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第十三話 狩猟権、持っていますか? その六

 否――それは空いっぱいに広がった網である。


 ウサギもいきなりのことに逃げることすらできず巨大な網が覆いかぶさる。覆いかぶさってからようやくウサギは網から逃れようと暴れるが、どうやらこの網は魔力強化されているらしく、ウサギがいくらもがこうとも千切れる気配すら見えない。それどころかさらに絡まって動きを制限させていく。そして何をしても無駄だと悟ったのかそれともただ単に疲れただけなのか、ウサギはその動きをようやく止めたのであった。


「いったい何が……?」


 田中が零した言葉に応えるように近くの茂みが揺れて、男が一人現れた。一目で魔術師とわかる典型的な恰好をしている。


 そのあとにさらに数名の男たちが続いて現れ、網に捕らわれたウサギに駆け寄っていく。そしておそらく魔術の類だろう、ウサギの目が次第に虚ろになっていき、ほどなくして瞼が全て閉じた。それを見届けてからようやく先頭の魔術師が口を開けた。


「皆さん、大丈夫でしたか?」


 田中は声をかけてきた魔術師と網に絡まっているウサギとを交互に見てから、


「だ、大丈夫だけど……あんたらはいったい……?」

「申し遅れました。私たちはニシナリアの魔術師組合の者です。後ろの者たちは捕獲班の面々です」


 田中とトレースは無言で視線を交わした。


 ニシナリアの魔術師は構わず話を続ける。


「いやはやこの度はエンディミオンの方々に迷惑をおかけしまして、本当に申し訳ありません。捕獲作戦第二弾がようやく整いましてね。まさかついうっかり鍵を閉め忘れて、しかもその隙に逃げ出すとは思いもよりませんでしたはははっ!しかし、こうして捕獲できたのですから一件落着ですな……あれ、ちょっとどうしたのですか皆さん?え、なぜみんなして拳を振り上げ、あ、ちょっと待って暴力は止――」


 無論。


 盛り上がりもクソもなく、ぽっと出で全てを解決した魔術師たちを泣くまでぼこぼこにしたのは言うまでもない。





 焚火の向こうでは女戦士がキャシーと肩を組んで酒を飲んでいる。顔面をパンパンに腫らした魔術師たちがウサギを連れて帰ったのち、日も落ちそうだったので田中たちは小屋で一泊することにした。


 ディナーは女戦士が無許可で狩猟した鹿である。さすがのトレースも見て見ぬふりをすることにしたらしい。森林を荒らしていたのも全てニシナリアの魔術師組合の実験動物のせいにするらしい。女戦士に殴られウサギに跳ね飛ばされて、一番割を食ったのは彼なのかもしれないので、田中は好きにさせることにした。というかよく生きてるなあと感心するほどである。


 そんなトレースはキャシーたちの対面、田中の隣でコップ片手に座り込んでいた。心なしか表情は暗い。


「あんなバケモノが森に入り込んでたなんて……森番失格だなあ」


 トレースはコップになみなみと注がれた女戦士持参の酒を見ながら独り言ちた。


「そうだな」


 小さくカットした鹿肉を咀嚼しながら田中はうなずいた。タックルされたことをまだ少し根に持っているらしい。


「まあ片付いたんだしいいんじゃないのか。終わりよければすべてよしっていうだろ」


 酔っぱらっているのかしてどうにも愚痴っぽい。しかもこれで三巡目である。したがって、次に「あのですねえ、僕からしたら――」と続くのは容易に想像できた。


「あのですねえ、僕からしたらまだ終わってなんかないんですけど」


 ほらやっぱり。


「僕たちどころか森林監督官の許可もなくずかずかと入り込んできて魔力強化した網でウサギ捕まえるし。そりゃ元をたどればニシナリアのウサギですけど、ここはエンディミオン管轄の森ですよ。今なら狩猟権一ヶ月パックがお買い得なんですよ。ニシナリアの魔術師たち、フツーに森林法違反ですよ……」

「固いことは言うなって」


 公務員ですから、とトレースはコップに口を付けると一気に中身を空けた。


「なあトレース」

「なんですか?」

「俺をここに呼び出した理由はなんだ?」


 キャシーが何か言ったのか女戦士が手を叩いて大笑いしている。時折キャシーが田中に視線を投げていることからして内容はだいたい予想がつく。


「あ、さすがに気が付きましたか」


 いきなり、口調から酔いが消えた。


「さすが先輩です」

「それどころかミュータントなんていないってことも、犯人はあの女戦士ってことも全部分かった上で俺に依頼をしに来たただろ。正直に言っとくが、ついさっきまで気が付かなかった。全く何も気が付いてなかった。狩猟権がないって聞くまで何も気が付かなかった。お前がポカをやらかすわけなんてないからな」

「さすがにそれは言いすぎですし、僕のことを買い被りすぎです」


 トレースはにんまりと笑い、


「ウサギだけは想定してませんでした」


 この狼め……。


 田中はトレースのそういうところが基本的に気に食わないし、そういう点で助けられたことが今まで何度もあるからやっぱり気に食わない。


「要件は手短にしろ」

「勇者一派が何やら動いていますよ」


 ああ、そうか。


 半ば予想していた言葉に、予想していたからこそ田中はため息をついた。


 最期に彼を見たのはいつだったか。勇者となる前の姿を除けばキャシーと一緒に見たパレードの時だろうか。いや、正しいが正しくない。本当はもっと昔。


 ――金持ちは強い。そこに地位と名声が加わればもっと強い。


 誰が言ったかはもう覚えてはいないが、不意に嫌な言葉を思い出した。


「人を集めているそうですよ。あまり表立っては集められそうにない人を」

「いつかはあの野郎と話し合いをしないといけないと思っていたが……」


 トレースは思わず苦笑した。


「先輩はあの人のこと僕より嫌いでしたもんね」


 田中は答えない。その代わりに、


「忠告ありがとう」


 世辞ではない。本心からである。


 肩をすくめるしかなかった。


「僕は都市の役人ですからね、大ぴらには行動できませんができる限り協力はしますよ」

「いらねーよ」

「ええ……備えあれば患いなしですよ」

「ああいらないね。俺は別に対立する気もない。戦争は終わったんだ。誰が何を企んでようが俺には関係ない。俺は自由気ままに生きるさ」


 田中は空の皿を手に取るとふらふらと焚火へと近づいた。スキレットの中で香草と鹿肉が焼ける香ばしい匂いが田中を呼び寄せる。もちろん森林法ガン無視の逸品である。皆で分けるという考えなど端からないらしく、田中は遠慮なく肉の塊をかっさらった。キャシーと女戦士の馬鹿笑いは未だに収まらない。


 いくら夜が更けようとも、いつまでも笑い声が響いていた。

おわり

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