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第五十九話 あなたが一番欲しい物 その六

 リデルやアヴェンジャーよりも早く、ニトは身構えつつ音がする方を向いた。


 松明の一つもない暗い通りの方から、こちらに向かって歩いてくる影が二つある。片方は中肉中背、もう片方はシルエットでもわかるほど大柄な男だ。たまたま近くを通りがかった市民――ではなさそうだ。


 自分たちに用があるのは、一切の迷いなく一直線に近づいてくることから明らかだ。


「お取込み中のところ悪いんだけど、私たちもその子に用があるのよね」


 スキンヘッドの頭部に、もみあげだけを伸ばして三つ編みにしている一風変わった髪型の大男だ。唇が夜だというのに赤々と浮かんでいる。服の上からでもわかるほど筋肉質である。拍手していたのはこの大男らしい。銀ギラ銀で趣味の悪い手袋をはめた手を、厚い胸の前で合わせている。


 もう一人はそんな大男の横にいるせいか、標準的な体格だというのに木の枝のように細く見えてしまう。腰に剣を帯び、服の裾からチェインメイルの端が見え隠れする。佇まいからおそらく傭兵だろう。真っ青な顔をしてリデルを、その後ろに広がる惨劇を凝視している。


「おい、助けると言っていただろ……」

「あら、ごめんなさいね。間に合わなかったわ」


 言葉とは裏腹に一切の感情が籠っていない。


 初めから囮ってわけか、と傭兵は顔をしかめてつぶやいた。


 大男はリデルのことを上から下までじろじろと見た後、興味深そうにふぅんと唸る。


「可愛い顔してえっぐいことするのね。貴方をおびき出すための餌が、みーんなバラバラになってるじゃない。あーやだやだ。これ以上近づいたら靴が汚れちゃうわ」


 いったい何がそんなに愉快なのか、大男は口元を手で覆うと薄く笑う。


「ほんと、スプリガンっていう噂は大体合ってたってことね。バケモノに変身する以外は」


 惨劇を引き起こした張本人を前にしているにも関わらずに挑発する。


 ただ、無言でリデルは斧を握りなおした。その小さい背中から殺気が吹き出す。


 大男は目を細めた。


「あら、怒っちゃった?ごめんね。でも今の貴方って、バケモノに変わりなくてよ」


 呆れ顔で傭兵が声をかけた。


「オデッセイさん、それくらいにしておいてくださいって。とりあえず俺は報告に戻りますから。後頼みましたよ」


 傭兵は正面を向いたまま数歩下がると、あとは闇の中に姿を溶け込ませた。オデッセイだけがその場に残される。もちろん、このままみんなで仲良くお茶をするなんてことにはならないだろう。


 第一そんなこと自由都市エンディミオンの都市警であるニトが認めるわけにはいかない。油断なくオデッセイを見据えながら剣の柄に手を伸ばす。


「あんたたち、シンジケートの構成員ね……」

「あら、やだわかっちゃう?とうとう私も日向の世界に来たのかしら」


 オデッセイは気味悪く体をくねくねとさせる。声も若干弾んでいる。


「残念、あんたたち犯罪結社はいつまでたっても日陰の世界に生きるのよ。下部組織を囮に使うような外道なんて特にね」

「威勢のいい小娘ね。そういう子、嫌いじゃないわ」


 背筋を悪寒にも似た冷たいものが駆け抜けた。冬だというのに額に脂汗が滲む。


 オデッセイの値定めするかのような視線に射抜かれ、ニトは思う。


 ――これはマズい。


 何がマズいかはわからないが、この男と相対するのは非常にマズいッ!


 しかし、すでに状況は取り返しのつかないところまで進んでいた。誰もリデルを止めることなどできやしないのだ。


 リデルがほんの少し態勢を低くした。長柄のバトルアックスの、その末端を握っている。


 嫌な予感が脳裏を過ぎり、ニトは制止しようと口を開け、


 一瞬リデルの姿を見失った。


 リデルが予備動作なしに跳躍したのだ。おおよそ人間にはまねできない速度で、オデッセイとの一近距離を詰める。さながら赤い閃光のごとく。


 狂喜に目を輝かせ、すべての体重を斧刃の先に込めて頭を狙った。


 オデッセイは微動だにしない。余裕すらうかがえる様子で不敵に笑った。


「うふふ、見かけによらず積極的なのね――と、冗談はこのくらいにましょう。さて、喧嘩を売った落とし前をつけてもらおうじゃないのッ!」


 そして――呆気なく、リデルの突撃は止まった。


 振り下ろしたはずの斧刃が空中で不自然に静止した。


 リデルの顔に困惑の色が浮かぶ。


 どれだけ力を込めようとも、これ以上バトルアックスが振り下ろせないのだ。まるで斧の柄が何かに逆向きで引っ張られているかのようだ。


「茶番はお終いよ――」


 オデッセイの右拳がリデルの腹に突き刺さる。バトルアックスは宙に浮いたまま、リデルの身体だけが後ろへと吹き飛ばされた。


 リデルは地面を数回バウンドし、盗賊の血に身体を汚しながら素早く態勢を立て直した。立て直すと同時に左腕を一閃する。風切り音と共に左腕からブレードが射出された。


 オデッセイはその仕込み武器に少々驚いた様子で、しかし避けようとはしない。避ける必要がそもそもない。


 突如として盗賊の死体が握っていた剣が浮き上がり、高速で迫るブレードを弾いたのだ。ブレードは勢いを保ったまま明後日の方向へと流れる。刃の半分ほどまで壁に突き刺さり、ようやく止まった。


 左腕を引くがかなり深く刺さったらしく、ちょっとやそっとでは抜けない。


 リデルは舌打ちをしてブレードと左腕とをつなぐワイヤーを切り離す。


 そして確信を持って悪態をついた。


「貴様、魔術師かッ⁉」

「あら今さら?鈍い子ね」


 バトルアックスが急に地面へと落下した。代わりにオデッセイの周りに、盗賊たちの得物であった剣が三本浮かび上がる。まるでそれ自体が意思を持って動いているかのように切っ先をリデルに向ける。

つづく

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