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第十九話 エンディミオン騒乱 その六

 さすがは辺境最強というべきか。感心している場合ではない。マリオンの取るべき手段はもう一つしか残されていなかった。


「こりゃダメじゃ。すまんが私は降りるぞ。これ以上は付き合ってられん!」


 都市迷彩柄のマントを翻してマリオンは一目散に駆けだした。三十六計逃げるに如かず、本気のダッシュだった。


「あ、ちょっとマリィさん!マリィさああああああん!」


 キャシーは彼女へ向けて手を伸ばすが、その背中はみるみるうちに遠ざかっていく。信じられないといった表情でキャシーはしばらくその場に突っ立っていた。この状況をどうすればいいのかまるでわからない。すぐ横には氷塊から脱出せんとする辺境最強。後ろは大乱闘を繰り広げる冒険者や屑拾いたち。


「神官長殿!偶然このようなものが!用意したわけではなく偶然!」

「おおっ、まさしくこれは神のご加護!一番人が密集しているところで使いなさい」


 どこかから聞こえてきた子芝居の後、ひと際大きな爆発音が響き、悲鳴がこだました。遅れてやって来た爆風がキャシーの髪を揺らした。爆風が収まるころには爆発に巻き込まれたのであろう冒険者や神殿騎士が何人も突っ伏していた。


 キャシーはしばし無言で突っ立っていた。そして土埃で汚れ、しかも取っ手が千切れかかった買い物袋に目を落とす。猫の刺繍が今にも泣きそうに助けを乞うているように見えた。お気に入りだったのに……。


 はたと気づく。夕飯の買い物をしたから福引ができたわけで、その帰りにエーミルたちに絡まれたわけで、買い物袋の中にはカレーの食材がはいっているわけで。つまり、買い物袋がここまでボロボロになっているのだから――


 買い物袋の中を覗くなりキャシーの表情が強張った。


 はあああああ……と深い、本当に深いため息をついた。


 なーんか全部がどうでもよくなってきた。


 がさりとキャシーの背後で物音がした。


「ここで会ったが三年目!とうとう教会から依頼がくるようになったこの未来の勇者、ルーカス・バン・ビッテンフェルトが全てを終わらせてくれようぞげぼばあ!」


 ノーモーションで放った裏拳が、背後から忍び寄ってきた冒険者を一撃で昏倒させた。どこかで聞いたことがある名乗りを上げていたような……細かいことは気にしないでおこう。


 全く、今日はなんて日だ。


 ご主人のためとはいえ福引の特賞を当てたせいで教会から絡まれるし、お気に入りの買い物袋はこんなんになるし、食材はぐちゃぐちゃになっているし。


 それもこれも今ここにいるすべての阿呆どもが悪い。神殿騎士、屑拾い、冒険者問わず全ての輩のせいだ。キャシーの目がすぅーっと細くなり、その分鋭さを増す。全身から殺気がぶわっと噴き出した。抑えきれないこのどす黒い感情を思う存分ぶつける相手はどこだ。


 ゆっくりと、時間をかけてキャシーは振り返った。


 ――いた。




「三位一体の神と労働の対価に掛けて……」


 こちらに向かって、びっこを引いて歩いてくる神殿騎士が見えた。サーコートやマントがところどころ破けグレートヘルムも被ってはいないが、金髪碧眼で融通の利かなさそうな顔をしたあの神殿騎士は紛れもなくエーミルである。まだ立ち上がってくるとは大した信仰心である。


 キャシーは買い物袋をそっと足元に置いた。不朽体などもうどうでもいい。


 代わりに伸びているルーカス……いや、冒険者の腰からメイスをむしり取った。エーミルは意外そうな顔をするがすぐに猛々しい戦士の顔つきに戻る。背負った盾を左手に通し、ベルトからメイスを引き抜いた。


 二人は踏み込めば各々の武器が届く距離まで近づいた。喧騒が遠くへ去っていく。


「あらら。買い物袋を守らなくて良いのですか?」


 先に口を開いたのはエーミルだ。同時に挑発的な視線を投げかける。


「私、思いました。ここにいる輩を全員黙らせたら、わざわざ逃げ回る必要なんてありませんよね?」


 小首をかしげるキャシーの顔は笑っているのに目が笑っていない。その双眸に射抜かれてエーミルは気取られないよう小さく身震いをした。


「随分と乱暴ですこと」

「さきに仕掛けたのは教会側ですよ」


 しばしの無音。


 次いで両者のメイスが激突した。けたたましい金属音が響き、激しい火花が散る。


 単純な力の差ではアンデッドのキャシーの方が上回っている。エーミルは神殿騎士として磨いたメイス捌きで辛うじて衝撃を受け流す。数度メイス同士の殴り合いを繰り返し――不意にキャシーがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。エーミルはハッと息を呑む。キャシーはメイスを振り上げ踊りかかった。


 次に受けた打撃は今までとは比較にならないほど重いものだった。


「くっ、手加減していましたわね!」


 あまりにもの威力に腕がびりびりと痺れメイスを放してしまった。それを好機と見たか、キャシーが畳みかけるようにメイスを振るう。その衝撃は凄まじく両手で盾を構えるエーミルは打撃を受けるたび、ざりざりと下がっていく。


「守っているだけでは勝てませんよ、エーミルさん」


 とっさにエーミルは盾をキャシー向けて投げつけた。一瞬だが視界が奪われ、エーミルの姿を見失ってしまった。


 ――目くらまし。


 エーミルはブーツから鍔のないナイフを抜いて一閃。キャシーの腱が斬られ、メイスが手から零れ落ちた。アンデッド相手だからと言って躊躇いなく刃物で切り付けるのは如何なものかと思うけれども。


 エーミルはメイスを思いっきり蹴飛ばし、ナイフも捨てて超至近距離に持ち込もうとする。つまりサブミッション。


 先ほどと同じく腕を極めようとエーミルは狙うが、キャシー相手にそうそう同じ手が通用するわけがない。すでに腱がつながったキャシーはエーミルの袖口を掴み、逆に足払いをして転倒させた。


「ぎゃふんっ!」


 背中から地面に叩きつけられ肺から息が抜けた。


 次にエーミルが見たのはマウントを取り、こちらを見下ろしているキャシーの顔。


「さすがはエーミルさん。やっぱり戦闘能力は溝さらいなんかと比べ物になりませんね」


 キャシーは頭上高く拳を振り上げ、


 微笑んだ。


「ですが所詮人の身の分際で、本気で私に勝てると思いました?身の程を知りなさい」


 それも凶暴に。


 そんな風に微笑まれたら、たとえどんな者であれ身がすくむ――キャシーの凄味にエーミルは息を呑んだ。


 そして拳を、エーミル目掛けて振り下ろす。


 そのときだ、


「あーお楽しみ中のところ悪いが、お前らここがどこだかわかってんのか?」


 いきなり聞き覚えのない男の声がした。呆れ返ったような怒っているようなそんな感情が混じった声だ。キャシーもエーミルも動きを止めて声がした方へと顔を向ける。ゴツイ鎧を身に纏い、さす又を肩に担いでいる男だ。うん、知らない顔だ。


 しかも彼だけじゃない。周囲を見渡せば同じデザインの鎧を着た男たちが大騒動をぐるっと囲んでいた。ざっと百人ばかし。


 胸に輝くは役所十字。


 そう――自由都市エンディミオン治安維持局治安維持課警吏部隊。都市警である。しかもこの人数、エンディミオンにいるほぼすべての巡察官が動員されていると言っても過言でない。そしてどうやら目の前で仁王立ちしているのは都市警の隊長さんのようである。


 キャシーとエーミルの口元が引きつった。


 ひじょーに嫌な予感がする。いや、予感なんてものじゃない。これはほぼほぼ確信だ。


「これには深い事情がありまして……ね、エーミルさん」

「そそそそうですわ。ほら、一種のリクリエーションみたいなものですわ。教会と屑拾いとか冒険者とかとの親交を深めると言いますか。信仰だけに」


 先程までガチの勝負をしていたくせに、キャシーとエーミルは全方位に愛想のいい笑顔を振りまきながら自然な仕草で居住まいを正す。


 もちろん――そんな言い訳が都市警に通用するわけもなく。


 二人のみならず、その場にいるこの騒動に加わった者は皆バツが悪そうに視線を逸らす。


 ――静寂。


 都市警隊長は大仰にため息をつくと、


「全員確保だ。留置所でちょっとは頭を冷やせ」


 その言葉を合図に、エンディミオンで繰り広げられた大騒動はあっさりと終息を迎えたのであった。

おわり

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