第十六話 ご注文は威力×重量 その二
今日の三日月堂は魔術師の田中の目から見ても相変わらず用途不明の魔術道具で溢れかえっていた。
カウンター越しにパイプをふかしているのは、いつもと変わらず白髪を丁寧になでつけ、魔術師の名残を残す立派な髭が特徴の老店主だ。
大剣を壊したと聞いたとき初めは胡乱げな様子だったが、田中、キャシー、彼女の右肩という順に視線を動かしてようやく言葉の意味を理解した。老店主がまともに顔色を変えたところを田中は初めて見た。
「これはまた無理難題を……」
老店主は何とかその言葉を絞り出すとそれを最後にそのまま黙りこくってしまう。
大剣の代わりになる武器をくれと単刀直入に言った田中は催促などせず、無言で老店主を見据える。キャシーは横でそわそわしている。
老店主は田中をじろりとにらむと、
「まさかとは思うが手ぶらで来たとか言うんじゃなかろうな」
「いいのがあるんだな?」
「それを決めるのはわしではない」
田中はキャシーが背負うバックパックに手を突っ込むと、一抱えほどある布の塊を取り出した。それを老店主の目の前に置いた。老店主が何だこれと田中に視線で問いかける。
「うちで作った自家製の鶏もも肉の燻製だ。収めてくれ」
「いや、金を出せ金を」
口ではそう言いつつも老店主は鶏もも肉の燻製をカウンターの下にしまう。
「残念だったなじじい。現金なんかねーよ」
田中の開き直りっぷりに、老店主は情けないと言わんばかりにため息をついた。
見かねたキャシーがぽかりと田中のわき腹を小突いた。その拳が1センチメートルほどめり込んだのを老店主は見逃さなかった。
「ご主人、これ以上みっともない真似は止めてくださいませんか?従者として恥ずかしすぎます」
毅然とした態度で言い放つキャシーとは対照的に、わき腹を押さえてうずくまる田中は呻くばかりである。足がガタガタと震えてなんとか倒れているのをこらえているようだ。この様子だとペストマスクの下は脂汗でびっしりとなっているに違いない。
そんな田中を尻目にキャシーは頭を軽く下げると、
「おじいさま申し訳ありません。ご主人は最近の支出の多さに心を痛めすぎておりまして……そのせいでこんなことを……」
キャシーはいつの間にか取り出したハンカチで、よよよと目元を押さえる。とても芝居がかった動作だが、老店主は指摘する気も起きない。
「あのなあ……道楽とはいえ、うちは魔術道具屋であって武器屋じゃないんじゃぞ……」
「ご主人から聞きましたよ。おじい様はご趣味でへんてこな魔術道具だけでなく武器も作っているだとか」
それが、田中が三日月堂に来たその最たる目的である。店には並ぶことのない隠れた武器でキャシーの武器代を浮かせようというとてもせこい魂胆である。
余計なこと吹き込みよって……と老店主は忌々しげにつぶやく。姿の見えない田中に聞かせるように。
「それに武器屋で私が使えるような武器なんてありませんので」
いつまでたっても起き上がってこない田中をさすがに心配してか、キャシーの姿がカウンターの下に消えた。1センチメートルはさすがにマズかったか。
「まあ……それもそうか。あんなバケモノみたいな武器を好き好んで使ってたんじゃからなあ。というよりあの鉄の塊をどうやって壊したのやら、皆目見当がつかんわい」
「聞きたいですか?」
カウンターの下から声がする。
「やめておく。とにかくちゃんと代金を払う気があるならそれなりのものを渡そう。キャシーちゃんの気に入るようなものがあるかは保証しかねるがな」
途端にキャシーはカウンターに顔だけを見せる。その表情がぱーっと明るく輝いたものになった。
「ほんとですか!ありがとうございます!おじい様の太っ腹なところが大好きですわ!」
「いやあのキャシーちゃん、ただであげるってわしは言うてないからね。なんかお小遣いみたいなノリで済まそうとしてる気がするけど、お金はもらうからね」
老店主はのっそりとカウンターから出ると、表の看板をOPENからCLOSEにひっくり返した。田中や鍛冶屋を除いて基本的にはお客は来ないのは老店主も百も承知だが、念のためである。
キャシーに支えられてようやく田中が立ち上がった。肩で息をしており、なんとか立っているという様子である。
老店主は店の奥を指差すと、
「今日は店じまいじゃ。お前さんらちょっとアトリエまで付いて来なさい」
歳に似つかわしくない悪戯っぽい笑みを見せた。
「わしのコレクションを見せてやろう」
店の奥へ入っていくとちょっとした工房が広がっていた。工房といっても武具の類を作るような設備ではない。魔力強化や術式の付与などを行う魔術的な工房である。
「わしの仕事場じゃ。作業台に置いてるものに不用意に触るでないぞ」
老店主の忠告もほどほどほどに、広がる光景に田中は息を呑んだ。魔術師の工房を見るのは初めてのことで、少し胸が高鳴っているのは否定できない。自分がそういったことができるほど優秀な魔術師ではない分、余計に興味と好奇心が湧いてしまう。
最初に視界に入ったのは工房の中央に鎮座している鉄製の作業台である。鋼板の上には魔力付与中のブロードソードの他に、工具類や塗料が無造作に置かれている。視線を横に動かすと魔術書がこれでもかと詰め込まれた本棚や、術式がびっしりと書き込まれた釜などが目に付く。また壁際には木箱がいくつも重ねられて置いてあり、おそらく魔力付与待ちの武器類だろう。
しかし本棚の横にある禍々しいオーラを放つ名称しがたいあの石像は、いったい何のために置かれているのだろうか。名もなき邪神像にしか見えない。エーミルが嬉々として破壊する姿が目に浮かぶ。
「まるで秘密基地みたいですね!あ、これはなんでしょうか?」
老店主の忠告をあっさり無視して、キャシーは作業台に置いてある拳ほどのサイズ銀色の石に触った。瞬間起こる小さな爆発。いくら小さいといっても生身の人間が耐えられるわけもなく、石もろともキャシーの指が五本あっけなく吹き飛んでしまった。
「こらッ!触るでないと言ったばかりじゃろーが!」
「ご、ごめんなさい……」
キャシーはしょんぼりとうなだれ、田中に指のなくなった腕を伸ばした。
肩をすくめつつ田中が手をかざすと、どす黒い光とともに木っ端みじんになった指がみるみるうちに元通りに戻っていく。先ほどの爆発を逆再生しているかのようだ。
「じーさん、今のは何なんだよ。さすがに俺もびっくりしたぞ」
キャシーの修復を終えた田中が作業台に残った爆発痕を手でなぞりながら尋ねた。
「そいつは行商人から買ったものじゃが、手のひらくらいの温度で触れると途端に爆発する不思議な石じゃ。魔術や魔力の類でもないし、何かに使えないかいろいろ試していたんじゃが……」
どんどん声が小さくなっていく。老店主は地面にのめり込むような歩き方でアトリエの奥、倉庫がわりに使っている部屋へと入っていった。若干可哀そうに思うが、そんな危ないものを空気にさらした状態で放置しているのもいかがなものかと思う。まあ全面的に悪いのはキャシーだけれども。
「まあ、やってしまったものは仕方がないわい。気を取り直して、コイツなんてどうじゃ?」
老店主は魔術で浮かせた何やら珍妙な形状をした武器とともに戻ってきた。武器も気になる所だが、初めて見た浮遊の魔術にも田中は目を丸くした。この浮遊の魔術というのはそうとう高レベルな魔術で、現役の使い手など幾人いるのか。旧帝国以前の魔法文明時代はわりとポピュラーなものだったと聞いているが真偽は不明である。
老店主は片手で武器を浮かせつつ、もう片方の手を払い、作業台の上のものまるごと浮かせて部屋の隅へと移動させた。そして代わりに武器を置いた。
キャシーは眉をひそめながらそれを見ていた。さっき指を吹き飛ばされたばかりだからか、さすがに不用意に触ろうとはしない。
「これはなんといいますか……この剣はどういった用途なのか私には想像がつきません」
田中もキャシーの言葉に同感である。が、剣と言ったことに関しては同意できない。どこからどう見ても剣ではないからだ。
大きさは普通にブロードソードくらいで、しかしその形がなんともまあ実に奇怪なのだ。基本的な構成要素は三つで、先端部にある30センチメートルくらいの金属製でぶっとい針のようなものに本体であろう長方形の箱、そして剣の柄である。長方形の箱の真ん中くらいには取っ手が付いている。おそらく柄を右手で握り、取っ手を左手でつかんで支え、針状の物で攻撃するのだろう。
ふと田中の中でピンとくるものがあった。遠い昔、それこそこの世界に飛ばされる前、爺さんが庭の木を切り倒すときに使ったチェーンソーみたいだな、と。しかしソーと針とは用途が違う。これをレイピアみたいに突き刺すのだろうか。
「それならレイピアで良かろうて。いや、あんな細いのは軟弱者がつかう武器じゃ。せめてエストックじゃな」
老店主はチェーンソーもどきの柄の部分に長い紐を取り付けた。ただの紐ではない。エンディミオン近くに生息する蜘蛛の土着モンスターの糸で編まれた紐で、術者より遠くの箇所へ魔力を伝達する際に使われる特殊な紐である。といっても魔力減衰はがあるので伝達距離は精々5メートルほどだが。
「こいつはそういう既存の考えとは一線を画しておる。所詮レイピアやエストックなど人の力で突き刺さねばならん。相当に頑強に作られたプレートメイルやリザード相手をするには心もとない。そこでこの針打ち器の出番と言うわけじゃ」
「針打ち器ねえ……」
ペストマスクの下で怪訝な顔をする田中を尻目に、老店主はひょいとそのチェーンソーもどきを掴んだ。そういう術式が使われているのか、思いのほか軽々と持ち上げるとキャシーに渡した。
得体のしれない武器に戸惑いつつもキャシーは針打ち器を両手で構えた。へっぴり腰のため傍から見ていて非常に危なさそうだ。
つづく




