第十七話 ダウジングのススメ その一
廃墟街には変な奴らが集まってくる。屑拾いという職業がそもそも変なのか、変な奴らがそういう職業に流れ着くのか。とにかく、控えめに見ても不審者がいた。
田中とキャシーは錆びついた車の残骸越しにそいつを見ていた。恰好は特に問題ない。周囲の瓦礫と同化を狙った白、灰、黒からなる都市迷彩柄マントにバックパックという屑拾いとして標準的な装備である。ただバケツヘルムを改造したのか、顔の部分が開閉式のバイザーのような形状をしたバシネット風のヘルメットを被っていて人相はわからない。
その屑拾いは先端部がYの字になっている杖を持っている。その二股に分かれている部分をそれぞれ掴み、反対側を地面へ向けてただひたすら周囲を歩いていた。ときたまスイーっと杖が左右に動き、それに合わせて歩く方向を変えている。
見ていてとても不気味である。
「ご主人、アレはいったい何をやっているのでしょうか」
屑拾いを指差し、キャシーは怪訝な表情を浮かべる。ペストマスクの下では自分もキャシーと同じような顔をしているのだろうと田中は思いつつ、
「んなこと聞かれてもわからん。本人に聞いて来いよ」
「嫌ですよ。変な宗教とかだったら怖いじゃないですか!」
あまり大きい声を上げるな、と田中がたしなめるよりも早く屑拾いの足が止まった。
「誰じゃ? 誰かおるのか?」
やはりばれてしまったらしい。意外にもその声は女性の、しかも若いものであった。
屑拾いはまだ田中たちの位置を把握はしていないらしく、警戒感も露わに杖を構えながら周囲を伺っている。
田中はどうしようかと逡巡したのちに、両手を上げて屑拾いの前に姿を現すことにした。キャシーもバルディッシュを収めたまま田中に続く。しかし両手は空けてはいるが、いつでも袖口に隠したダガーは抜ける様にはしている。そこまで甘くはない。
「なんじゃ同業者か。隠れてこそこそなんぞせずに挨拶くらいせんか」
屑拾いから警戒心が消えた。まだ常識ある屑拾いで助かった、と田中は胸をなでおろす。とはいえ何やら不審な行動をしていたことから、常識人だと判断するにはいささか早い。
女屑拾いは杖を廃車に立てかけるとヘルメットのバイザーを上げた。
切れ目の美人、というのが田中の頭に真っ先に思い浮かんだ。クールビューティーというほどではないが若干冷たい印象を与えるような、そんな感じの女性だ。見た感じニトやエーミルよりも年上のようだが、いくつ離れているのかは見当もつかない。二十代後半くらいに見えるがどうだろう?
「余計な詮索をされているような気がするが……私はマリオン。マリオン・ジャックラインじゃ。言わんでもわかるじゃろうが、この通り屑拾いじゃ」
マリオンは自己紹介とともに左手を差し伸べた。特に拒む理由もないので田中はその手を握り返す。
「田中だ。こっちは従者のキャシー」
「よろしくです」
ぺこりとキャシーはお辞儀をした。マリオンは二人を見て薄く笑う。
「ほほう、そうかそうかお主がタナカか。お主のことは風のうわさとか評判とか悪口とかでよーく知っておるよ。というかエンディミオン周辺で屑拾いをやっていてお主ら二人をしらない者などおらんよ。狂人コンビってのは笑わされたね」
キャシーは明らかに機嫌が悪そうに舌打ちをし、田中は困ったようにため息をついた。
襲ってきた溝さらい(+周辺の野盗団)を皆殺しにすることがそこまで悪評につながるのは解せない。正当防衛の範疇内だと思うけれども、世間の評価はやっぱり狂人にカテゴライズされてしまうのか。もしくは自分も知らない理由があるとか。まさかキャシー、つっかかってきたチンピラを知らない間に闇討ちとかしていないだろうな。
「意識して訊かないようにはしているけど、悪口とかまで言われてるのか。ちなみにどこのどいつだ?教えてくれたらエンディミオンに帰り次第、誠意のこもった話し合いにでも行こうと思うんだが」
「冗談でも小銃に銃剣をセットするのは止めてくれんか?あとそっちの従者も武器を構えるのは止めてくれ。私が言ったわけじゃないんだから」
ただの小粋なジョークだというのに何を怖がる必要があるのだろうか。
田中が小首をかしげる一方でマリオンは表情をこわばらせる。このままだと話が進まない気がするので、仕方がないので銃剣を鞘に戻す。
銃剣を戻すと同時に話も元に戻そう。
「で、それはそれとしてマリィはそんな変な杖を持ってさっき何をしていたんだ?」
「マリィではない。マリオンだ。勝手に人の名前を短くするのは止めてもらおうか」
美人が睨むとそれだけで妙な迫力がある。すいません、と素直に田中は謝るしかなかった。
「わかってくれるなら問題ない。で、何の話だっけ?」
「その杖だって」と田中はY字の形をした杖を指差す。
えらく年季の入ったオーク材の杖である。よく見ればルーンが所々に刻まれている。ただその杖からは魔力の類は一切感じられない。術式などではないらしい。
マリオンは杖を手に取ると愛おしそうに指の腹でなぞる。
「ああ、これか。これはダウジングに使うロッドじゃ。私は屑拾いじゃが同時にこのロッドを使ってこの廃墟街でお宝を探すダウザーでもある」
マリオンは胸を張って誇るように言った。
ダウジングと聞いて田中がまず思い浮かんだのは、昔テレビの特番かなにかでやっていたL字の形をした二本のロッドを持って、地面に埋められた物を探す姿だ。全くもってその通りである。ダウジングとはL字の棒を持って歩き、何かが真下に埋まっていれば不思議な力によってその棒が開いたり閉じたりするあれのことである。ただY字型のダウジングロッドは初めて見る。
「胡散臭いなあ」
思わず口に出してしまった。
田中の失言にマリオンはむっとした様子で、
「……エンディミオンに住むものとしてお主だけには言われたくない言葉じゃな」
「放っとけ」
痛いところを突かれた……というわけでは決してないが、田中はぶっきらぼうに言い返した。ダウジングと自分の見た目を同列に扱われたのは少々気に食わない。都市迷彩柄のフード付きマントにカーボン製の胸当て、ショルダーバックに入った各種弾薬にペストマスクといたって普通の恰好ではないか。いったいどこが胡散臭いというのだろうか……。
「ですが実際のところダウジングというものは本当なんですか?聞いた限りでは信用できないというよりも、迷信とか思い込みとかそんな風に思えるんですけど」
キャシーがアイパッチに覆われていない目を細め、訝しげな視線をダウジングロッドへと送る。キャシーが疑うのも無理はない。いくら文明後退が起こった異世界とはいえ、魔術的観点や科学的観点からも信憑性という点においてダウジングに市民権はないのだ。
「たしかにな。ダウジングロッドが動くよりも先に、ロッドを持つ筋肉が動くほうが早いって実験結果も聞いたことがあるな」
田中も思い出したようにそう言った。
「お主ら……初対面の人にむかってよくもまあずけずけと失礼なことが言えるなあ……」
田中とキャシーの好き勝手な物言いにマリオンはさすがに怒る気力もなくしたのか呆れ顔である。別にマリオンとてダウジングを生業としているわけではない。あくまで趣味の範疇であり、趣味だけでなく実益も兼ねているというだけである。とはいえ言われてばかりでは面白くない。
「さっきから迷信迷信と言いおるが、そうとも限らんぞ。鉱山では鉱床を探すためにダウザーが雇われるし、水脈を探して井戸掘りなども辺境ではまだまだ行われておる。お主らが思うよりもダウジングというものは一般的じゃぞ」
嘘ではない。田中のように信用していない者も少なからずいるが、全員が全員否定しているわけではない。辺境に行けば行くほどそれは顕著となる。もっとも辺境に住む田舎者を騙しているのでは?とダウジングを疑問視する教会の声は聞こえないふりである。
マリオンはダウジングロッドを掴むと、悪戯っぽく笑って告げる。
「それにダウジングにはロマンと神秘性がある。それだけでお釣りがくるくらいじゃ」
田中とて男である以上ロマンと神秘性という言葉にはどうも弱い。見えない力とか超常現象、自分の中の超潜在意識とか。信じる信じないは別として。
「さて休憩はこれくらいにするか。私はダウジングどうこうを議論しにここに来たわけではない。お主もそれは一緒だろう?だから私はそろそろ仕事に戻らせてもらう」
そう言ってY字に分かれた部分を掴んでダウジングに戻ろうとする。
――と、田中はキャシーが自分を見つめていることに気が付いた。片方しかない彼女の瞳は何か良からぬことを企む少年のような茶目っ気が見え隠れしていた。
どうしてだろう、言葉にしていないというのにキャシーの言いたいことが手に取るように伝わってくる。
「そうだな。お互いにやるべきことをやろう」
マリオンはヘルメットのバイザーを下ろすと、ダウジングの導きに従って歩を進めていくのであった。
つづく




