第十九話 エンディミオン騒乱 その一
――ある昼下がり。
自由都市エンディミオンの小売り通りに、鐘の音が鳴り響いた。
「エンディミオン商工組合」と刺繍がされた上着を着たスタッフが、ハンドベルを景気よく振っている。キャシーはいまいち事態が呑み込めていないのか、買い物袋片手にアイパッチで隠れていないほうの目を丸くしている。
ガラポン抽選器の受け皿にはいくつか小さい玉が転がっている。その中に、他とは違う鮮やかなものが一つ。
「大当たり!特賞です!」
よせばいいのに。
商工組合のスタッフの大声に釣られて通行人が幾人も振り返る。
――特賞。
キャシーはようやく面を上げた。スタッフの後ろ、壁に掛けられている大きな木製のボードには特注らしき紙が貼られていた。エンディミオン商工組合が催した福引の景品一覧が書かれている。そのすべては都市の保管庫から出されている遺失物で、受け取り期限が過ぎたものやら処分品などである。ボードの一番上の欄に大きくこう書かれていた。
「特賞 聖ニコラウスの不朽体」
これが、エンディミオンを揺るがす大騒動の始まりであった。
聖ニコラウスの不朽体。
力を持たぬ者には力を。力を持つ者にはさらなる力を。
この不朽体を持つと魔力を持たぬ者には魔力が湧きだし、魔力をもつものはさらに強い魔力を与える特殊効果がある。つまり誰でも魔術師になることができて、魔術師ならさらにパワーアップできるという夢のようなアイテムだ。たいがいの不朽体や遺物にはいろいろな効果があるのだが、特にこの不朽体は効果がわかりやすい。魔術師であろうとなかろうと一度は欲しがるだろう逸品だ。
やじ馬たちが口々に呟く。そんなお宝が市の宝物庫にあったとは、と。
いくつもの羨望と嫉妬のまなざしがキャシーに向けられる。スタッフが不朽体を奥から持ってきた。呪符で巻かれ厳重に封されたそれを前にしてキャシーはにっこりとほほ笑んだ。
「いらないです」
「いやいやいやいや!なぜゆえ断る⁉」
予想外の返事にスタッフが身を乗り出してしまう。まさか断られると思っていなかったのだろう。周囲の通行人にもどよめきが広がる。
それでもキャシーは体をくねらせ困ったように言う。
「えーだって……不朽体ってことは遺物ですよね?さすがに右腕とか頭蓋骨とか持って帰るのはちょっと……お気に入りの買い物袋にいれるの気持ち悪いですし……」
胸に抱きしめられている猫の刺繍がされた買い物袋を見て、スタッフが納得したように口を開けた。
「あー、何かいろいろと勘違いなされているようですネ。そこんところは大丈夫です。不朽体と言っても全部が全部体の一部じゃないんです。といいますかこれ、そういう別称なだけでただのマジックアイテムですよ」
「あ、そうなんですか。なら安心できますね」
「さすがにマジもんの聖遺物を福引に出すわけがないじゃないですか。罰当たりですし。ほら、これって魔力がない人に魔力を与えたり、魔力が少ない人にはその底上げできるって能力ですから、ニコラウス様にあやかってそういう名前が付いたんだと思いますよ。超レアものには違いないですけどネー。それにしても、これっていったいどういう経緯でどこから流れ着いたのでしょう?不思議だナー」
特賞が出てスタッフも興奮しているのだろう、妙に饒舌である。
ふとキャシーは考え込む。スタッフの言葉を思いだす。
魔力が少ない人にはその底上げができる。つまり魔力が少なすぎて明かりや開錠施錠くらいの魔術しか使えないご主人が持てば、名実ともに魔術師となれるのでは?攻勢魔術も扱えるようになれば弾薬代の節約になるのでは!
これは……いいものだ……!
満面の笑みでキャシーはスタッフから不朽体を受け取ると、無造作に買い物袋に突っ込んだ。刺繍の猫が一回りくらい大きくなった。
商工組合のスタッフに手をふりつつキャシーは帰路に就く。自然と鼻歌を口ずさんでしまう。
「さてこれをご主人にプレゼントしましょう。ふひひ、さぞご主人も喜んでくださるに違いありません!さすが私!凄いぞ私!」
足取りは軽やかで舗装された石畳が軽くへっこむほど。
「こんなレアアイテムを手に入れたんですから褒めてくれるに違いありませんね!そしてご主人と私とで始まるあばんちゅーる!今日の夜を考えたら今からよだれが止まりません。ぶひひ」
「キャシーさん、とても機嫌がよさそうですね」
キャシーは足を止めて声がしたほうへと振り返った。
民家と民家の小路地からヌッと人影現れた。グレートヘルムを被り、チェインメイルの上から着ているサーコートの胸には白地に黒十字の紋章。厚手のマントがたなびくその姿は教会お抱えの騎士団である神殿騎士だ。そして神殿騎士の中でもこの声の主は――
「んんっ?エーミルさんじゃないですか!」
元神殿騎士のエーミルは小さく手を振りながらキャシーの元へと歩いてくる。その姿を見た通行人がぎょっとした目で逃げていく。不意に感じた違和感にキャシーは首を傾げた。
「こんにちは。お買い物の帰りですの?」
「はい、ご主人が突然カレーを食べたいとかぬかしまして。そんな食材やらなんやら常備してるわけがないので、仕方がなくこうして買い出しに来たんです」
「ほんと健気ですね……そのくせあの異教徒ときたら、そろそろ異端審問しなくてはいけませんわ」
それがどういう内容なのかはキャシーには怖くて聞けない。元神殿騎士の異端審問。おそらくというか確実に血なまぐさいことに違いない。
「エーミルさんもお買い物ですか?あ、でも鎧着てるし買い物袋も持ってないですから……」
そこでようやく気付く。
あれー?武器こそ構えてはいないけど、どうしてこんな街中で完全武装なんだろう?
「ええ、別件のお仕事ですわ」
エーミルが一歩近づく。
反射的にキャシーは一歩後ずさる。
「お仕事ですか、大変ですね。ちなみにどんなお仕事ですか?よければ手伝いますよ」
「あら、そう言っていただけると嬉しいですわ。何分厄介なお仕事内容ですので……時にキャシーさん、どうして距離を取ろうとしているのですか?」
エーミルに指摘されて初めて自分が後ずさっていたことに気が付いた。
「昔々、旧帝国が倒されて自由都市エンディミオンができたころの話です。そのころはやれ帝国残党だやれ傭兵団が野盗化しただとか混乱を極めていまして。火事場泥棒や不埒な罪だとかそういった事件がたくさん起こったらしいです。私たち教会もその例にもれず、保管しているアイテムが盗難されたのですわ」
キャシーは頷きつつも、無意識のうちに買い物袋を背中に隠すようにして持つ。
「やっと混乱も落ち着いた協会はそのアイテムを探しました。ですがどれだけ探しても出てこないのです。聖職者の名前が有されているアイテムですので、すぐに足が付くと思ったらしいのですが……」
「ふーん、探し物とは大変ですね。早く見つかるよう祈ってます。では夕飯の支度があるので私は帰りますね」
キャシーはきびすを返してさっさとこの場を立ち去ろうと――
「聖ニコラウスの不朽体」
キャシーの足が止まった。
「探しても見つからないわけです。まさか福引の特賞になってるだなんて誰が想像できましたでしょう。というわけで、教会より盗まれたその不朽体を返してくださいませんか?」
凍てつくような沈黙がしばしの間通りを支配した。
つづく




