第十九話 エンディミオン騒乱 その二
キャシーはエーミルに背を向けたまま深く、深くため息をついた。
「教会の言い分はわかりました。盗まれたのは本当に……残念なことでしたね」
「なら――」
「いやでもこれ、私が福引で当てたものなんで関係ないですよね?」
「へ?」
思わずエーミルの口から呆けた声が漏れた。
キャシーはゆっくりと振り返る。そこには笑顔。笑顔には違いないのだがとても笑っているようには見えない、張り付けたような作り物の笑顔であった。
「えー、だってー。私はこれが盗まれたものだなんて知りませんでしたしー。市だって福引の景品にするくらいですから、盗品だなんて知らなかったんだと思いますよ。市が知らないのに私がわかるわけないじゃないですか。つまり私がこのアイテムを教会に返す義務ってどこにもないですよね?」
「え、いや、えーっと……」
「ないですよね?」
「えーっと……」
「ね?」
「ぐぬぬ……」
エーミルは言葉に詰まる。たしかに盗んだ相手なら強制執行やむなしかもしれないが、ことキャシーに至っては状況が違う。キャシーが善意の第三者という立場を主張する限り、道理を捻じ曲げようとしているのは自分たち教会側なのである。正論の前には何も言い返せない。
さて、どうすればいい?
「ですが……キャシーさんだって苦労して見つけた戦利品が溝さらいにかすめ取られた上、市場へ流れたら取り返そうと思いますよね?」
感情論に訴えかければいい。
「たしかに……そう言われると……溝さらいを皆殺しにしてから取引相手のところまで乗り込んで話し合いしますね」
――それ、絶対に話し合いなんてものじゃないですわ。
エーミルはそう思うだけにとどめておき、決して口には出さない。今キャシーに機嫌を損ねられても困る。
「そうです、そうなのですわ。私たちも同じ気持ちなんですのよ」
キャシーは腕を組みしばし黙考する。
自分だったらどうするか、どうするべきなのか。
「うーん、そういう時は返してあげるのが人の道なのかも……」
「でしたら―――」
「でもそれとこれとは別ですよ」
エーミルは声も出なかった。グレートヘルムの下は他人には見せられないほど間抜けな顔をしていたに違いない。それこそ元とはいえ神殿騎士の名に傷がつくほどに。
キャシーは買い物袋から呪符に包まれた不朽体をひけらかすように取り出した。
呪符に包まれているからかはわからないが、キャシーに魔力が宿ったような感覚はない。本当に不朽体なのか怪しいが、もしかしたらアンデッドには効果がないのかもしれない。
「こんな貴重なものを無償で渡すだなんてエンディミオン市民として一番やってはいけないことですよ。もったいない。あ、買取なら応じますよ。教会の威信がかかってますからね!結構色付けてもらいますけど」
「……返してはくれないのですね?」
「はい、誰が教会なんかに渡すもんですか」
「仕方がありませんわ……」
心底嫌そうな口調であった。
エーミルはマントの内側に括り付けられている小銃を引き抜いた。銃身を切り詰めて、銃床も短くした特別製の小銃だ。その銃口を空高く向け、
「神の平和と神の休戦に掛けて――」
引き金を引いた。
青空の下に白い煙が一直線に上がっていく。
キャシーは逃げるタイミングを失ったのを本能的に悟った。そして今から何かとんでもないことが起こる、そんな予感が脳裏を駆けた。
唐突に周囲の家々の合間から人の気配が湧き出てくる。まるでその場に初めからいたように。
キャシーは恐る恐る振り返った。
皆一様に同じ格好をしている。バケツヘルメットなどと揶揄されるグレートヘルムを被り、チェインメイルの上にはサーコートとマント。胸に刻まれるは白地に黒十字の紋章。
「……神殿騎士団」
キャシーの声音は固かった。
戦士にして修道士。教会が誇る最強の武装集団。それが神殿騎士団である。
エーミルの合図とともに何人もの神殿騎士がキャシーを包囲するように展開する。エーミルのすぐ後ろにも神殿騎士が二人ほど立っている。武器は構えず、神殿騎士たちは統率の取れた動きでじわりじわりとキャシーに迫ってくる。
キャシーは苦虫を数匹まとめて噛みつぶしたような表情を浮かべた。そして、どうやらこのまま穏便には終わらないことを悟った。
「たくさんお友達を連れてきてますけど……ここは都市ですよ。まさかドンパチしようなんて考えてはないですよね?」
「もちろん平和的に解決するつもりですわ。武器だけは使わずにね」
「いやそれ平和的じゃないですよね?絶対暴力使いますよね⁉」
「武器は使わないって言ってますでしょ?」
キャシーは不服そうに頬を膨らませた。
「できれば拳もやめていただきたいです」
「それはちょっと……」
「というかだいたいどうしてエーミルさんが教会の手先になって強盗なんてするんですか?」
強盗とは人聞きが悪い!と神殿騎士の一人が反射的に声を上げるがキャシーが視線を向けるとそれ以上は押し黙ってしまう。
エーミルは肩をすくめると、
「元はついても神殿騎士。教会とは切っても切れませんわ。あと強盗じゃなく救済と言ってくださいまし」
「ふーん、なら仕方がないわね」
神殿騎士の一人がキャシーの肩に手を伸ばし――
「んなわけあっかあああ!私が当てたんだから私のもんに決まってんだろおおおがあああ!」
振り返りざまに腰の入った右ストレートが神殿騎士の顔面に突き刺さる。およそ打撃音とは思えないほど鈍い音が響いた。
神殿騎士はそのまま後ろに倒れたっきり、ぴくりとも動かない。グレートヘルムが拳の形に大きく凹んでいる。
百戦錬磨の神殿騎士とはいえさすがに容赦のない先制奇襲攻撃にたじろいでしまう。
キャシーは両腕を組んで仁王立ちをしたまま片目で神殿騎士たちをにらみつける。ミディアムショートの金髪が風もないのに揺らめいた。
「これは誰にも渡しません。私の誇りと欲望に掛けて必ずご主人にプレゼントします。それを邪魔するならたとえエーミルさんだろうが神殿騎士団だろうがドラゴンだろうが全てを粉砕するまでです!」
人の力を遥かに超えるアンデッドが今まさに神殿騎士たちを敵と認識した。
神殿騎士たちの動きは本来の彼らの実力から考えるにやや鈍い。エンディミオンに生きる以上、目の前のアンデッドの悪名を聞いているからだろう。しかしエーミルだけは違った。グレートヘルムでその表情は伺えないがその立ち振る舞い、その挙動からまったく臆していないことは明らかだ。
「めずらしく数では我々のほうが上回っていますわ。神の名のもとに――私に続きなさい!」
エーミルは地を蹴ってキャシーとの距離を詰めようと――寸前で急制動を掛ける。キャシーのすくい上げるような蹴りがエーミルのグレートヘルムを掠めた。もう半歩前に出ていたならば頭を持っていかれていたかもしれない。
「今のをかわしますか……狼憑き事件の頃から思っていましたが、エーミルさんってそうとうお強いですね。そんじょそこらの屑拾いや溝さらいとは比べ物にならないほどに」
「だてに異教徒相手に改宗と救済をしていたわけではなくってよ」
エーミルはファイティングポーズを取りながらキャシーの一挙手一投足を注視する。アンデッドの耐久はわからないが、少なくとも自分はキャシーの攻撃を一発でも貰えばお終いだろう。たとえ甲冑を着てようが着ていまいが。
「でもまあ……私ほどではないですけど」
キャシーが踏み込むなり石畳がめくれ上がり、二人の距離が一瞬にして呼吸が触れ合うまで縮まる。
首を刎ね飛ばさんと、手加減の一切ないチョップがエーミルを襲う。
つづく




