第十話 狼憑きと神殿騎士 その二
田中が魔術師組合に加入して日は浅くはない。しかしながら応接室に通されたのは初めてのことである。
部屋の中央にはレッドオーク製と思わしき赤みがかった立派な木の机。入口側の椅子に座る田中とキャシー、その横にはロッドが直立不動で控えている。田中の正面、贅沢にもガラス製の窓を背にして座っているのはロッドと同じく組合の人間である。歳は四十から五十といったところか。ただ、纏う雰囲気というか着ている召し物からして、ある程度の地位の人らしい。あいにく組合にあまり行かない田中には、このおっさんがどこの誰なのかはわからないのだが。
「で、要件は何ですか?俺も暇じゃないんで」
傍から見てもやる気がなさそうな田中である。早く帰らせてくれと言外に要求している。
そんな田中とは対照的に組合員は神妙な面持ちで口を開けた。
「単刀直入に言う。今、エンディミオンで起こっている殺人事件の解決に手を貸してほしい」
田中はペストマスクの下で露骨に嫌そうな顔をした。
厄介事を押し付けようといるのは明らかであった。
「それは都市警の仕事でしょうが。ただの屑拾いが扱う案件ではないですよね」
田中が言うことは全くの正論である。都市内部で発生した事件の対処にあたるのが都市警の仕事なのだから、そこで魔術師組合が出てくると言うのは不自然極まりない。下手すれば治安局から抗議が来るレベルである。
「それはそうなのだが……」
組合員の表情が渋いものとなる。葛藤かそれに近いものが組合員の中で渦巻いているらしい。どう考えても厄介ごとに他ならない。
「なんですか、都市警に出張られてはまずい事情でもあるんですか?」
とりあえず探りを入れてみることにした。さてどういう返しが来るのか。
「詳しくは言えん。仕事を承諾してくれなければ……全ては話せん」
予想通りというわけか。
田中は大仰にため息をついてみせる。そして入室してから一言も話していないロッドの方を向くと、
「おいロッド、これじゃ話にもならねーぞ。仕事内容は伏せるけど引き受けてほしいとか、いくらアウトローで組合行事に参加しない屑拾いとはいえ道理がなってないぞ。犯罪行為でもさせるんじゃないだろうなあ」
ロッドは何も言わず肩をすくめるだけ。これだから組合ってやつはいけ好かない。
「キャシーも何か言ってやれ」
「わかりました。で、引き受けるとして、いったいどういう内容ですか?あと事件の内容も詳しく」
「おお、引き受けてくれるのか!」
「はい、ぜひとも。時にご主人、なぜ頭を抱えているのですか?」
キャシーは不思議そうに首を傾げた。田中は頭を跳ね上げると、
「何承諾してんの⁉これ完全に断る流れだったよね?」
「ご主人、普段から組合行事に参加しないのですからこれくらいやっても罰が当たらないのでは?」
「そういう問題じゃねえよ!」
「ええ⁉でも組合費払いたくないってご主人も言ってたじゃありませんか!」
「それとこれとは違うんだよ!ったく……」
田中はバリバリと頭を掻きむしると、組合員の方へと向き直った。
「引き受けてやるよ、うちの従者のお願いだからな。だから包み隠さず全部を話せ。こっちもそれなりの準備がいる」
田中の言葉で組合員の顔に安堵の色が浮かぶ。
「ああ、引き受けていただくからには話そう。現在魔術師組合が陥っている状況をな」
だから依頼の内容を伝える前に不穏なワードを使うんじゃない。
大きくうなずいてから組合員は机に両肘を立てると、口元で手を組んだ。そして田中を見据えてゆっくりと話し始めた。
「先ほども言うたように先日殺人事件が起きた。しかも発見者曰く人の手で行われたとは思いたくない状態でな……猟奇的殺人というやつだ。被害者はうちに所属している魔術師だと思われる。というのも遺体の損壊が激しすぎてな……服装と体つき、そして事件以後組合に来ていないことからそう判断した」
都市警はゾンビかグールの仕業と疑っているがな、と組合員は付け足した。
組合員が殺されたから下手人を追っている?いや、違うな。田中はその考えを捨てた。それこそ都市警に任せておけばいいことだ。余計な詮索をせず田中は続きを促す。
「幸いなことに犯人はわかっている。冒険者組合に所属しているサクソンという冒険者だ」
さすがに呆れた。
「なぜそれを都市警に伝えない。そのほうが早く事件は解決するだろ」
田中の疑問に対して組合員ではなくロッドが口を挟んできた。
「伝えられない事情がある。サクソンと被害者は二人で共謀して組合の倉庫からある魔術的な道具を盗み出したからだ。おそらくどこかに売りさばくためだったのだろう……今となってはわからんが」
話がきな臭くなってきた。
「事件の前日、彼ら二人が何やら話し合っているのを見たものがいる。そして犯行は完全に内部の手引きによるものだった。状況的に被害者の魔術師がやったに違いない。そして逃走中に仲間割れか何かでサクソンは相方を殺害。その後、このエンディミオンのどこかに潜伏している――と我々は考えている」
組合員はいったん話を切る。そして深く深呼吸をすると、一思いに言い切った。
「我々の目的は都市警よりも先んじてサクソンの確保、あるいは排除。ならびに魔術道具の奪還である」
つまりどういうことだ?頭の中で整理してみる。
組合の魔術師と冒険者が手を組んで魔術道具を窃盗。逃走中に仲間割れして冒険者が魔術師をぶっ殺した。そして魔術道具を奪ってどこかへ隠れたと。なんというか非常にありきたりな設定である。
田中は横目でキャシーを見た。キャシーもまたこちらを見ていた。
要するにだ。
「治安局に魔術道具の管理体制とかに首を突っ込まれるのが嫌だから、都市警よりもさきに回収して物取りの犯行でないように偽装しろってか。あんたらも管理責任とか問われるとマズいもんなあ」
組合員のこめかみがひくついた。田中の物言いに、相当頭にきているようだが組合員はそれ以上顔には出さずに抑える。
「とにかくこちらで掴んでいる情報はこれだけだ。犯人の確保と道具の奪還、貴殿の腕を見込んでこの任務を任せる」
田中は立ち上がろうと――素早い動きで組合員の襟首をつかんで締め上げた。
「おいタナカ!何をする!」
ロッドが田中を取り押さえようと動いた瞬間、それを阻むようにキャシーが目の前に立ちふさがる。ロッドも魔術師である。自身の前に立つ眼帯の少女がアンデッドであることも知っているし、彼女の恐るべき身体能力も知っているし、この距離では絶対に勝てないことも分かっている。魔術を発動する暇すらなく主の御許へ送ってくださるだろう。
田中は組合員の襟首を離さず、顔を近づけた。
「一つ忘れているぞ。その魔術道具についてだ」
うっ、と組合員はうめき声を上げた。それは絞められて苦しいから発せられたものではない。
田中はさらに訊く。
「全部話すって言っただろ。先に約束を破ったのはあんたの方だぞ。話したくないのは十分わかるけどよ、もしそれが攻撃的なもんだった場合、対策をしないとこちらがやられるんだよ。あのなあ、外じゃ簡単に人は死ぬんだよ。そういうことを防ぐためにも道具についての情報がいる。御託を垂れる暇があるならさっさと答えろ」
やっと田中は組合員の首元から手を離した。激しくせき込む組合員にロッドは小走りで駆け寄った。今度は、キャシーは邪魔をしようとはしなかった。
「その点については申し訳ない。説明は……する」
組合員は居住まいを正して椅子に座りなおした。そして数回深呼をして落ち着いてからポツリポツリと魔術道具について話し始めた。
「それは……人を狼憑きにするアミュレットだ」
狼憑き、いわゆる人狼というやつである。もちろん御伽噺の中の存在であり実際に存在するなんて微塵も思っていない。ただ人狼のように肉体を強化させるならば話は別である。
「狼憑き……か」
胡散臭い。ひじょーに胡散臭い。
「狼憑きと言っても人狼とかになるわけではない、そういう名称なのだ。ただ使ったものは発狂して狂人となる……と伝えられている。サクソンはおそらく仲間割れの際に誤って道具を使って発狂、犯行に及んだのかと」
「わからん、伝えられているとはどういうことだ?組合の誰かが作ったんじゃないのか?」
魔術を付与しなければ魔術道具とは言えない。だからアミュレットに魔術を付与した魔術師に訊けばそれがどういうものか詳しくわかるはずである。
組合員の代わりにロッドが答える。
「廃墟街で発掘された――旧帝国時代よりもはるか昔、魔法文明時の遺産だ」
今度は田中が押し黙る番であった。
――よりにもよって旧世界の魔法装置か。
ペストマスクによって見えないが田中の額を汗が一すじ流れ落ちた。
魔法装置は廃墟街で発掘される、遠い過去に失われた魔法を発動することができる道具である。現在作られるものとは製法も魔術形態も異なっており、したがって通常の魔術道具と違い癖が強すぎて取り扱いが難しい。いったい何がトリガーとなって魔法が発動してしまうのか皆目見当がつかない。しかしその分裏では高値で取引される。
「だから金になる、と考えたのやもしれん」
またせき込む組合員。すこし強く絞めすぎたかな、と一瞬だけ田中は思ったが、よくよく考えるとやっぱり向こうが悪いのだから仕方がないと割り切ることにした。
「わかった。十分だ。とりあえず狂人が襲い掛かってくるから、それを返り討ちにして魔法装置を分捕ればいいんだな?」
組合員が苦しそうだったので代わりに田中はロッドに尋ねた。
「簡単に言うとそういうことだな。とりあえず、潜伏場所を暴いてくれ。そして手が出せなさそうならこちらから増援を出す」
「魔術師組合がか?学者先生を呼ばれても困るぞ」
「違う、うちじゃない。冒険者組合からだ」
冒険者組合、と田中はその言葉を反芻した。
そういえば下手人は冒険者と言っていたがそういうことか。
「今回の魔術道具の奪還は魔術師組合と冒険者組合とが協力して行っている。うちからは魔術道具の魔力感知や適切な保管を含め、都市内でも戦える者を。冒険者組合からは口が堅い手練れを」
「大事だな。魔術師組合はブツの奪還を、冒険者組合は不届きものの始末を……か」
ロッドは何も答えようとはしない。聞いていないふりをしている。
「一応、キャシーちゃんがいるから大丈夫だとは思うが、タナカにも一名冒険者と行動を共にしてもらう」
田中はペストマスクの下で思いっきり顔をしかめた。
「そう嫌な顔をするな。腕は確かだから安心しろ」
マスクで素顔は見られないというのに、どうやら雰囲気でばれてしまったらしい。
「で、報酬は?」
それが重要である。たぶん組合の仕事の報酬から想像するに、かなり渋い報酬だろうと思う。だから特に期待はしていない。今期と来期の組合費が免除になるのと、いくばくかの現金くらいがいいところだろう、と田中は予想した。
「今期の組合費の免除。あとお前さんには特別に組合図書館の赤い棚の閲覧権を与えるとよ」
予想以上だった。
魔術師組合には魔術師たちによって集められた本が大量に収められている。それらを用いて魔術師たちは自身の研究や、魔術の習得などを行っている。そしてその図書館には赤色の棚に納められた書物がある。曰くカガク文明や魔術文明などの時代について記されたものばかりを集めたものである。禁書の類になるため一般組合員は閲覧できない規則である。もちろん田中にも権限はない。
しかし、それを読むことができれば元の世界に帰る手立てがわかるかもしれない。少なくともヒントになるようなものを見つけられるかもしれない。
そう考えたら全然悪くない仕事である。
「わかった。任せろ。で、その冒険者とやらはどこにいるんだ?」
つづく




