第十五話 Re:新米都市警 その七
「フレッシュゴーレム復元作戦には失敗してしまったが、まあいい。これはまだ前哨戦にしかすぎない」
声が妙に反響しているせいで、どこから聞こえているのかがわからない。キャシーは腹部に突き刺さったままの投げナイフを引き抜くと、狙いも定めずに投げた。
「近い将来、我々は再び貴様らの前に現れるだろう。我らが崇高なる目的を果たさんがため、理想郷を作らんがため。せいぜいその時を楽しみにしておくんだな!あとペストマスク、お前は個人的に泣かす」
その言葉を最後にネクロマンサーの声は途絶えてしまった。
煙が晴れる頃にはそこには誰もおらず、ネクロマンサーはきれいさっぱりその姿を消していた。後には持ち主がいなくなった棺桶が残されているだけであった。
「ご主人、結局あの方は何者だったのでしょうか?」
キャシーが訊くがタナカは首を横に振る。
「わからん。何か良からぬことを企んでいたってことしかわからん」
今度は私の方を見るがもちろんわかるわけがない。
ネクロマンサーの言葉をそのまま受け取るとしたら、ネクロマンシーを操るテロリストとそいつを飼っているテロ組織がある、という認識で良いのだろうか。なんともまあ……。
「物騒な話ね」
村長から詰所として借りている家の前で、旅支度を終えたタナカとキャシーを見送ることにした。本当なら村の出口まで付いて行ってもいいのだが、タナカがここで十分と言うのだから仕方がない。
「ニトさん、これお返ししますね」
そう言ってキャシーが私の剣を差し出した。格上の鎧を無理やり斬ったからか、刃こぼれがちらほらと伺える。私はちょっとの間頭を巡らせると、
「返さなくてもいいわ。大剣折れちゃったんだし、エンディミオンに帰るまで武器無しはマズいでしょ。あげるわ。新しい武器を買うまでのつなぎとして使って」
「でも都市警支給の安物はちょっと……」
「いやその反応はおかしいでしょ。どうしてそこで貶すのよ」
私がジト目で咎めると、キャシーの口元がほころんだ。
「ふふふ、冗談ですよ。ですがニトさんの武器がなくなってしまうのでは?」
「気にする必要はないわ。私はほら、一人で帰るわけじゃないし、いざとなったら同僚たちから借りたりできるし」
容疑者確保まではできなかったけど、一応ゾンビ大量発生事件も解決したんだし、武器を失ってしまいましたと言っても大目に見てくれるに違いない。たぶん。
「では次の武器を購入するまでありがたく使わせていただきます」
キャシーは腰のベルトに私の剣を差した。剣が小さくなった分、彼女の威圧感は相当薄まったように思える。
「どうぞどうぞ。支給品の安物だから使い潰してもらっても構わないわ」
実際、キャシーのような使い方をされたら剣のほうがもたないだろう。しかし安物とはいえキャシーに使われたほうが剣も武器として本望かもしれない。
「じゃあ俺たちはもう出発するから」
「捜査協力ありがとうね。一応言っとくけど、これでもあんたたちに相当負担させちゃって悪いと思ってるのよ。感謝状とかもらえるよう計らってあげようか?」
「んなもんいらん。まったくお前にかかわると碌なことにならん」
そう文句を言いつつタナカは私に背を向けた。
「じゃあ、またエンディミオンでお会いしましょう」
小さく手を振り、キャシーもそのあとに続く。
が、不意にタナカの足が止まった。
「おい、ニト」
タナカが振り返り、何かを私に向けて投げてよこした。いきなりのことに戸惑いつつも何とかキャッチして――って、重い!
「何よこれ……って、あんたの剣じゃない」
「やるよ」
タナカの愛想の欠片もない短い言葉に思わず耳を疑った。
何を誰にあげるって⁉
「俺が見た感じ、お前は腕っぷしは強いけど道具を軽んじるタイプだ。それだといつか痛い目にあうぞ。こいつはそうだな、お守りみたいな感覚で持っとけ。こいつがあるからどんなに追い込まれたとしても最終的にはどうにかなるだろう、みたいな風に」
「いやでもこんな高価なものさすがに受け取れないって!それに私まだ借金返してないし……」
まさか、さらに借金で私を雁字搦めにするつもりなのだろうか。
「雁字搦めになってるのは俺の方だ」
話が読めない。私のことを廃品回収業者か何かだと思っているのか?廃品なんてもんじゃないけど、これ。
タナカは魔力剣を指差し、
「そいつの処分方法を探していた。そしてちょうど処分先が見つかった。それだけだよ」
なんだか心の内がもやもやする言い方である。とはいえこれ以上訊いても決して理由を話してはくれないだろう。そして、つき返そうとしても彼は二度と受け取らないに違いない。そんな確固たる思いが、素っ気ない彼の言葉の端々に見え隠れしている。
ほんとうにもらってもいいのだろうか。
多少の後ろめたいものを感じつつ、私はなんとなくタナカの魔力剣を抜いてみた。
「あ、ニトさん今は抜かないほうが……」
キャシーが何かを言いかけるが、私の視線は抜き放った魔力剣に奪われていた。魔力を付与する武器の中では最上級の代物が放つ紫色――ではなく弱弱しい赤光である。おかしいなあ。たしかに田中が抜いたときは紫色に光っていたのに……。まあ使いにくければ売ってしまえばいいか、とよこしまな考えが頭をよぎる。
――途端に自分の中から何かを吸い上げていくような奇妙な感覚に襲われた。同時に魔力剣の輝きが強くなっていく。どういう絡繰りなのかまるでわからない。
今まで経験したことのない不快感に顔をしかめる私にタナカは言う。
「そいつは自分の魔力を切れ味に変える。というか勝手に吸い取るから取り扱いには気を付けろ」
瞬時に刀身を鞘に納める私。
「ちょっと待て、それって魔力剣とゆーよりは魔剣の類なんじゃ……」
「剣への魔力の供給量は使いながら慣れてくれ。それこそ魔力をドバドバ食わせれば、鍔迫り合いになるなり剣ごと相手を真っ二つにすることもできる……まあそれくらい魔力があるなら魔術師やってるわな」
「私の指摘を無視して解説を続けるんじゃない!余計に不安になってくるから!」
タナカは何を言っているんだと言わんばかりに、私を小ばかにするようなジェスチャーをする。
私は魔力を吸われたということもあるが、タナカとのやり取りに疲れ果ててしまい大きなため息をついた。鞘に収まった魔力剣に視線を落とし、もう一度ため息をついた。
いやまあレア度とか価値とかいう点では凄いっちゃあ凄いんだけど……どうにもクセが強すぎて扱いに困りそうだ。
でも……。
「まあ、一応――もらっておくわ」
「そのほうが助かる。お前が持っていてくれたほうが俺としてはいいんだ」
「……わかったわよ。でも返せって言われても返さないからね!」
タナカが笑う。そして言う。
「言わねえよ」
「剣も金も絶対に返さないからね!」
ため息をつくのは、今度はタナカの番であった。
「いや、金は返せ。しれっと踏み倒そうとするな」
おわり




