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第二話 魔術師と刺客 その二

 さて、依頼主は誰だ?


 ルーカスは、ふんと鼻を鳴らすと無意味に胸を張る。そしてカッと目を見開くと、


「知れたことを!エンディミオンに隠れ潜む悪しきネクロマンサーとそのアンデッドどもを己の力で見つけ出し、倒すことで私の冒険者としての評価はうなぎ上り!その結果冒険者から勇者へとランクアップは間違いなし!そして勇者となった暁には飲み屋のねーちゃんにモテモテあんどきゃっきゃうふふ!そのためにはここで貴様に果ててもらわねばならない!我が明るく楽しいバラ色の人生のために覚悟しろネクロマンサーめっ!」


 魔術師はルーカスの妄言というか自身の欲望に素直すぎる言葉に、思わず呆気にとられてしまった。キャシーも同じくだ。そしてどちらからともなく顔を合わせると、


 ――ただの馬鹿だ。


 ――ただの馬鹿ですね。


 思うことは二人とも同じであった。しかしこれはこれで厄介なことになった。欲望のために動いている人間などどうやって言葉で丸め込めば良いのか。これでは依頼主に圧力や拳による誠意のこもった話し合いなどできないではないか。


 やはり話がこじれる前にここで始末するべきです、と視線で訴えるキャシーを言外に制して魔術師はなおも会話を試みる。会話ができる馬鹿ならよいのだが……。


「覚悟はしたくないな。まだ死にたくないし。というか俺は何も討伐されるようなことはしてないはずだが。廃墟街の探索はするが他のくず拾いどもみたいに法外なことは……していないぞ。税金も払っているし確定申告もしているし」

「たしかに表立って法外なことはしていないようだな。ご近所付き合いもいいみたいだし。まぁ表面上はな――」


 ニヤリとルーカスは不敵な笑みを見せた。


 魔術師はペストマスクの下でごくりと生唾をのんだ。


 こいつ、何を知っているのだ?


 だがしかし、とルーカスは続ける。何かとっておきの話をするような雰囲気だ。


「ネクロマンサーなんて基本的に悪い奴ばっかりってばーちゃんが言ってた。というか常識的に考えてそんなペストマスクなんて付けた怪しいネクロマンサーが悪いことしていないはずがない!いや普通はしている!しているに違いない!」


 魔術師は、瞬きを一度した。


「それだけか?」

「うん」


 ルーカスが頷いた。


 キャシーまでもが何やら合点がいたのかうんうんと頷いている。

 

「えーっと、魔術師たるもの神秘的要素ペストマスクは必須であり――」


 というか厳密にいえば俺はネクロマンサーではないのだが。と喉まで出てきた言葉を魔術師は無理やり飲み込んだ。


 そもそもネクロマンサー――死霊術師は魔術でゾンビやスケルトンなどを造り、操る魔術師のことを言う。れっきとした魔術師の一種なのだ。対してこの魔術師は魔術でキャシーを動かしているわけではない。


 便宜上ネクロマンシーと呼んではいるが、これは魔術ではなく魔術師がこの世界に迷い込んだ時に発現した特殊能力とでもいうべきものであるからだ。だから魔術で造るゾンビとは違い見た目のカスタマイズから力のリミッター解除、さらには自我の付与などもできるのだ。というかネクロマンシー――死霊術を扱うには自分の魔力は貧弱すぎるし、そもそもそれほどの魔術が使えるなら小銃なんかで武装などしない。だれが好き好んで金食い虫かつ魔術付与された防具すら撃ち抜けない弱武器を使わねばならないのか。


 などと思うところはあるのだが、そこのところを説明すると話がさらにややこしくなるし、特殊能力など不用意に話して変な奴らに目を付けられてはたまったものではない。


 俺は他のやつらとは違って無事に元の世界に戻るのが目的なのだから――


「そんなことはどうでもいい!さぁいざ尋常に勝負!」


 魔術師の内心の逡巡など気にも留めず勇み立つルーカスは再度魔術剣を向ける。魔術付与された刀身が怪しくきらめき、肉を斬り血を浴びるのはまだかと語りかけているかのようである。


 キャシーはいつでもそっ首引きちぎれるように身構えている。彼女にとって魔術師の命令は最重要ではあるがそれよりもなによりも、魔術師が傷つくことだけは何としてでも防がなければならない。


 はてさてどうしたものか、この殺気に溢れた若者をぶち殺して黙らせる以外の妙案が浮かばない魔術師である。


 まぁ、とりあえず。


「時間も時間だしまずは夕食とでもしないか。腹が減っては満足に戦えん。今朝いい牛のすじ肉が手に入ってね。一緒にどうだい牛すじカレーでも」


 などとお茶らけてみた。無論、本気ではない。彼のどうにも悪い癖なのだ。


 ルーカスと魔術師、両者見合ったまま身動き一つしない。膠着状態がこのままずっと続くかと思われた。が、先に動いたのはルーカスであった。


 ルーカスは剣を鞘へ戻すと、


「え、マジっすか。昨日の施療院代で金あんまりないっすけどいいすか?」





 以後のことについて端的に述べよう。ルーカスは魔術師やキャシーと一緒に夕飯をたらふく食べて、ついでに酒もたらふく飲んでそのまま帰路についた。


 千鳥足で夜の闇に消えていくルーカス改め酔っ払いの背中を見送りながら、キャシーはぽつりとつぶやく。


「ご主人、彼はいったい何をしに来たのでしょう……」


 魔術師は肩をすくめると、


「俺に聞かれても困る……」





 また次の日。


 野良猫の尻尾通りに面する木造二階建ての、通称幽霊屋敷などと言われる家の前にまたもや男が一人。三度の襲撃をもくろむルーカスであった。


「昨日はネクロマンサーの策略にまんまと乗ってしまった。カレーなんてものを出してくるとは汚い。さすがネクロマンサー、やることが汚い」


 魔術師がこの場にいれば勝手に乗ったのはそちらではないかと言っただろう。


 ルーカスはガントレットを付けた拳をぎゅっと強く握り空を仰ぐ。その顔には決意の色が全面に溢れ出ていた。


「今日こそはこのエンディミオンに隠れ住む悪しきネクロマンサーを倒して俺は勇者としての第一歩を踏み出すんだ。マルス神にかけて!負けるなルーカス!憶するなルーカス!では」


 ルーカスはドアノブを握ろうとし――その前にドアが重い音をたてて開いたではないか。


 え?と固まるルーカス。ドアの向こうにいたのは魔術師でもなければキャシーでもない。バケツヘルメットの異名をもつ装飾されたグレートヘルムをかぶり、魔術強化された完全金属鎧に身を包んだ屈強な男が一人。その胸に燦然と輝くのは一般市民の誰もがヤジを飛ばす、治安維持局の実働部隊を表す太陽十字を基にした紋章――都市十字。


「な、なんで都市警がこんなところに⁉」


 役人の犬、またの呼び名を自由都市エンディミオン治安維持局警吏部隊こと都市警である。本当に予想外だったのであろう、驚きでルーカスの声が震えている。


「いやぁね」


 都市警の巡察官がルーカスとの距離を一歩詰める。


「今朝、二日前からたびたび武装した怪しい男が敷地内に不法侵入してくると通報があってね」


 ルーカスの左右の後背から別の巡察官が音もなく現れた。腰には幅広で大型の、いかにも威圧感溢れる剣が差されている。


「え、いや、俺はただネクロマンサーを退治しようと」

「おかしいですね。役所には何も届け出は出てないみたいですけど。私闘は刑法違反ですよ」

「あ、えっ、それはその……」

「詳しい話はあとで聞くとして、とりあえず詰所まで同行願えますかな?おい」


 合図とともに巡察官二名がルーカスの両腕をがっちりと固めた。連れて行かれてはかなわないとルーカスは何とか脱しようともがくが、まるでびくともしない。


「違う違うんだ!俺は勇者になるためにちょっとまってお願い話を聞いてー!」

「はいはい。話は詰所で聞きますから。さ、暴れないで一緒に行きましょう」


 何やらわめきながら巡察官にずるずると引きずられていくルーカス。その光景を見ながら玄関にいる巡察官はため息をつくと、背中を振り返った。いつの間にいたのだろうか、ペストマスク姿の魔術師がそこにいた。


「いやぁ、任務ご苦労様です」


 この魔術師、思い通りに事が運んでうれしそうである。


「いえいえ。これも都市警の仕事なので。ですが貴方も貴方ですよ“タナカ”さん、そんなマスクしているからこのようなことに巻き込まれるんですよ」

「何をおっしゃいますか。魔術師たるものミステリアスな雰囲気が必要でしょ」

「ミステリアスではなく「胡散臭い」ですよ。そのマスクは。うちのキッドマン局長もあいつは胡散臭いとおっしゃっておりましたから、治安維持局お墨付きの胡散臭さです。何はともあれご協力ありがとうございます。それでは私はこれにて」


 敬礼をして巡察官はのっしのっしと去っていく。彼らにはこれからルーカスにきついお灸を据えてもらわねば。それも二度とネクロマンサー退治などと世迷いごとを言わないくらいに。


 まぁ一週間くらいのさらし首なんかが妥当じゃないか、などと魔術師――田中は思った。それは神のみぞ……いや役所なのだからお上のみぞ知る、である。


「わざわざ都市警なんて呼ぶ必要があったんですか?あの程度月のない夜にでも私が始末しますよ」


 出番を都市警にとられたことにご立腹なのか、キャシーはふくれっ面で完全鎧の背中をにらんでいる。


「いいんだよあれで。厄介ごとは公的機関に助けてもらうのがベストさ」


 ですが……となおも食い下がるキャシー。田中はその頭に手をあてわしゃわしゃと撫でてやると、キャシーはくすぐったそうに首をすくめた。


「俺たちは今都市の中にいる。都市の中にいる以上はその都市の法に従わないと。住民たるものこれは守らないと」


 諭すような話し方である。または昔のことを思い出しているかのよう、ともいえる。


「人として、ではないのですね」


 田中は微笑みかける。


「それだとアンデッドのキャシーが仲間外れになるからな」

「あらお優しい」

「魔術師たるもの従者に優しくないと」


 クスクスというキャシーの笑い声を残してドアは閉じられた。


 魔術師の家はしばしの間、静けさを取り戻したのであった。


おわり

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