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第五十話 屑拾いと新兵と地図 その一

 その日、廃墟街には濃い朝霧が立ち込めていた。


 視界のあまりの白さに、田中はペストマスクの下で顔をしかめた。


 目を凝らしてもせいぜい十メートル先までしか見えない。濃霧よりもさらに濃く、入道雲の中にでもいるかのようだ。


 こうも視界が悪いと、廃墟街に住むモノたちと望まない鉢合わせをしてしまう可能性がある。だから田中はいつでも発砲できるよう小銃を構え、銃剣も装着している。


 とても静かであった。聞こえるのは自分の息遣いと、後ろから聞こえるキャシーの呼吸のみ。


 彼らの目的地は橋を越えた先、俗に言う一ブロック目である。いくつか未探索の地域があるため、資金稼ぎがてら散策に向かう途中であった。


 本来ならば田中たちがいる地点からだと昼過ぎには橋へたどり着けるのだが、この天候である――いつになるか予想は全くつかなかった。


「ご主人、霧が濃すぎます。この中を進むのは止めた方がいいと思います」


 キャシーが眉間にしわを寄せながら言う。ここはまだ廃墟街の入口、それほど危険なバケモノは生息していない。しかしこうも視界が悪いと裏をかかれかねない。特定危険生物しかり溝さらいしかり。


 急ぐ旅ではないのだ、田中も危険を冒さないほうがいいと判断した。


「そうだな。晴れるまではいかなくても、もう少しましになるまで待つか」


 田中は銃口を下ろすと、どこか休めるところがないかと視線を彷徨わせる。霧の中を歩いているため服が僅かに湿り気を帯び、それがどうしようもなく重く感じる。


 田中の足が不意に止まった。そして白い靄の向こうをじっと見る。


 何か聞こえたような気がしたのだ。


 風の音だろうか。それにしてはもっとこう――


「ご主人、人の声です」


 キャシーが静かに告げる。その表情は固い。


 ああああぁぁぁ……。


 今度は田中にも聞こえた。


「近いです」


 田中とキャシーは互いに頷きあうと、声がする方へと駆け出した。


 厚い霧のせいで距離感が狂う。数百メートル走ったようにも感じるし、実際百メートルも離れていなかったのかもしれない。


 霧の向こうに朧気な影が浮かんだ。


 人には違いない。


 田中は朝霧を割って飛び込んだ。


 男が必死の形相で抜身の剣を振り回していた。その足元にはまるでダンゴムシを連想させるような姿形のミュータントが何匹も蠢いていた。


 廃墟街には、いわゆる掃除屋と呼ばれるミュータントがいる。以前、田中が遭遇したワームのように死肉を漁る輩のことを指し、この平べったいやつはスイーパーと呼ばれる名前通りの掃除屋だ。比較的浅いところに群れで生息しており、たまにオークや今みたいに人間を襲ったりする。日の当たる所には基本出てこないのだが、濃霧のせいだろうか。決して可愛くない鋭さの顎をギチギチと鳴らせ、男の足元へと群がる。


 田中は間髪入れず発砲した。耳をつんざく銃声が轟き、そのうち一匹が爆ぜた。装填レバーを引き、次弾装填、続けて二射目。さらにもう一匹が銃弾の直撃を受けて、ばらばらに弾け飛んだ。


 射撃による光と音でスイーパーの注意が田中に向く。


 そこへ、バルディッシュを振り上げてキャシーが躍りかかった。裂帛の気合とともに、一振りで数匹まとめてぶった斬る。返す刃でさらに数匹を斬り捨てる。あっという間に周囲はスイーパーの血肉一色となる。しかし、キャシー自身はその血の一滴も浴びていない。


 突然現れた嵐のような暴力を前に、さすがのスイーパーも生存本能が食欲を上回ったらしい。金属同士をこすり合わせるような耳障りな鳴き声を上げ、我先にと霧の向こうへと消えていった。


 再び廃墟街が静寂に包まれた。




「ケガはありませんか?」


 汚れたバルディッシュの刃を拭きながら、キャシーは襲われていた男に声をかけた。


 冒険者とは違う、いわゆる屑拾いの恰好をした若い男だ。


 荒い呼吸を落ち着かせようと、刃先を地面に差した剣によりかかり、しきりに肩を上下させている。答えられるようになるまで、もう少し時間がかかるだろう。


 彼は一見して魔力強化されたチェインメイルをしっかり着こんでいるようだが、どこか着慣れていない印象を与える。おそらく兄弟団に入ったばかりの新人だろう。服装のあちこちに防御とは無縁の変な装飾がついている。場数を踏むにつれて、こういった飾りがなくなり機能性一辺倒になっていくのだ。


 先ほどから杖代わりにしている剣は刃が幅広の魔力付与剣だ。しかし、片手剣から両手持ちの中間くらいの長さだというのに、盾を持っていない。それどころかサブの類も見える範囲にない。せめてナイフかショートソードくらいすぐ抜けるようなところにあるべきだ。新人とはいえ、さすがにナメているのだろうか?兄弟団の新人へのサポート体制に疑念を持たざるを得ない。


「ええ、大丈夫です。危ない所を助けてくださりありがとうございました」


 いくらか落ち着きを取り戻したようで、男は深々と頭を下げた。


 話を聞けば彼の名前はキックスという、田中の見立て通り屑拾いになってまだまだ日が浅い新人であった。そして初めて廃墟街を一人で探索していたらしい


「いつもは他の人たちにくっついて来てたんですが、だいぶ慣れてきたので今日は一人で探索しようと思ったんです。そしたらいきなりダンゴムシみたいのが瓦礫の隙間から湧いて出てきて、襲われて……」


 やはり一人で廃墟街探索するには早すぎると思う。


 スイーパーは小さいし柔らかいしで、手強い相手ではない。さっきのように数匹殺してやればすぐに戦意喪失して逃げ出すような手合いである。剣を振り回していたようだが一匹も死骸がなかったことから察するに、実力は推して知るべしなのだろう。


「無事で何よりだ。だがあんたはまだ初心者なんだ。さっさと帰って兄弟団で仲間を斡旋してもらえ」


 自分で言ってなんだが、丸くなったものである。


 昔の自分なら助けもせず、ましてや助言なんてするわけがなかっただろう。


 だが、キックスは首を縦に振るでもなく、代わりに困ったような顔をして田中を見る。


「わけがあって大人数で行くのはちょっと……」


 田中とキャシーは顔を合わせて首を傾げる。


「まあ俺らはあんたがどうなろうが知ったこっちゃないし、好きにすればいいと思うけど」

「実はできる限り少人数で行きたいところがこの先にありまして」

「お前、人の話聞いてないだろ」


 これはあれだろうか、厄介ごとに引きずり込もうとしているのだろうか?

つづく

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