第七話 廃墟街動乱 その二
襲撃者が剣を振り下ろす。田中はその一撃を小銃で受け止めると襲撃者の無防備な腹を蹴り飛ばす。同時にバックステップで剣の間合いから逃げ、魔術付与された弾丸を装填しようとし――
「なんだよこれっ⁉」
田中は驚きに目を見開いた。
小銃の側面にある装填レバーと銃身との隙間に深々とナイフが突き刺さっている。ナイフが邪魔で装填レバーが引けず、弾丸が装填できない。
いつナイフを抜いた?いつナイフを突き刺した?田中は背筋にうすら寒いものを感じた。そしてやっと自分を襲撃してきたものの姿を見た。冒険者用として一般的な厚手のブーツに魔術強化が施されたブレストプレート、革の手袋には金属片が縫い込まれている。そして顔を隠すように、デフォルメされたお世辞にもかわいいとは言えない薄気味悪い犬の仮面をしていた。田中はこの襲撃者を犬面と呼ぶことにした。
「ご主人、あの犬の仮面をかぶった刺客は溝さらいでしょうか?」
斬り落とされた左腕を接着しながらキャシーが訊いてきた。腕の一本や二本斬られたところで彼女にはさしてダメージはない。
「馬鹿を言え。溝さらいがあんな動き出来るわけないだろうが!」
田中の声には隠し切れない動揺が浮かんでいた。
「ではどうしましょうか?」
思いっきり蹴りを叩きこんだにも関わらず犬面はうめき声一つ上げず、すぐさま剣を構え直す。刃渡り75センチメートルほど、片手でも両手でも持てる幅広のブロードソードである。もちろん魔術強化――赤い光を纏わせ、それもなかなか強力なものが施されている。
「殺す。もちろん殺す。生きて帰すな。俺たちを襲撃したことを後悔させてやれ」
「承知いたしました」
広範囲上級魔術が付与された弾丸をぶち込めば勝てる。そう判断した田中はナイフを抜こうと手を伸ばし――男が駆ける。
撤回。
抜いているうちに斬り殺される。
田中は犬面の突進に合わせて銃剣を突き出す。銃剣によるリーチを生かした攻撃に切り替えた。相手は手練れなのだから少しでもこちらが優位な状況で戦いたい。犬面は剣で銃剣の刺突を容易く受け流すと、その左手にはいつの間に抜いたのか鍔のないナイフ。
ヤバい!
犬面は田中の顔めがけてナイフを投擲した。
「と言いましても……ご主人、申し訳ありませんが今しばらくは援護に行けそうにありません」
キャシーの目前にはいつの間にか新たな襲撃者がいた。同じくデフォルメされた今度は趣味の悪い猫の仮面をつけている。得物はショートソードが二振り。装備は得物を除けば犬面とほぼ同じである。
キャシーは大きなため息をついた。銃剣で応戦している主と犬面、そして猫面の順に視線を動かし、また特大のため息をついた。
「犬の仮面が襲ってきたと思えば次は猫の仮面ですか。ご主人は鳥みたいな仮面をつけてますし……まるで素顔の私がおかしいみたいに錯覚してしまうじゃないですか」
キャシーは大剣を引き抜いた。中華包丁をそのまま縦に伸ばしたような武骨で豪快な大剣である。
「ですので殺します。ぶっ殺します。そのマスクはぎ取って、素顔をさらけ出したまま殺してあげます」
これまで幾人もの溝さらいたちの生き血を吸い取った大剣が、鈍い輝きを放っていた。
一瞬の差であった。あと僅かに顔を背けるのが遅れていたならば田中は物言わぬ肉塊となっていたことだろう。投擲されたナイフがペストマスクの左目あたりに突き刺さるが、かろうじて負傷はしていない。田中はナイフを引き抜いた。久しぶりにペストマスク越しではない景色が目に入る。
真正面から斬りかかってきたと思えばこんな暗器も使ってくる。ペストマスクの下で田中は冷や汗を流した。だが、やられてばかりというのも性に合わない。右手でグリップを握り直し、田中は小銃を勢いよく横に振るった。遠心力が加わった銃剣の刃は全てを切断するかのような鋭さであった。犬面は空いた左手を添え、剣の腹でその一撃を受け止める。衝撃が双方の得物を通してビリビリと直に伝わってくる。
二人の距離が開く。
これで斃せないのは百も承知だ。斬り殺すのが目的ではない。
力任せに受け止めたせいか、たたらを踏み、僅かにだが犬面の態勢が崩れている。そう。それで十分なのだ。田中は自身の全体重を全て切っ先に込め、犬面の胴を狙った。
その瞬間、時間が粘りを生じたように感じた。
犬面は串刺しにはならなかった。
それどころか崩れた態勢を利用して銃剣の切っ先を胴から逸らすと、逆に銃身を脇で挟み込んだ。田中はすぐさま引こうとするも抜けない。犬面が剣を振り上げた。
田中はとっさに小銃を離すとバックステップで間合いを取る。犬面は小銃を捨て、間髪入れず剣の切っ先で田中を狙う。田中は一瞬だけ腰の剣を見た。
――本当は使いたくはないのだが。
田中が腰の剣を抜くと、慣れた動きで犬面の必殺の突きを受け流した。
それは装飾も何もない地味な柄、鍔、しかし剣身にびっしりと刻まれた術式から禍々しい気配が滲み出ている。犬面は一瞬攻撃の手を止めた。その剣が醸し出す妖艶さに目を奪われたのかもしれない。が、田中には関係ない。田中は赤い軌跡を描きながら斬りかかる。
犬面はぎこちない動きで田中の一撃を受け流すと、すぐさま態勢を整えて剣を振るった。
鋼と鋼がぶつかり合う耳障りな音が響き、小さな火花がちらちらと生まれた。一度ではない。
田中と犬面は数度斬り結んだ。
そして田中は確信する。
――勝てない、と。
キャシーには剣の腕前は弱いとか下手糞とかさんざん言われてはいるが、少なくとも並みの戦士程度の腕前はある。そうそう遅れはとらないだろうと思っていた。しかし甘かった。銃剣ではなく剣同士を交えたからこそわかる。自分とこの犬の面をつけた襲撃者の腕前とを比較すると、その差は歴然であった。悲しいほど相手のほうが強い。いまだに田中が犬面と斬り合いをできているのも田中が攻めようとはせず、防御に徹しているからこそである。隙を見せればその瞬間にやられる。田中の本能がそう警鐘を鳴らしている。
犬面のつかみきれない変化する剣捌きに食らいつきながらも、それでもじわりじわりと押され始めてきた。長期戦になればなるほどこちらが不利になる。そもそも銃剣相手に互角に戦うような奴である。それだけで十分ヤバい。
どうする?田中は考えた。
田中は攻めに転じることにした。そして、一回限り、全身全霊を込めた攻撃をぶつける。
犬面は思った。やはり相手はたかが魔術師なのだと。しかも満足に魔術も使えない程度の魔術師なのだと。
魔術で遠距離攻撃ができないから小銃を持ち、戦士とやり合うほどの腕がないから銃剣で優位に立とうとする。持たざる者の涙ぐましい抵抗である。
しかし、それも終わりだ。
小銃も銃剣も使えなくして今目の前の魔術師は剣を抜いた。そして剣の腕前で魔術師に後れを取るような自分ではない。時間の問題である。そう信じて疑わなかった。
魔術師が自ら斬りかかってくるまでは。
剣を抜いてからずっと防御に徹していた魔術師の、破れかぶれとしか思えない行動に正直驚かされた。同時に何かあるな、とも直感した。
魔術師が袈裟懸けに斬りつけてきた。犬面はそれを刃で受け――魔術師は犬面の目前に左手を突き出した。刹那、閃光が弾けた。目が焼け、視界がホワイトアウトする。魔術師どもがよく使う明りの魔術に何かしらのアレンジを加えたのだと犬面は気付いた。それから、相手は戦士ではないのだとも思った。戦っている相手がどういった人物なのかを改めて認識させられる。視界を奪うとはいかにも魔術師らしい戦法である。同時に次の相手の行動もある程度は読める。犬面は努めて冷静だった。
風を切る音がする。音からしておそらく……大きく振りかぶったな。
犬面は魔術師の振り下ろしを受け止めるべく、左手を添えながら頭上で剣を構えた。
その読みは正しかった。
魔術師――田中は犬面の予想通り剣を振り下ろした。
その一撃を受け止め、弾き返し、返す刃で無防備な腹を薙ぐ。それでお終いだ。
それでお終いのはずだった。
田中はその剣ごと犬面の身体を叩き斬った。
つづく




