。嬢ちゃんの感性はアンデッドにしておくにはもったいないな。そもそもの話だがダンジョンはもともと昔の、旧帝国よりもずっと昔にあった国の軍事拠点だ。いわゆる魔法でドンパチやってた頃の世界だな。んで、そいつが滅んだからここには誰もいないし、防衛機能しか残っていない」


 心なしか楽しそうにネクロマンサーは話をする。コツコツと床を叩く靴音が反響している。


「その防衛機能がリビングメイルやグールどもだ。あいつらは作り手が滅んでしまったというのに、哀れにもずっと守り続けている」


 滑稽だよな、とネクロマンサーは含み笑いをする。


 キャシーは笑わない。笑えない。なぜなら自分がどれほどそのリビングメイルやグールに近い存在なのかを知っているから。


 所詮紙一重なのだ。自分とあいつらの違いなんて。


「それにしてもどうしてエンディミオンの下にこんな大きな施設があるんでしょうね」

「さあな、エンディミオンはあれだけ魔力や魔術を毛嫌いしていた旧帝国の帝都だったからなあ。ま、大方、上に遺跡よりもでかい街を建てるという行為が過去の否定や征服という考えに繋がっているのかもしれないな。さてこの扉だな」


 二人の前にあるのは成人男性を二人縦に並べたくらいの高さがある両開きの扉だ。よく見ると床には何かを引きずったような跡がある。おもむろにネクロマンサーは取っ手に手をかけた。が、握るや否や首をかしげるとすぐに手を放した。


「しかし一つだけ間違いがある。さっきも言ったが冒険者がアタックを掛けるダンジョンというのは軍事拠点だ」


 ネクロマンサーはもう一度扉に触れると今度は小声で魔術を唱えた。ほどなくして扉の向こう側から金属同士がこすれ合う音が聞こえてきた。もはや指先すら触れずともひとりでに扉が開いていく。


 ふと、脳裏に引っかかるものを感じた。違和感なんて大層なものではないが何か腑に落ちないことがある。


 いつから閉じられていたのだろう、悠久の時を感じる古い匂いが風の流れに乗って漂ってきた。


 ネクロマンサーは言い切る。


「だけど、ここは軍事拠点なんて大層なものではない。ここは――墓だ」


 閂が落ちる音の後に、軋みながらもようやく扉が完全に開き切った。魔術の光を先行させることもなく、何が待ち受けているのかもわからないというのに構うことなくネクロマンサーは進んでいく。


 そこはおおよそ20メートル四方ほどある不思議な部屋であった。今までとは違い無数に立ち並ぶ柱や外壁には痛んでいる箇所はない。また部屋の隅から淡い光が漏れており、そのおかげでネクロマンサーが魔術の光を消しても十分明るい。ただその光がこの部屋に漂う物寂しい雰囲気をより強いものに演出させている。


 まっさきにキャシーの目に入ったのは墓標だ。部屋の中心にある円形のステージの上に真っすぐ立っている。ステージを挟んで正反対のところに出口があり、こちらも入口と同様に閂で閉ざされている。


 いや――よく見れば墓標ではない。ネクロマンサーが墓などというから見間違えてしまった。ステージのど真ん中には、剣がまるで墓標のように突き立てられていた。施設自体古いものだというのに剣の刃には錆一つ浮かんでいない。まともな代物ではないのは明白だ。柄にはチエインメイルよりも輪の小さいチェーンに、小さな金属の板がついたネックレスが掛けられている。目を凝らすと板には何か書かれているのがわかる。しかし剣と違って汚れや傷のせいでここからでは読めない。認識票あるいはドッグタグというものをキャシーは知らなかった。


 キャシーは好奇心に突き動かされるように剣へと近寄っていく。


 ネクロマンサーはキャシーのことを横目で見つつ決して止めようとはしない。


 ステージへ上がるとキャシーは剣の柄へと手を伸ばし――いきなり紫電が走り、その手を焼いた。深々と抉れた手を人ごとのように眺めながらキャシーの脚は剣から遠ざかっていく。そのままステージを降り、入れ替わるようにネクロマンサーがステージへと上がった。


「危ないですよその剣。私じゃなかったら再起不能になってます」


 そう言うキャシーの手の傷はもう治りつつあった。術者の田中が傍にいないというのに驚くべきアンデッドの回復力である。


「そら素手で触るやつがあるかよ。まだブービートラップを解除してねえんだから」


 呆れかえったようなたしなめるような、とにかくそんな言い方だ。


 さらに嘆息されながら言われたのであっては、ちょっとだけ癇に障る。


「ここは一体何なんです?さっき墓だと言いましたが。それにあの剣はいったい……?」

「だから墓だって。それも今よりずっとずっと昔、本物の魔法使いたちを殺しまわったとある兵士の墓だ」


 あと三歩ほど進めば剣に届くというところでネクロマンサーの歩みが不意に止まった。そして大きなため息を一つ。


 キャシーが背中にバルディッシュを突き付けたからだ。ネクロマンサーは振り返りもせず、動揺する素振りもなく、ただ黙ってキャシーの言葉を待っている。


「おかしいとは思っていました」


 いつの間にかキャシーの表情は警戒感一色に染まっていた。有害と判断したならばこのまま一思いに貫いてしまうかもしれない。


「この建物に入った時から、まるで初めからここのことを知っていたかのような、聞かされていたかのようなその態度。あなたはここまで来て、いったい何を企んでいるんですか?」


 悪人らしく開き直ってくれたほうが、むしろ後腐れなく始末することができたかもしれない。目的はなんでもいい。この剣を使って役所を襲撃するとか徴税官をなます切りにするとか。とにかく、そういう明確な目的が見えないのがこの男の薄気味悪いところだ。

つづく

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