第十九話 エンディミオン騒乱 その四
そんな乱戦の中でジャンやスミスを見失ってしまった。どこかで神殿騎士と殴り合っているのかそれともすでに伸びてしまっているか、キャシーに確認するすべはない。
「パン屋だー!パン屋が乱入してきた助けてくれー!」「倍率1.5倍でやや教会側が有利だぞー!」「カレーはいらんか?肉入りは1250エン!」「だから暴利はやめろっつてんだろ!神よ、あやつに罰を!」
明らかに増えつつあるやじ馬どもの声にため息をつかずにはいられない。
まあなんだ、つまりみんな暴れる口実が欲しいだけなのだな――とキャシーは悟った。
「いや、そんなことに私を巻き込まないでください!」
叫び、キャシーは乱戦の中、買い物袋を抱えて走る。目ざとくそれに気が付いた神殿騎士が立ちはだかり止めようとするが、キャシーのハイキックが彼のどたまを蹴り飛ばした。脱げたグレートヘルムが空を舞い、目を回す神殿騎士の後ろから今度は冒険者が抜身の剣を携えて迫ってくる。
「凶器はあかん!」
キャシーは指二本で刃を受け止めると、無防備な腹目掛けて突き刺すような蹴りを入れた。
悶絶する冒険者を尻目に、キャシーはこの混沌とした通りから脱出を図ろうと周囲に視線を走らせる。
メインストリートは敵味方が入り乱れているし、目立ちすぎてダメだ。ここは遠回りになるけれど路地で追っ手を撒きつつ家へと向かうしか……。
キャシーはとっさに横へ跳んで、掴みかからんとしていた別の神殿騎士の手をぎりぎりのところで避けた。避けたのち、つま先で足元にあった礫を蹴り上げて掴むと思いっきりぶん投げる。当たれば死ぬと言わんばかりの勢いで投げられた礫だったが、神殿騎士は頭を傾けるだけでそれをかわした。
買い物袋を背に隠しつつ、キャシーはマントをはためかせる神殿騎士と相対する。
他の神殿騎士と違ってグレートヘルムの頭頂部に翼に似た兜飾りが付いている。兜飾りもそうだし、先ほどの礫を最小限の動作でかわしたことから、そこらの有象無象と違い責任ある立場に違いない。神殿騎士は決して武器は抜かず、さりとてじわりじわりとにじり寄ってくる。
「ああもぅ!めんどくさい!自分たちで買い物しまくって福引で当てりゃあよかったんでしょうが!今の時代、法令遵守くらい童ですらわかりますよ!」
「任務がゆえに、御免」と神殿騎士は短く言う。
――ああ、我慢の限界だ。
キャシーがこめかみに青筋をたててこの場にいるすべての人をにらみつけた。
任務……ときたか。そっちがその気ならこちらにも考えがある。
纏う雰囲気と眼光は戦場に立つ戦士のそれ。新兵ならば一目散に逃げだすほどの迫力である。キャシーは足元に転がっているグレートヘルムを見せつけるかのように易々と踏み潰した。そしてビシっと神殿騎士を指差して、言う。
「もうエンディミオンだとかご主人とか関係ありません。これ以上あたしに構うっていうなら、それ相当の怪我は覚悟してもらいますからね!」
神殿騎士は答えず、地面を蹴った。
キャシーはそれを真っ向から迎え撃とうと顎を引き、腰を落として――
「そうは問屋が許さないのじゃ!」
いきなり神殿騎士の足首から下が凍り付いた。
つんのめる神殿騎士の顔面に向けて、突如現れた屑拾いがカウンターになるような形でパンチした。その屑拾いの右拳は氷で覆われており、さながら氷のガントレットである。膝から崩れ落ちる神殿騎士の上に、殴打によって砕けた氷のガントレットの破片がきらきらと煌きながら溶けていく。
その屑拾いは先端がYの字に分かれたロッドメイスを握っていた。
ただの屑拾いではない。恰好こそは屑拾いだが、彼女は紛れもなく魔術師であり――
「我々魔術師組合は魔術的観点から、魔術道具の不法な独占と収奪を認めるわけにはいかん。というわけで助太刀するぞ」
改造グレートヘルムのバイザーを上げたのは少し冷たい印象がある切れ目の美人――マリオン・ジャックラインはキャシーに向けてウインクした。
「マリィさん!」
「マリィではない。何度言ったらわかる、マリオンだと言っておるじゃろ。他人の名前を勝手に縮めるでない」
眉間にしわを寄せたマリオンはおもむろにロッドメイスで地面を小突いた。
すると、キャシーめがけて走り寄ってきた神殿騎士の足元に薄い氷が出現したではないか。
もちろん急に現れた氷を避けられるわけがなく。神殿騎士はその氷に滑って転び、後頭部を強打した。ゴチンッ――と、明らかに痛そうな音がしてそれっきり動かなくなった。
なんというおそろしい魔術だ。
「まったく、組合から緊急招集がかかったかと思えば、なんじゃこのお祭り騒ぎは。話が違うぞ。ほれ、ここは私らがなんとかするからお主はさっさと逃げんか」と言って薄く笑う。
キャシーの表情がぱあっと明るくなる。
「マリィさん!ありがとうござ――」
「そうはいきませんよ」
――唐突に響く若い男の声がキャシーの言葉を遮った。
神殿騎士か冒険者組合の手の者か、どちらにせよまた邪魔者が現れたか。
振り返ったキャシーとマリオンの前に、一人の魔術師然とした異国の男が佇んでいた。
後ろになでつけた黒い髪に黒い瞳、衣服の隙間から見える肌の色もエンディミオン市民とは少し違っている。また顔が若干平たいが鼻筋が通り目元もはっきりとしており、町ですれ違えば思わず目で追いかける者が何人かはいるだろう。手にするオーク材でできた杖をステッキのように振りながら、真っすぐ一直線にキャシーとマリオンの元へと歩いてくる。
一目見ただけでわかる。この男の魔術師としての腕が非凡なものではないということが。魔術師ならなおのことだ。魔力がこの男中心に渦を巻くように流れていることが嫌でも感じ取れてしまう。常人の魔力保有量ではない。杖はゴテゴテと宝石が埋め込まれて非常にダサいけど。
マリオンがその魔術師を見てギリリと歯嚙みをした。
「なんでお主がこんな乱痴気騒ぎに混ざっておるのじゃ、イシイ!」
都市公認の冒険者である勇者、そのパーティの魔術師であるイシイは胡散臭い笑顔を顔に張り付けて、
「なぜって……それはもちろん決まっているじゃないか」
これ以上もなくキザったらしく指を鳴らすとキャシーを指差し、
「我が愛しのマイハニーに会うためさっ!」
――エンディミオン某所にて。
そこには二人の冒険者がいた。片方は戦士然とした軽装の男、もう片方は従軍司祭の恰好をした女だ。軽装の男は憮然とした表情で眼下に広がる大騒動に、従軍司祭の女は無感情な瞳を今から食さんとするサンドウィッチに向けている。レタスに赤茄子にハム、なんと薄くスライスしたチーズも入っている。
軽装の男がため息をついた。
「今日は復活祭かなにかか?」
この男、ただの冒険者ではない。自由都市エンディミオンの参事会より任命されし勇者その人である。都市の中だということで、防具も最低限の物しか身に着けていない。ただ、腰に差している剣は――別である。
隣に立つ従軍司祭の女は勇者とサンドウィッチを交互に見比べ、大きく開けた口を閉じると肩をすくめた。
「いいえ、違います。鼠狩りの陽動にしては規模が大きくなっています。ですが、答えなくても分かっていますよね」
と答えてからサンドウィッチにかぶり付いた。熟れた赤茄子がパンの隙間から落ちる。
「ああわかってるよ。参事会と組合と教会の茶番劇ってのはな。あの子には悪いが――しかし、仕事中だってのにイシイを筆頭に他のメンツはどこかに消えるし、俺のパーティはどうしてこう自由人ばっかりなんだ?」
「それはあなたも含まれていますよ」
「うるせー。俺はいいんだよ」
勇者は仕事の跡をちらっと振り返る。勇者にもいろいろと利権はあるとはいえ「ああいう仕事」をさせられるのだけは嫌気がさす。「ああいう仕事」のどこが冒険者でどこが勇者というのか。
あ、と従軍司祭が声を漏らした。その視線は乱痴気騒ぎのど真ん中に向けられている。
「どうかしたのか?」
「いえ、その件のアホがおりましたので」
勇者は目を凝らして――表情が固まる。口元が引きつり、拳がわなわなと震えているのが自分でもわかる。
「あの野郎はあんなところで何をやっているんだ⁉」
その虚しい叫びに応える者は従軍司祭を含めて誰もおらず、風に乗って消えていった。
つづく




