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第八話 剣と魔術と外注業者 その二

 店主が小銃を持って、店の奥の扉へと消えていった。


 手持ち無沙汰になった田中は、葡萄酒に口を付けつつ、先ほどキャシーがしていたように店内の商品に視線を向けた。魔術師としての腕はよいのだが、どうしてもここの店主は趣味に走るきらいがある。何重にも魔術的強化がされているとはいえ、誰がエグゼキューショナーズソードなんて剣を使うというのか。


 隣ではキャシーが田中の肩にもたれかかって船を漕いでいる。軽くなった財布と気楽そうなキャシーの寝顔で田中がため息をつきそうになったとき、ノックもそこそこに入口の扉が開いた。


 店員でもないのだが反射的に入口の方に顔を向ける。


 来店したのは長い髪を一まとめにした女性であった。勝気な雰囲気を漂わせ、また立ち振る舞いが堂々としており、失礼かもしれないが女性らしいと思う前に男らしさを感じずにはいられない。あと少し目つきが悪い。


 女性は店内をぐるっと見渡してから田中、キャシーという順に視線を動かして、


「店主は?」と訊いた。

「奥にいるが……」


 田中は答えつつ、キャシーの頬を軽くたたいて目を覚まさせる。とはいえ未だ焦点が合っていない。よだれも垂れたままだ。


 女性はカツカツと靴底を鳴らしながら店内に入っていく。その後ろ、扉の向こうには屈強な体つきの男が一人いる。1.5メートルくらいの木箱を大事そうに抱えている。その男も女性に続いて店内に入ってきた。あっという間に四人、少し窮屈に感じる。


 田中が葡萄酒を呑みながら彼女らの顔を横目で見ていると、男と目があった。とくに睨まれるとかはない。しいて言えば少し辛そうな表情をしているということか。


 女性は田中の横までくると、


「あら、魔術師がこんなところに来るなんて珍しいわね。まさかお客?」

「まぁ、一応。アフターサービスを受けに」

「あふたー……?まぁいいわ。私ら鍛冶屋以外にもお客が来ると知って少し安心したわ」


 鍛冶屋と聞いて田中は少し驚いた。鍛冶屋と聞いてイメージするのはがっしりとした体格で髭面のおっさんであり、なんなら後ろに控えている付き添いの男のほうが鍛冶屋らしい姿である。


「そろそろ……」


 付き添いの男が急かすように言う。


 はいはいわかってるって、と制してから鍛冶屋は店の奥に向かって大きな声を出した。


「おい店主聞こえているか?約束のものを持ってきたわよ」


 ほどなくして、


「なんじゃい、店が狭いんだからうるさい声をだすんじゃあない」


 店主が顔をしかめて店の奥から出てきた。


「鍛冶屋はうるさくてなんぼなの」

「鍛冶屋?おお、誰かと思えば親方さんかい。そうじゃった、そうじゃった。そういえば今日は引き渡しのもんがあったな」

「歳は取りたくないわね。ほら、これよ」


 鍛冶屋の合図で、付き添いの男が木箱を床に置き、ふたを少しだけずらした。その中には梱包されている剣が3本。まるで自身が光を放っているかのような生産したばかりの新品のロングソードである。鍛冶屋は入口の方を指差して、


「表に止めている荷馬車の中に木箱が三つ。足元のこいつは一号で。残りはいつもと同じ二号で。納期は通常でお願いね」


 店主が少し嫌そうな顔をする。


「一号が三本もか?」

「三本。通りの階段横の武器屋に納品だから手抜きはなしで」

「儂を誰だと思っておる。手抜きなどせんわい!一号はその辺に置いとけ。残りは店の裏手に運んでくれ」


 店主の要望通りに、鍛冶屋が付き添いの男に指示をする。付き添いの男は木箱のふたを閉めると店の外へと出て行った。ほどなくして荷馬車ががらごろと進む音が聞こえてくる。


 キャシーが田中の腕をつんつんとつついた。


「どうかしたか?」

「ご主人、さきほどからあの方々が何を話しているのかがわからないのですが。とくに一号とか二号とか」

「魔術で強化するときの等級のことよ」


 田中が答えるより先に鍛冶屋が答え、その手から葡萄酒を奪い取った。そして「講師代よ」と言って残りの葡萄酒を一気に飲み干した。いい飲みっぷりである。


 田中はわざとらしく肩をすくめると、


「タダだから別に構わねぇ」

「なっ。店主、私の分は?」

「あんた酒に弱いの忘れたんか?今ので我慢しろ」


 店主が再び店の奥へと消える。


 鍛冶屋はその背中を恨めしそうに見ている。ほどなくしてキャシーの方を振り返る。


「チッ。ま、とにかく一号二号ってのは強化に使う魔術のグレードみたいなもんよ。グレードが高ければ高いほど、より斬れやすかったりより軽かったり頑丈だったり……つまり強い魔術がかかっているわけ。おおざっぱに一号から三号に分けられて、一号のほうがもちろん上等で値段が張るわ。三号は一山いくら、ね」


 ちなみにお前の大剣は二号だ、と田中がキャシーに耳打ちした。


 キャシーはなにやら納得したかのように手をポンと合わせると、


「なるほど。でしたら鍛冶屋さんはお爺さまに最後の仕上げをしていただくためにいらっしゃったのですね」

「ええ。鍛冶屋として一番惨めな時間だけどね」


 自嘲気味に鍛冶屋は言う。少し表情が暗くなったように見えるのは気のせいではないのだろう。


「惨めとは……どういうことですか?」とキャシーが訊く。

「どういうことですかじゃないよ。ったく、最近巷じゃなんでもかんでも魔術で強化するじゃない。しまいには包丁まで強化するとか、頭おかしいんじゃないの?切る、刻む、むく、えぐるが自由自在。鋭い切れ味が長続きしてお手入れも簡単。錆びにくく臭い残りもしない当社独自の魔術コーティング。今ならなんと5980エン、とかなめてんのかしら」


 ――なんだその元の世界でよく見た通販っぽい説明の仕方は……。


 呆気にとられる田中。キャシーも若干引いている。鍛冶屋は足元にある木箱を遠い目で見ながら、


「私らが滝みたいな汗を流して血反吐を吐きながら打った名剣が、魔術で強化したなまくらと一緒の切れ味なんて考えただけで嫌になるわ。はぁ……」


 酒が入ったせいか妙に愚痴っぽくなる鍛冶屋。しかし、言いたいことはよくわかる。客が剣ではなく、剣に施された魔術で購買を決めているという点が鍛冶屋として許せないのだ。武具の性能は、一昔前までは鍛冶屋の腕が良し悪しを決めていたのに、今では魔術師の良し悪しが全て――とまでは行かないがかなりのウェイトを占めていることには違いない。要するに誇りの問題なのだ。


 田中からすると元受けと下請けの表面処理屋のような関係としか思えないのだが、そんな考えが浮かぶあたり、異世界に染まりきったというわけではないのだろう。


「しかし、いくらなまくらを強化しようとも名剣にはなれないし、逆に名剣はどんなへぼ魔術師が扱ってもなまくらにはならん。元が良いからこそ、魔術師の腕が生かされ良い品物が生まれる」


 いつの間にか戻った店主が口を挟んできた。手には水差しとコップ。


「あんたらがいるから儂らもいる。鍛冶屋と魔術師はこと武具の生産という点では一つのチームじゃ。だからこそ、いい武具を作る親方にしか儂は魔術を使わん。やはりモノを作るなら良いモノを作りたいからな」


 鍛冶屋は店主が差し出した水差しとコップをありがたそうに受け取ると、実にうまそうに飲み始めた。


「まったく、そんな性格でどうしてそれほど酒に弱いんじゃ」

「体質よ、体質。とにかく、世辞でもそれだけ言われたら嬉しいわ。ありがとう」


 鍛冶屋は屈託のない笑顔を見せる。


 酒が入ってうっすらと赤らむ頬と相まって、思わず田中は見とれてしまい、キャシーに脛を蹴られた。


 また出入口の扉が開いた。荷下ろしを終えたらしく、付き添いの男はひたいに汗を浮かばせている。鍛冶屋は手元の水差しと、付き添いの男を順に見る。


「じゃあ。まだ仕事も残っているし、私は帰るわ」


 そう言って鍛冶屋は立ち上がった。それからチラッと田中を――いや、田中が腰に差している剣を見て、


「それ、柄の装飾に見覚えあるなぁと思ってたけど、やっぱり私の工房で鍛えられた剣ね。お父様かお爺様かは知らないけど」


 田中は思わず視線を落とした。そして再び顔を上げた時にはすでに鍛冶屋はドアノブに手をかけていた。そして店を出る前に一度振り返ると、手をひらひらとさせて、


「お水ありがとう。納期守ってね」


 と言い残して店を出た。


 扉が閉まる。


「――いい女だったろ」


 何の脈絡もなく店主が言い出した。あまりのも唐突だったので、田中は反射的に「ああ」と答えた。またキャシーが脛を蹴る。


 店主は口元に笑みを携えながら言う。


「だがあいつ、既婚者じゃぞ」





「爺さん、ちょっと聞きたいことがある」


 田中が話を切り出した。


 店主はやる気のなさそうな呆けた顔をしている。まじめに答えようとする気がないのは明白だ。


「なんだ?健康の秘訣か?それは早朝に軽く運動をして――」


 田中は店主の言葉を無視してキャシーが地面に置いていたバックパックを開けた。手を突っ込み、中をごそごそとかき回し、ボロ布に巻かれたそれを取り出した。


 途端に店主は立ち上がると出入口に向かった。そして扉にかかっている「開店」の札を「閉店」に変えると、扉を閉め、鍵までかけた。振り返ったその顔を見て、田中は今そこにいる老店主は先ほどまでとは別人かと思った。


「何があった?」


 元の場所に戻りながら店主は尋ねた。


 田中はボロ布をはがして、それを――真っ二つに折れたブロードソードをテーブルのど真ん中に置いた。刻まれたルーンは半分ほどしか見えない。もちろん魔術の光も発していない。


「廃墟街でいきなり襲われた――」


 田中は以前起こった廃墟街での戦いのことをつらつらと話し始めた。旧知の人を助けに行ったこと、その道中にプロと思わしき二人組に襲われたこと、知らない魔術を操る何者かに襲われたこと。


「そしてこれが、刺客が持っていた武器だ。死体からはどこのだれかを知る手掛かりは見つけられなかった」


 田中はそれを最後に話を終えた。


 店主は一言も発さず黙って田中の話を聞き続けた。その視線は目の前の折れたブロードソードに注がれている。


「で、儂に何をしてほしいんじゃ?」

「その刺客が持っていた武器から魔術強化した魔術師を見つけ出してほしい」


 田中は静かにそう言った。


「見つけた後どうするつもりじゃ?」

「誰に売ったのかを明らかにして刺客の正体を探し出す。そしてそいつらを雇ったやつを見つけ出して排除する」


 自分が襲われたのだから次やられる前に相手をやる。いたって普通の考えだ。しかし、田中の中にはもう一つある。


 かたき討ち――というわけではない。


 介入がなくとも自分で介錯はしていた。ただそれは違うのだ。誰かにやられるのでは違うのだ。自分が、自分の手でけりをつけなければならなかったのだ。


 店主はブロードソードを手に取り、ルーン文字の部分を注意深く見る。


 武器にしろ防具にしろ魔術でルーン文字を刻むことによって強化ができる。そして魔術を扱う際に決まった呪文がないのと同じように、特に決まった書き方というものはない。初心者向けに教本のようなものはあるが、熟達した魔術師は各々好き勝手にルーン文字を刻んでいるのだ。妙にこだわった複雑な文章だったり、簡単な単語だったり、読むのも恥ずかしい黒歴史みたいなものだったりと千差万別である。だからこそ、そのルーン文字の流行りや特徴から強化した術師を特定することもできる。


「……術者を割り出されないよう……偽装が何重にもされている。特注じゃな」

「無理か?」


 店主はしばらくの間黙考し、しかるのち、


「できなくはない」とだけ答えた。

「わかるのか?」

「時間をかければできる……が、今はまだしないほうが賢明だろう」

「なぜ?誰に襲われたのか、どうして襲われたのかも知らずに過ごせと?」


 田中の声音が露骨に強張った。


 主人の雰囲気が変わったことにキャシーも気が付いたが。彼女は動かない。動けと言う命令もないし、その時でもない。


「言っておくが儂とて昔は冒険者家業をやっていたし、おぬしなんぞよりよっぽど優れた魔術師なんじゃぞ。恨みつらみで襲われたことがないわけなかろう。それに加えて危ない橋なんぞ両手で数えきれんほど渡ってきたわい。考えてもみろ、ここで儂が魔術師の名を言ったとしてどうする?すぐさま殴り込みに行くのか?儂はごめんじゃぞ、お前さんの戦いに巻き込まれて死ぬのは」


 田中はそこでやっと気が付いた。仮に相手を特定して殴り込みに行ったとする。万が一すら考えたくもないが、もし自分が返り討ちにあった場合、間違いなくこの店主にも危害が及ぶ。なぜそう言い切れるのか。自分なら口封じに始末するからだ。どうしてそのことまで考えが回らなかったのか。特に今回は相当のやり手だと思われるのに。


 どうやら頭に血が上っていたのか、相当視野が狭くなってしまっていたらしい。


「まったくお前さんらしくもない、冷静になれ。おそらく相手は金持ちだ、正面切って戦えるような相手ではない。金持ちは強いぞ。不祥事をもみ消せる、人を雇える、情報を得られる、装備が整えられる。わしも現役時代は金持ちに手ひどくやられたもんじゃ。それにお前さんの話だと見たこともない魔術を扱うのじゃろ?」


 田中が返事するよりも早くキャシーが隣で頷いた。たしかにあんな光の玉を飛ばして戦う魔術など田中は見たことがない。話し方からしてこの店主もそうなのだろう。


「ならば今は行動を起こさないほうが賢明じゃ。いつかは戦うことになるだろうが、今ではない。今はまだ準備の時間じゃ。なぁに、そんな手練れを二人も返り討ちしたのだから相手もそうそう動けまいて」


 店主は折れたロングソードを元の袋へと戻した。


「これは預かっておくぞ。一応大っぴらにならないように気は付けながら魔術強化した者に探りは入れる。こっちにも都合があるからな」


 それでいいか、と店主。黒幕に一歩でも近づけるならどんな方法であれ田中としても問題はない。要は最後の最後で行動することができるだけの材料さえあればいい。今はそれで十分だ。十分すぎる。


「わかった。無理しない程度にたのむわ。小銃を修理に出す店がなくなるのは困るからな」

「ふんっ、ならさっさと帰れ。もう店じまいじゃ」


 いつの間にか三日月堂に差す光は赤みがかっていた。どうやら長居しすぎたみたいだ。


「そうだな。キャシー帰るぞ。あと爺さん、葡萄酒ごっそうさん」


 田中はそれだけ言うときびすを返して出口へと向かった。そのあとを遅れてキャシーが追いかける。


 扉が閉まる。


 音が消える。


 店主はしばらく三日月堂の出入り口を見ていた。そして小さく、けれど重いため息をついた。不意に聞き取れないほど小さな声で何かを口ずさむと、テーブルの上の袋に手をかざす。


 パキン――と固いものが砕ける音がした。次の瞬間には袋から膨らみが無くなっていた。


 店主は袋を掴むと、店の奥へと戻っていく。


 閉店作業が始まる。

おわり

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