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第十一話 魔術師組合探検隊 その四

 窓から身を乗り出して辺りを窺うも、どこにも傭兵の姿はなかった。雨に飲み込まれる廃墟しか見えない。しかも調査隊のメンバーが一名足りない。トイレに行くと言って出て行ったきり戻ってこないのだ。田中とジャンの二人が確認しに行ったところ、トイレとして使っている部屋には誰もおらず、もぬけの殻であった。


 傭兵一人と調査員が一人消えた。人がパニックになるには十分すぎる内容であった。


 部屋の中央にある焚き木が爆ぜた。


 ほどなくして――「どうなっているんだ」「護衛は何をしているんだ」「こんなところから逃げないと」などと、皆が口々に騒ぎ始める。それは調査隊の隊長も同じで、本来ならばパニックになる隊員を冷静にさせるのが仕事だと言うのに真っ先に護衛の傭兵に食って掛かっている。唯一非戦闘員で冷静さを失っていないロッドは隊長をなだめるのに精いっぱいのようだ。そこで田中も気が付いた。


 この調査隊はもうだめだ、と。


 キャシーが袖を引っ張り、どうします?と視線で問いかけてくる。


 正直言って、んなもん知らねえと言いたい。言いたいのだが放っておくわけにもいかない。さもなければこの調査隊はおそらく朝を迎えられないだろう。


 やりたくはないのだが。


 田中は小銃から弾丸を一発残らず取り除いた。銃口を上に向けると引き金を引いた。


 耳をつんざくような発砲音がこの場から音という音を奪い去った。


 この場にいる全員の視線を一身に集めると、小銃をその場に置いてから口を開いた。


「何かがここに侵入している、あるいはこの周辺にいる。とにかく一人では出歩かないようにすること。部屋の外の見張りはああいう手合いに慣れている俺らでする。中はジャンたちに任せる。いいな?」


 有無を言わさない物言いであった。田中がこの場における主導権を握ろうとしているのは明白であり、一番理にかなった行動指針を示している。誰もがその言葉に従おうと揺れ動いた。


 しかし、傭兵という輩はだてに修羅場を経験しているわけでなく、こういう時に限って厄介なものである。


「ここで籠城するってのか?」


 静寂を真っ先に破ったのは隊長に詰め寄られていた傭兵であった。


 田中はうなずく。


「そうだ。それがセオリーだからな」


 傭兵の顔色がまともに変わったのがこんな暗がりでもはっきりと見て取れた。不穏な雰囲気になり始めてきた。


「ふざけんな……仲間がやられたんだぞ、そんなことしてられるか!俺たちがモンスターを探し出してぶっ殺してやる」


 さらに嫌な話の流れだ。しかしそんな勝手な行動をやらせるわけにはいかない。


「悪いことは言わないからやめておけって。朝まで耐えて、それから逃げたほうがいい」


「ちょっと待て、逃げるってことはここを放棄しろというのか⁉」


 次に意義を唱えたのは調査隊の隊長である。厄介な人ほど立ち直りが早いのは勘弁してほしい。


「正体不明のミュータントが縄張り面して歩いてるんだ。どのみちこれ以上の研究は無理だろ」


 淡々とした田中の口ぶりが頭に来たのか、隊長は顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。


「そんなことできるか!あの魔法装置の価値は未知数なんだぞ!それにまだミュータントがやったとも限らない……まさかお前、一目見たいとか何とか言って魔法装置を独占しようとして、実は下手人なんじゃないか?」


 よし斬ろう。


 そう思い田中が腰の剣に手を伸ばそうとし――一瞬早くロッドが田中と隊長の間に割って入ってきた。


「隊長さん、それはさすがに言いすぎだ。彼は我が魔術師組合の人間だ。その物言いは組合に対する侮辱とも取れるぞ」


 さすがに組合から派遣されたロッドに言われては、隊長は押し黙るしかない。些細な抵抗として恨めしい視線をロッドにではなく田中に向けている。


 田中はため息をついた。こうなるんじゃないかと薄々は思っていたが、こうも事態がめちゃくちゃなことになるとは。


 雨が降っているのだから視界ではこちらが不利。明かりなんて付けようものなら一方的に捕捉されてしまう。というかミュータントには視覚以外の感覚器官で周囲の状況を把握するやつもいるというのに、どうして不利なところで戦おうとするのかがわからない。どうせ駆除をするなら朝になって雨がやみ、視界を確保してからにするべきだろう。


 などといってももう後の祭りである。疑心暗鬼になっている傭兵たちや調査隊を説得することはできそうになさそうだし、説得するほど田中は根気強くもない。


 で、結局のところ、


「俺たちはモンスター狩りに行ってくる。こんなところで閉じこもってるような腑抜けじゃないからな!」

「私も多少は魔術を扱える。灯火持ちの代わりくらいはできる!」


 などと勇ましい言葉を吐き捨てて傭兵と調査隊の隊長は部屋を後にした。


 実のところ勇ましさなど全くない。早く原因となるモンスターを排除して恐怖から解放されたいという、要するに恐怖に屈しただけである。


 後に残ったのはおろおろとする調査隊の面々と呆れ顔のロッド、そしてジャンたち屑拾いたちだ。


 気まずい沈黙が立ち込める中、焚き木が爆ぜる音が虚しく鳴っている。


 キャシーは心配そうな表情で開けっ放しの扉を見ている。


「ご主人、彼らは放っておいてもよろしいのですか?」

「別にいいだろ。あいつらの好きなようにさせとけばいいさ」


 本心である。


 ミイラ取りがミイラになる必要などどこにもない。


 ロッドがその場に腰を下ろした。


「で、俺たちはどうする?これだけ非戦闘員を抱えて朝まで耐えられるのか?」


 ロッドは飄々としているが言葉の節々に強張ったものを感じる。


「まあ大丈夫だろ。とりあえず外から入って来られないように適当に窓を塞いでくれ。隙間は気にしないでいいから」


 傭兵は窓から連れ去られた。通路にあった窓が1m四方程度の大きさだったことから、それほど相手は大きくないと思える。力に関しては相当強そうだが。


「ブービートラップとかは作らないんですか?くくり罠とか」


 調査隊の一人が提案してきた。朝まで籠城することには賛成してくれるらしい。さっきの隊長よりは見どころがあるように田中は思えた。


「人相手ならまだしも相手がわからないからなあ……できて鳴子くらいかな」


 わああああああ――


 田中が言い終えるや否や男の悲鳴が聞こえてきた。フラグを立ててから回収が早すぎる。慣用句というわけではなく実際に頭が痛くなってきた。


「誰か勝手に鳴子を設置した奴はいるか?」


 キャシーがくすりと笑うが、逆に他の面々は表情を硬くするだけであった。


 田中は肩をすくめ、それから顔だけロッドの方へ向けると、


「なあロッド、先に言っておくけど俺は別にあいつらを放置しても寝覚めが悪くなることはない。身から出た何とかってやつだ。そこで相談なんだが、やっぱ助けに行ったほうがいいか?」

「お前さんの良心しだいさ。俺は行ったほうがいいと思うけどな」


 田中は頭をがしがしと掻くと、


「しゃーねえ。キャシー行くぞ!」

「承知しました」


 キャシーを伴って田中は都市迷彩柄のマントを翻した。


 ふと顔を向けると、キャシーがなんだか楽しそうに笑顔でこちらを見ている。


「どうした?」

「ご主人が誰かのために戦おうとするところなんて久しぶりに見たもので」

「いや、別にそういうわけじゃ……」

「ふふ、そうですね。そういうことにしておきましょう」

「おい、ちょっと待……!」

「先に行きますねー」


 田中の制止の声も聞かずにキャシーは一人部屋を飛び出した。慌てて田中も部屋から出るが、足取りも軽やかにキャシーの背中は闇の中で小さくなっていた。まったくあのアンデッドには困らされてばっかりだ。


 この日何度目になるかわからないため息をつき、田中はキャシーの後を追ったのだった。

つづく

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