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第四話 魔術師と欲望 その一

 その日、自由都市エンディミオンの中央道はお祭り騒ぎになっていた。


 都市中から集まった人が通りを左右に挟んでやいのやいの騒いでいる。人が集まればもちろん出店や物売りが集まるがゆえに、ますます賑やかになっていく。


「あの賑わいはいったい何でしょうか?」


 人であふれかえる中央道から少し離れたところで、その喧騒を男女の二人組が眺めていた。一人は顔に大きな縫合痕があり血色のあまりよくない少女。もう一人はペストマスクをつけた見るからに怪しい中肉中背。キャシーと田中である。もちろんこんな都市のど真ん中であるから大剣や小銃などといった悪目立ちするものは持っておらず、かわりに細長いパンや葉物が入った買い物袋を持っている。


「あぁ、あれか。勇者パーティが遠征から帰ってくるらしいから、それを出迎えようって人たちだな。あとはなにかしらおこぼれとか期待してるやつらだ」


 勇者とは冒険者の最上級職であり、都市公認の冒険者のことである。あくまで都市の参事会が認めたすごい冒険者ということを表すだけで、別に魔王を倒してはいないし勝手に民家に押し入りタンスや壺を漁っていいというわけではない。そんなことをすれば無論、勇者といえども都市警にしょっ引かれてしまう。しかし、市民からの人気は高いのは疑いようもなく、やはり特別扱いをされている。皆勇者という響きにあこがれを抱くのだ。


 そんな勇者パーティが今まさにエンディミオン中央道にて遠征の凱旋パレードをしている。


 先導兵、旗手を先頭に戦力の中核となる勇者や戦士たちが歩き、少し遅れて傭兵やら他の戦闘員、そのあとに非戦闘系である工兵酒保商人研ぎ師武器屋仕立て屋傘貸乞食エトセトラエトセトラ……勇者パーティというよりは勇者様ご一行とでもいうべきか。戦闘員の三倍から四倍ほどの非戦闘員がぞろぞろと歩いている。


 沿道の声もワーキャーかっこいい!素敵!だとかが聞こえてくる中、よくよく聞いてみれば金返せ!つけ払え!今ならビール三百エン、だとか無茶苦茶な内容になっている。


 キャシーが何やら眉間にしわを寄せて渋い表情をしている。勇者パーティを指差し、田中のほうを見て、


「ご主人、なにやら本職の人達に比べて非戦闘員が圧倒的に多い気がしますが」

「そりゃそうだろ。遠征って言っても人が生活するんだから飯とか武器の整備とかごみの片づけとかあるだろ。だから傭兵団然りああいう輜重隊なしで戦闘要員だけで旅なんかできんよ」

「へー、ご主人は物知りなんですね」


 物知りというよりは経験談だよ、と田中は心の中で付け加えた。


 田中の言葉に納得したのかキャシーの視線がまた勇者パーティへと移る。ちょうど勇者が見物人に向けて手を振ったらしく沿道から歓声が沸き上がる。勇者が手を振ったことか、あるいはその後方の荷車に乗せられた戦利品と思わしき荷物が目に入ったからかは不明である。


「それにしてもさすが都市公認ごろつきと言いますか、いかにも手練れ然とした冒険者たちですね。ご主人が束になっても勝てそうにないですね!」


 キャシーは勇者の中核パーティをキャッキャッとはしゃいで指を差す。わざわざ言わなくていいことを付け加えたのはわざとだろうか。目を輝かせて勇者様ご一行を見ているキャシーとは対照的に、田中はペストマスクの上からでもわかるくらいあからさまに興味なさげである。


「まぁ他の冒険者がどうかは知らんが、あの勇者はたしかに強いな。てかあれは人外だ。絶対強くてニューゲームしてるよあいつ」

「んん?ご主人は勇者さんと面識がお有りなのですか?」

「多少は、ね」

「そんな怪しいマスクしているから捨てられてしまったのですね……大丈夫です、ご主人にはこの忠実なる従者兼最愛のアンデッドがいますからお気になさらず!」

「違うわいっ!たしかに短い期間だったが……あといい加減なこと言うな」


 けらけらと笑うキャシーを横目に、田中は肩をすくめた。


「あの手のやつらとはあまり関わり合いにならないほうがいいぞ。遠巻きに見てるのが一番いい」

「なぜです?」

「そうだなぁ……たとえばあいつ。あの筋骨隆々とした車力が押してる荷車が見えるか?」


 と言って田中が指さしたのは勇者パーティの列の真ん中を進む荷車。その上に立って沿道の市民に見境なしに手を振っている若い男がいた。フード付きのローブを身に纏い、オーク材でできた杖を持ったその姿はまさに“本物”の魔術師である。


 キャシーは目を細め、ほうっ、と唸った。


「遠くてはっきりとは見えませんがなかなかのイケメンですな。ちょっと顔が平たい感じはしますが」

「あいつは俺と同じだわ。たぶん俺と同じ世界から迷い込んできた異邦人だね。力があるやつの周りにはどうしてもああいうやばい奴らが集まってくるんだ……いや。違うな。集めてしまうんだ。それが意識してようがしてまいが関係なく」


 田中は自分で話していて気が付いているのだろうか。付き合いが短かったとはいえ、そのやばい奴らの中に自分が含まれていたことを。


 田中はなおも話を続ける。


「顔の造りとかが少し周りと違うだろ。肌の色は南方と西方を足して二で割った感じだし」

「言われてみればたしかに。ですが、ご主人と同郷かというと……常時仮面なので肌の色や顔などについてはわからないです。この際取りますか?その仮面を」

「だからこのペストマスクは魔術師として必須なの。魔術師とは本来こうあるべきものなの。修行中に呼んでた本にも書いてあったしな」


 もしかしてご主人は本の内容をそのまま鵜呑みにしちゃうタイプなんですか?とは決して口には出すまい。このご主人のことだからムスッとしてしゃべらなくなってしまうだろう。せっかくのお出かけなのにそうなっては目も当てられない。


 だからもう一つ思ったこともキャシーは黙っておくことにした。彼――自分のご主人は魔術師故に胡乱な仮面をつけていると言うが果たして本当なのだろうか。キャシーには、どうにもそうではなく、自分の出自や他者との人種的な違いを隠そうと、必死にこの世界になじもうとしてかぶっているのではいかと思えてならなかった。でも、仮面のせいで浮きまくっているのは公然の秘密である。


 キャシーは勇者のパレードに視線を戻した。ふいに視線を感じた。


「――え?」


 キャシーは目を丸くした。


 今、荷車に立っていた魔術師と視線が合わなかったか?


「どうかしたか?」


 キャシーの様子に気が付いた田中が声をかけた。


「いえ、なにも」


 平静は装えていたとは思う。


 パレードを見ている側ならまだしも、群衆溢れかえるパレードの中からまさかこんなにも離れた自分をみていたなんてありえないだろう。


「キャシー、いつまで見てるつもりだ。早く行くぞ」

「はい、すぐ行きます」


 きっと気のせいだ。


 そう結論付けてキャシーはきびすを返した。




つづく

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