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第三話 廃墟街歩き その一

 この世界は剣と魔術とペンが支配している――と言われている。


 剣と魔術は暴力と混沌が支配する旧世界の廃墟街のことを指し、ペンとはつまり法と秩序の名のもとに役人や紙束が支配する都市のことを指してある。


 さて、旧世界の廃墟街について少し述べよう。ここは先の通り、力こそ正義がまかり通ってしまう危険な地域である。ミュータントなどと呼称されている化物は至る所に生息しているし、まだ生き残っている最終戦争時のブービートラップもある。都市に住む市民がお小遣い稼ぎに来るような生易しい世界ではないのだ。しかし、どんな世界にも一獲千金を求めて危ない橋を渡る奴らはいる。


 危険を冒すことが仕事としか言いようのない冒険者や旧世界の貴重な物資を収集する屑拾いたちである。


 旧世界の廃墟街はそんな腕に自信があるアウトローたちが幅を利かせる古き良き世界なのだ。


 そしてまた一組の屑拾いが廃墟街にある蔓状の木が絡みついた円筒形の塔を探索していた。


 男女二人の屑拾いである。


 女の装備ははかなり軽装である。動きやすさに重点を置いているのか、防具らしきものは魔術付与されている胸当てだけだ。しかし彼女が背負っている得物に関しては気合の入れようが違った。持ち主の足先から肩ほどの長さがある幅広で中華包丁のような大剣だ。もちろん軽量化と切れ味強化の魔術が付与されている、いわば魔力剣だ。細身の腕と縫合痕が残る可愛らしい顔からはそんな凶悪な武器を扱う姿が想像できない。


 男のほうは一見して魔術師風、それも魔力の低い者たちがする装備に身を包んでいる。魔術付与された胴鎧と銃剣付きの小銃、腰には弾薬箱と細身の剣が一振り。そしてこの魔術師の最大の特徴と言えば、すれ違う人全員が胡乱げに思うに違いないリベットが打ち込まれたペストマスクだろう。


 魔術師田中とその従者にして、世にも奇妙な自我を持つアンデッドのキャシーであった。


 彼らのことをただの屑拾いと同じように扱うと、キャシーはともかく魔術師のほうは嫌な顔をするだろう。そして俺をあんなトレジャーハンターまがいのごろつきと一緒にしないでくれと言う。


「ですがご主人、実際ほとんど変わりませんよ。旧世界の頃のお宝も回収しているわけですし」


 キャシーは開かないドアの錠穴をのぞき込みながらそう言った。


 仕方がないことだとは思う。


 キャシーの言う通り、口では違うと言いながらしている行為は屑拾いのそれである。自覚がないと言えば嘘になる。しかし、こちらには確固たる目的があるのだ。今日の暮らしをするためにごみを漁るアウトローと一緒にしないでほしいと思っても何ら問題はないのでは、というのが魔術師の考えである。


「私から言わせればあるかどうかもわからないものを探し続ける行為は、本当に確固たる目的と言えるのかが疑問です」

「手厳しいな……でもこればっかりはキャシーにもわからないさ。実際に経験した本人じゃないと」


 魔術師は遠い目をしてそう言った。


 今では田中は魔術師なんてファンタジックなことをしているが、もともとは履いて捨てるほどいるごくごく平凡などこにでもいそうな普通の学生であった。もちろん魔力なんてものもなければネクロマンシーなども使えない、ただの善良な一市民である。実家の蔵で得体のしれない機械に触れるまでは。


 突き動かしたのは好奇心であった。


 具体的な外見はぼんやりとしか思い出せない。だが機械の正面中央にはでかでかと赤い字で「ろ」と書かれていたことだけは、今でもはっきりと覚えている。


 だせぇ機械だなぁ、と笑いながら若き田中少年はその機械に触れてしまった。


 気づいたときにはこの旧世界の廃墟街のど真ん中に立っていた。突然始まった生死をかけたサバイバルはとても昔のことながら、今でも時折夢に出てくる。


 あれは人や物を異世界へと送る何かしらの転送装置だったのだろうと今は思う。


 田中の目的は簡単である。


 自分をこの世界に送り込んだ装置には「ろ」と書かれていた。ならばまだ「い」や「は」などがあるのではないか。最終戦争で文明後退を起こす前の旧世界は科学と魔術が高レベルで融合した文明であったということは、別の転送装置がこの世界にもあるのではないか。ならばこの廃墟街で同じ転送装置を見つけ出せば、元の世界へ帰還できるのではないか――と田中は考えたのだ。


 あるという確証はもちろんない。


 安直、考えなしなどと言われれば何も言い返せない。ただこの廃墟街に飛ばされたのは偶然ではないと思う。やはり対となる座標だったり受信装置だったりする何かがここにはあるに違いない……たぶんあるだろう……いや、あるかもしれない。


 まぁ、そんなざっくりとした考えで魔術師田中は今日も元気に廃墟街を探索しているのだ。


「ふむ、また鍵付きの扉か……」


 キャシーと入れ替わり、ドアノブをひねりながら田中はため息をついた。廃墟のくせにどうしてこうも施錠されている扉が多いのか。まったく開ける側の身にもなってほしい、などとつい思ってしまう。


 田中の右手が光を帯びる。魔力が少ないイコール魔術が使えないというわけではない。明りを生み出すことや魔力感知くらいなら問題なくできる。


「魔力は……感じられないから物理錠か。キャシー、頼む」


「はい、ご主人。仰せのままに」


 田中が下がるのと入れ違いに、キャシーは再び扉の前に立つ。背中の大剣の柄に手をかけると片手で抜き放った。魔術強化された赤い刀身が怪しく煌く。キャシーは呼吸を整えると扉の錠前部分に勢いよく大剣を突き立てた。バターにナイフを入れるかの如く切っ先が扉を貫通し、錠が役立たずと化した。あまりにも脳筋すぎる鍵の開け方である。


 キャシーは大剣をかついだまま扉を力任せに蹴り開け、一閃。


 二発までは斬り落とせた。


 しかし、タイミングを絶妙にずらされていた渾身の一発が避けられなかった。


 扉を開けるなり発射された仕掛け弓が、キャシーの下腹部に突き刺さる。


 が、


 キャシーはそんなことお構いなしにズンズンと部屋の中へ入っていき、正面の瓦礫で巧妙に隠された仕掛け弓めがけて大剣を振り下ろした。瓦礫ごと真っ二つにされる仕掛け弓。


「どうやら罠はこれだけですね。いやはや、仕掛けた人間はそうとう悪巧みが好きそうですね」


 矢を腹から引き抜き、矢じりをまじまじと見る。


「しかもご丁寧にも毒付きアンド魔術付きですよ。ご主人なら一発であの行き、晴れて私の仲間になれますね」


 キャシーは妙に明るい笑顔を浮かべ手招きしながら言う。その手招きは入っても安全という意味かそれとも一緒にアンデッドになろうという意味か。


「仲間入りは遠慮しておく」


 田中は苦笑しつつも仕掛け弓に近寄った。ついさっきまでクロスボウだったものが二つ、台座に固定されている。


 危ないですよ、というキャシーを無視して壊された仕掛け弓の一部を手に取る。クロスボウのトリガー部分だ。そこから細いが丈夫なロープが扉へと延び、何も知らずに開けると矢が発射するという巧妙に隠されてはいるが古典的で単純な罠である。


「まだ新しいな。しかも金がかかってる。こういう手合いは苦手だな……」


 しばしの間調べたのち、田中はそう独り言を言うと弓矢の残骸を放り捨てた。その間にもキャシーは部屋の中のクリアリングを黙々と続ける。一番部屋の奥でキャシーがOKのサインを田中に送った。どうやら罠は入口の一つだけらしい。


 唯一の入口から入ったその部屋は横に広い造りをしていた。長年放置されたせいか部屋の中は荒れ放題で、机や椅子などの残骸がそこかしこに転がっている。割れた窓から侵入してきたのだろうか、原型がよくわからない生き物の死骸も見られる。田中の元の世界の知識を用いるならばオフィスのような部屋と言うのが一番しっくりくるかもしれない。そもそも現地民が言う丸い塔とは円筒形のビルのことだし、石より硬い石材のような外壁はコンクリートだし。おそらく旧世界時代はオフィス街か何かだったのだろう。今では見るも無残な状態だが。


「ブービートラップは大層なものですが肝心の中身はしけてますね。使えそうなものは全くないです。錆びついています」


 入口付近で待機している田中の元へと戻ってきたキャシーは開口一番にそう言った。経年劣化でぼろぼろになったPCを抱えながら。


「すでに荒らされた後か。しかもトラップは残していくとかいう意地の悪さ。ろくな人間じゃないな。というかなぜにPCを抱えている?」

「ぴーしー?ご主人はたまによくわからない言葉を使いますね、困ったものです。やや、馬鹿にしたわけじゃないんですよ。なんとなくなんか可愛らしい外見してません、これ」


 田中は思った。アンデッドの美的センスはよくわからない。


「邪魔だから捨てなさい」

「もぅ、ご主人はわがままですねー」


 キャシーはきびすを返すと両手を大きく振りかぶり――PCをそのまま窓の外めがけてぶん投げた。


「いや、誰がそんなダイナミックな捨て方をしろと……」


 田中のドン引きしている声。


 そして、どこか遠くのほうで、ガッシャンと固いものが砕ける音がした。


 気を取り直して。


 二人はその階をある程度調べたのち、七階建のビルの中央にある錆びた階段を上がり、五階のフロアを探索し始めた。このビルで探索できる最後の階である。それ以上は崩落した瓦礫が階段を埋めてしまい、上がることは不可能であった。


 田中とキャシーは片っ端から部屋の中へと押し入っていく。先ほどトラップに引っかかったとは思えないほど堂々とした侵入だ。まぁ、槍で刺しても弓矢で貫かれても毒を盛られても死なないアンデッドがドアを開けてさらにクリアリングまでするのだ。トラップを仕掛ける側としては想定外も甚だしい。しかし、そんなキャシーでも開けられない扉がある。


 田中はドアノブに手をかざし、露骨に嫌な顔をした。


「おっと。この扉、魔術がかけられてるな」


 魔術によって閉ざされた部屋である。


 魔術による施錠は鍵を使わずに施錠する、というわけではない。文字通り扉を開けられなくさせる魔術だ。より強い魔術が付与された武器でぶち破れば開くこともできるが、そうでなければ同じく魔術によって解呪するか、どこか壁を破壊するしか侵入できない。そして無理やり壁を破壊する気は田中にはない。


 田中はぽつぽつと呟くと、錠前に向けて手をかざした。一瞬の発光。そして、ギィという音をたててひとりでに扉が動いた。鍵開けは得意なのだ。


「ご主人、後ろへ」


「頼む」


 まずはキャシーが慎重な手つきでわずかに開いた扉を開け、中を覗き込む。見える範囲内で仕掛け弓の類は見つけられない。一歩、室内へと足を踏み入れた。その後ろを少し離れて田中が低い姿勢で、銃剣を取り付けた小銃を構えながら続く。


 中は先ほどの部屋とは違い、瓦礫はほとんどない。代わりに壊れて朽ちた長机が無造作に置いてある。一見して会議室。罠があるとしたら長机と長机の間にブービートラップやトラばさみとかだろうか。


 キャシーは目を凝らしながら進んでいると、急にその足を止めた。しゃがみこみ、何やらごそごそしている。


「ご主人、ここですここ!なーんか嫌な感じだなぁと思ったらまさにビンゴです!ほら、鉄の糸の輪っかがありましたよ!」


 キャシーが指さす先、長机の残骸同士の間に輪っか状のワイヤーが設置されている。いわゆるくくり罠というものである。しかし設置されてから相当な年月が経っているのか、錆が浮き出てしまい離れたところからでも視認することができる。これではまるでワイヤートラップの意味を成していない。あれよあれよという間にキャシーはトラップを解除、ワイヤーを指でつまんでぶら下げながらドヤ顔をする。


 しかし、こんなところにくくり罠なんか置いて、いったいどうする気なのか。ネズミくらいしか取れないだろうに。田中には意図がわからなかった。


「よくやった。もう罠はそれくらいか?杭とか仕掛け弓とかはもう嫌だぞ」

「大丈夫です。もしあればすでに私が引っかかっているか、解除しているかのはずです。そういう動きをしていましたから」

「なら安心だ」

「もぅ。もうちょっと心配してくださってもいいんですよ」

「アンデッドを心配し始めたらすぐに心労で死んでしまうよ」


 キャシーは少しすねたそぶりをするとワイヤーを田中めがけて投げた。


 田中は輪投げのように銃剣の先を輪っかになったワイヤーに通して捕えると、くるくると小銃を回し、遠心力を加えてから逆にキャシーへ投げ返した。ぺちっと音をたててキャシーの頭に当たるワイヤー。


「いたーい!」


 当たったところを両手で押さえるキャシー。恨めしそうに田中を――


「だから……あまり心配させないようにしてくれ」


 そっぽを向き、田中はそう言った。


 キャシーはきょとんとして田中の背中を見つめ、それから「ふふっ」とこぼれ出る笑みが抑えられない。抑えられないなら全部出してしまおう。その場で機嫌よくくるくると回りながら、体全体で喜びを表す。


 案外、ご主人もかわいいところあるじゃないですか!


 なんて言えば怒られるから、心の中にとどめておくことにする。


「ちょこまかするな!痛ッ!剣先が足に当たって痛い!」


 結局怒られてしまった。


つづく

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