第十六話 ご注文は威力×重量 その一
自由都市エンディミオンの朝は早い。
正確に言うならエンディミオンをぐるっと囲んでいる城壁、その正門に努める衛兵の朝は早い。教会の鐘が朝を知らせる。それと同時にお勤めが始まる彼らは、それ以前から出勤しておかねばならない。正直辛いお仕事だ。しかも訪れるのは普通の旅人だけではなく、一癖もふた癖もあるめんどうな輩も多い。人の出入りが多いエンディミオンでは仕方がないことである。衛兵が顔を引きつらせることなんて日常茶飯事であり、今日の当番の衛兵も顔を引きつらせていた。
見た目からおそらく男女の屑拾い……だと思われる。というのも片方はまだ若い女の子だというのはわかるが、もう片方がペストマスクを被って顔がよくわからないためである。
体格からして男だろう、という判断だ。そして今回はさらに輪をかけていた。男は所々が破れた都市迷彩柄のフード付きマントを羽織り、ペストマスクには大きなひびが入り、小銃を杖代わりになんとか歩いているという具合である。
左目をアイパッチで隠し、大きな縫合痕が目立つ女の子のほうも似たようなありさまである。服装は所々破け、カーボン装甲の胸当てには、何の生き物のものかもわからない見たこともない大きさの牙が突き刺さっている。あと背中と腰に鞘が見えるが両方とも中身がないのはいったいどういうことだろう。
「ご主人、ようやく帰ってきましたね……」
「そうだな……やっとだな……」
そういう二人の声からは嬉しさと言うよりも疲弊しか感じられない。
衛兵は異様な姿の二人を前にしてようやく自分の職務を思い出した。
「え、えーっと……大丈夫ですか?野盗にでも襲われましたか?」
「ちょっと小山くらいのオークに襲われただけだ。気にしないでくれ」
んな、アホな……と喉元まで上がった言葉をむりやり飲み込み、衛兵は平静を装いながら手続きを行っていく。
田中とキャシーがエンディミオン帰還したのは、ニトと別れてから一週間後。その間にいったい何があったのかは推して知るべしだ。
これからどうする、と田中はキャシーに尋ねた。
キャシーは何も返さずただ肩をすくめた。
やっと一息ついたのは、エンディミオンの自宅に戻ってからどれくらい経ってだろうか。予備の新しいペストマスクを付けた田中と黄緑色のアイパッチを付けたキャシーはテーブルを挟み、神妙な面持ちで向かい合っていた。
話題はただ一つ、失ってしまった武器についてである。
「ご主人、私は今後どうやって、何でご主人をお守りすればよいのでしょうか。といいますか新しい武器が欲しいのですがどうにかなりませんか?」
そう尋ねるキャシーに田中は即答できない。
そもそも自分も小銃以外の武器を全部失っている状況である。弾薬や各種備品の購入を考えると新しい武器を買う資金などどこにもない。とはいえ今のままでは廃墟街探索にも行けず、資金調達もできない。まさに八方塞がりだ。
「そもそもニトさんに魔力剣渡したのはどうかと思いますが。あの剣を質に入れて当面の資金にするという選択もありましたよ」
「まあそう思うのは仕方ないんだけどさあ。でも売るのは少し違うんだよ」
しかしキャシーには田中の言いたいことがいまいち伝わらない。いらないなら売ってしまえばいいのに何をためらう必要があるのか。
「あの剣にどういう思い入れがあるのかは知りませんが、とにかくどうにかして資金を作りましょう。このままだと生活費も危ないですよ」
「そうだよなあ。冒険者デビューでもして草むしりでもするか?」
「何をおっしゃりますか。手っ取り早い方法がありますよ」
――ん?と、田中は眉をひそめた。
嫌な予感がする。それもとてつもなく嫌な予感が。
「聞く前にお茶を一杯入れてもらってもいいかな?」
さらっと話をそらそうとする田中だが、そんな姑息な手がキャシーに効くわけがなく、
「お茶は後です。まずはどれを売り払うか見繕いに行きましょう」
さすがに聞き逃すことはできなかった。何を売り払うだって⁉
キャシーは満面の笑みで答える。
「さあ行きましょうご主人、いざ地下室へ!」
田中が住むこの屋敷は、もとは高名な魔術師が所有していたものである。その魔術師先生がいなくなり、なぜか幽霊屋敷という噂が立ち、格安で売られていたところを購入したのだ。地下室の存在を知ったのは住みだしてしばらくしてからであった。
机を脇に動かしカーペットをどかすと、そこには落とし戸があった。一見して鍵穴などはなさそうだが、田中はアンロックの魔術を唱えて錠を解いた。
空けると同時に地下特有のかび臭く少し湿ったような匂いが漂ってくる。
下へと続く階段の先は暗闇で何も見えない。角度も急でキャシーに服の裾を掴まれている今だとより慎重に下りなければ、自分がリビングデッドの仲間になってしまいそうだ。
田中は小さく口ずさむと、ぼうっと揺らめく光の玉が虚空に生まれた。光の玉は田中の指の動きに合わせて階段へとふわふわと飛んでいき、足元を明るく照らしてくれる。
「ご主人の貴重な魔術師シーンですね」
茶化してくるキャシーの額にぴすっとチョップを入れて黙らせる。まったく、自分が従者だということを忘れていないかこのアンデッドは。
階段を下りていくと少し開けた空間へと出た。光の玉は天井へと飛んでいき、そこへ張り付いた。田中が手を振るうとそれに合わせて光量が増していき、部屋全体を明るく照らした。
そこに広がる光景は異様なものであった。
魔術の明かりに照らされて、剣やメイス、プレートメイルといったさまざまな武具が無造作に置かれている。まるで武器庫そのものである。
この部屋にある武具は田中が集めたものではない。何の理由があってかは知らないが、元の持ち主だった魔術師が収集したものだと田中は考えている。収集癖は誰にでもあるものなのだからわざわざ詮索する気はないが、これを全て質に入れたらかなりの金額にはなるだろう。
そういうわけでキャシーはここにある武具類を質に入れて資金を工面しようと言ったのだ。だからどこから持ってきたのかは知らないが、でっかい籠を背負っている。いや待て、優に十本以上入るような大きさの籠だけれど、いったい何本持っていく気なんだ⁉
キャシーはあえて答えず悪戯坊主のように含みのある笑いを見せるだけだ
田中は壁に立てかけられている剣から適当なものを掴み、鞘から少しだけ抜いてみた。青い魔力の光が漏れ、錆がまだらに浮いた刀身が見えた。ここにある武具は手入れがされていないせいで状態は悪いが、その全てが魔力で強化されたものばかりである。田中は剣を置き、また別の剣を掴むと鞘から抜いて魔力の等級の確認をする。それを何度か繰り返したのちに、比較的状態の良い二等級の魔力強化がなされたブロードソードを選んだ。
「とりあえず磨けば十分使えるだろ」
同じ魔力剣とはいえ、前まで使っていたものとは雲泥の差である。
「では他の青いやつはもういりませんね」
キャシーは田中が選ばなかった剣をそそくさと全て回収していく。ついでに抜いてすらいないショートソードも何本か回収して背負い籠に放り込んでいく。
「ほんとうに売るのかよ……」
「どうせ使わないのでしょ?なら売ったほうがいいに決まってます」
「言いたいことはわかるけど……使わないなら売り払うってコレクターを敵に回すような発言だな」
「ご主人のコレクションじゃないのでしょう?ならどこにも問題はありませんね」
それはそうだが、と口ごもる田中。故人とはいえ他人のコレクションを売り払うのは気乗りしない。勝手に使うのも一緒のように思えるが、そこは田中にとっての一線である。
「で、問題はキャシーのだよなあ」
たしかに魔力剣なら玉石混合ではあるがここには大量に転がっている。しかしキャシーの物となると話は別である。
武器にはその人の筋力にあった適切な重さというものがある。その点において田中はキャシーを作った際に、調子に乗って筋力を強くしすぎたのは失敗だったと反省している。たとえ武器の質が良かろうとも重すぎれば振り回されるし、軽すぎれば力が入らない。だからキャシーが扱える武器のハードルも必然的に上がってしまう。
「そうですね。てかよく前はあんな大剣なんてありましたね」
「それは俺も思う。コレクター欲とかそんなのじゃねえの。珍しさだけならぴか一だったし。お、これならどうだ?」
田中は壁に立てかけられていたツーハンデッドソードをキャシーに手渡した。地下室に残っている中では最も大きく、柄から剣先まで1.5メートルほどある両手用の剣だが、キャシーにかかれば片手でぶん回せるほどの重量でしかない。というか鉄の塊でも持たせたほうがいいんじゃなかろうか。単純な構造の物のほうが彼女の怪力もいかんなく発揮できるに違いない。
「うーん、ちょっと軽いですね……取り回しは大剣よりはいいんですけど。いざ相手するとなると多少の不安は残ります。でも他に何もなければこの剣にしますか」
どうやら彼女のお気に召さないようである。
田中はキャシーからツーハンデッドソードを受け取ると元の場所に戻した。そしてひとしきり地下室の中を見渡した後に、一つの結論を導き出す。
「仕方がないなあ。守銭奴じじいのところに行くか」
「守銭奴じじい……あぁ!お爺さまのことですね」
エンディミオンの小売り通りにある魔術道具専門店三日月堂の老店主のことである。あの店ならばキャシーにあう武器くらい探せば見つかるかもしれない。もしそこでもしっくりくるようなものが無いのならさらに地下室の武具を処分しなくてはならないが、鍛冶屋に特注するしかあるまい。
「ですが、じじいに守銭奴までつけるのはいくらご主人でもだめですよ。あれほど私たちに良くしてくれる人はいないんですからね」
頬を膨らませてキャシーはたしなめる。
「金払いがいい限りは良くしてくれるさ」
「もう、ご主人っ!」
キャシーにたしなめられるのは今日でいったい何回目だろう。自問に応えてくれる人はここにはまだいなかった。
つづく




