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第十話 狼憑きと神殿騎士 その三

 件の冒険者は組合所の一階ロビーで長椅子に腰を掛けていた。


 その姿を見て田中は納得した。たしかに腕利きというのは間違いないだろう、と。


「紹介しよう、冒険者組合により派遣されたエーミルさんだ。職業は元神殿騎士だ。これほど適任な人はまずいないだろうな」

「エーミルです。よろしくお願いいたしますわ」


 エーミルと紹介された冒険者は立ち上がると、凛とした透き通る声とともに礼儀正しくお辞儀をした。


 分厚いマントに分厚いサーコート、その隙間からちらりと見えるのは全身を覆っている頑丈そうなチエインメイル。ちなみにサーコートとはワンピースみたいな形をした鎧の上から着る陣羽織みたいなものである。頭には通気性が心配になるグレートヘルムという、巷ではバケツヘルムなどと揶揄される頭全体を覆う糞ダサ兜をかぶっている。凧に似た形の盾には灰地に黒十字の紋章。腰にはメイスという重装備っぷり。


 元神殿騎士と紹介されたが、まったくもってテンプレ通りの神殿騎士の装備だ。ここで言う神殿騎士とは別名宗教騎士とも呼ばれる教会お抱えのプロの戦闘集団である。もちろん戦闘能力は非常に高い。


 田中は遅れて名前を名乗ろうとしたところ、エーミルは手で制した。


「お話は伺っております。ペストマスク姿で死霊術を扱う魔術師とその従者のアンデッドというのは、冒険者界隈でも教会でも有名ですわ」


 グレートヘルムのせいで表情はわからないがおそらく笑顔でいてくれているのだろう。


「一緒に頑張りましょう、異教徒とその従者。ともに邪教徒を滅ぼしましょう!」


 田中は納得した。たしかに今回の仕事においては一番の適任なのかもしれない。教会からしてみれば狼憑きはいわば悪魔に心を売り渡した信仰の敵。神殿騎士がやる気になるのは当然だ。


 ただ、ネクロマンシーを扱うからと言って自分たちも異教徒呼ばわりするのは如何なものだろうか。たしかに田中は人種からして異教徒だし、キャシーはアンデッドで教会の敵には違いないのだが。


 あとグレートヘルムの隙間からフゥー、フゥーと息が漏れ出しているのが殺人マシーンみたいでものすごく怖い。なんだか後ろから撲殺されそうな、装備も相まって威圧感の塊である。


 たまらず田中は尋ねた。


「エーミルさん、とりあえず今から聞き込みとかしようと思いますが……えーっとその装備なんですけど」

「お気遣いありがとうございます。ですが信仰をもってすれば暑さなど大した問題ではありませんので」


 田中は気まずそうな顔をして、


「いや、その……暑そうだなんて一言も言ってないですけど」

「暑くなどありません」

「えーっとそのもしかして暑」

「暑くなどありません」


 食い気味に言葉を重ねてくるエーミル。


 しばらくフゥー、フゥーという息が漏れる音だけがしていた。


 おもむろに田中がキャシーに小声で話しかけた。視線はエーミルに向けたままで。


「キャシー、昔の話なんだが、寺に火を付けられた坊主がいてな。燃え盛る火の海の中念仏を唱えて耐えようとするんだ」


 寺とか念仏というものはいまいちピンとこないが、言わんとしていることはキャシーもわかる。


「で、そのあとはどうなったんですか?」

「全員焼け死んだ」

「何と言いますか、それの再現を現在進行形で見ている気がしますね」


 うんうんと頷きあう二人。


 エーミルは二人の会話など気にも留めず、メイスを抜いて組合所の出入り口を指示した。


「さて、邪教徒とその従者、さっさと狼憑きを探しにいきますわよ」


 田中の呼び方が異教徒から邪教徒に下げられていることに気が付いたのは、エーミルが町行く市民に聞き込みを開始してからしばらくたってからであった。





 とにもかくにもこのエーミルという元神殿騎士は、戦の腕前ならロッドが言ったようにピカ一なのだろう。しかし、この手の依頼で重要なのは強さではない。シティーアドベンチャーで一番重要なのは、いかにして情報を集めるかである。そのことを田中は実感していた。


「情報が全くありませんわ!」


 道の真ん中で頭を抱えて絶叫するエーミル。あれから数刻、事件現場の周辺で都市警を避けつつ、道行く人々にエーミルは事件について尋ねるも収穫は全くのゼロ。


「そもそもなぜ皆さん目も合わせてくれないのですか!?」


 がっくりとうなだれるエーミルを見下ろし、田中はため息をついた。


「そりゃそうだろ……いきなり神殿騎士の姿したやつに冒険者風の狼藉者が出没してないかなんて聞かれたら、俺だって言葉を濁すわ。関わり合いになりたくねーからな」


 良くも悪くもエーミルは神殿騎士なのだ。神に仕える職業の人たちに多いのだがどうにも他人への態度が大きい。本人たちに自覚はないのかもしれないが、皆が協力して当たり前という態度をとる人に協力しようとする人はいるまい。しかもそれが完全装備の神殿騎士ときた日には教会がらみの案件かと邪推する人も出てくる。都市の住民は特に宗教がらみの面倒ごとを嫌う。面倒だからだ。


 しばらく一緒にいたからわかるのだが、どうも邪教徒(邪教徒ではない)の討伐に盲目的になりすぎているように田中は思った。


「た、たしかに……話しかけた人たちはあまり話を訊いていただけているようには見えませんでしたわ……。これでは邪教徒の討伐ができず、主に顔向けができません」


 うなだれるエーミルはとうとう四肢をついて落ち込んでしまった。神殿騎士が魔術師の前で頭を垂れているというのはよほど奇異に映るのだろう、市民がちらちらとこちらを盗み見ている気配がする。このままでは目的のブツを奪還する前に都市警の世話になってしまいそうだ。


「とりあえず聞き込みはこっちでやるから、エーミルは目標が見つかるまでは傍で待機してくれ」


 つまり何も口をださず大人しくしていろ、ということだ。それが伝わったかどうかは田中には分らないが、やっとエーミルは頭を上げた。


「ううっ、邪教徒のくせにお気遣い感謝いたしますわ」

「お礼を言うのか貶すのかどちらかにしろ」


 ほんとうにめんどくさい騎士様だと田中は思った。




 結局、エーミルの代わりにキャシーが聞き込みを行うことにした。


 エーミルと比べるとキャシーの聞き込みは非常にスムーズであった。いや、比べ物にすらならない。日が落ちる頃にはサクソンが潜伏しているであろうだいたいの場所が絞り込めるほどであった。


 キャシーが別段交渉が上手かったというわけではない。違いとしてあげるならエーミルとキャシーの情報に対する認識の違いか。情報とはいわば飯の種である。そんなものをはいそうですか、と濫りに人に教えては都市では生きてはいけない。都市で生きるにはどこまでも強かでいなければならないのだ。ゆえに「ビールを一杯飲みたいなあ」とか「ベーコンの串焼きがあれば思い出せるのに」などと言う者が多くて、少なくない出費が出てしまったが。額の少ないものならキャシーもある程度は応じていたが「樽いっぱいの葡萄酒があれば思い出せそう」などとほざく輩は、漏れなく物陰に連れていかれた。どうなったかは推して知るべしである。


 日も落ち、田中たちは魔術師組合の組合所の近くにある飯屋にて、本日の収穫の整理をしていた。ただ三人が囲んでいるテーブルの上は料理でいっぱいになっているし、当然のごとく酒も頼んでいる。


「つまり、その平穏穏やかざる区域に潜伏している可能性が高いと?」


 豚の腸詰の欠片を口に放り込みながら田中は尋ねた。塩気が利いていて美味い。口いっぱいにパスタを頬張っているため返事ができないキャシーは、首を縦に振ることで答えた。もっしゃもっしゃと咀嚼し、葡萄酒で一気に流し込む。


「物乞いから聞いた話です。尻尾のない鼠地区の暗がり通りで、ここ数日で何人か消息不明者が出ているみたいです。まあ浮浪者やゴロツキどもの巣窟ですから、わりとよくあることだとか。都市警もあまり気にしていないようです。ですが数が少し多いですので、おそらく消息を絶った方のうち何人かは下手人によるものでしょう」

「十中八九そこでしょうね」


 エーミルも同意した。赤茄子と二枚貝のパスタをフォークでつつく彼女は、さすがに飯時なのでグレートヘルムを外している。見た感じ20も半ばほどだろうか。兜の下は金髪碧眼でつい視線を向けてしまうほど奇麗な容姿なのだが、どうにも融通が利かなさそうな顔をしている。神殿騎士に就職するとこういうお堅い顔になってしまうのだろうか。


「では早速邪教徒狩りに!」


 エーミルは嬉々とした顔で、椅子を蹴倒して立ち上がる。邪教徒を盗伐したくてたまらないらしい。しかし、田中がそんな彼女に水を差す。


「行くわけないだろうが」

「なぜ!?」


 悲痛な叫びをあげる彼女に田中は淡々と言う。


「鼠地区なんて危ない場所にこんな時間から突撃をする阿呆がいるか。それに大まかな場所がわかっただけで、その通りのどこにいるとかも分かってないんだぞ」


 ぐぬぬ、とエーミルは何も言い返せない。


「エーミルさんや、信仰が大事なのはわかる。だから俺たちを異教徒とかその従者とか呼ぶのは別に構わない。ただ気に食わんかもしれないが俺たちはチームで動いている。信仰で周りが見えなくなる、なんてことは止めてくれよ」

「わ、わかってますわ!」


 ぷいとそっぽを向くエーミル。


 そんなエーミルに気付かれないようキャシーは押し殺したような声で笑っている。


 田中は今日で何回目になるかわからないため息をつき、思う。


 もし狼憑きとなった冒険者と対峙したとき、はたして自分たちで対処できるのだろうか。仕事を引き受けた時と比べて、その自信ははるかに弱弱しいものとなっていた。


 ――らしくないな。


 ペストマスクの奥で自嘲すると、不吉な考えを流すように一気に葡萄酒を呷った。


 そして朝が来る。

つづく

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