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第七話 廃墟街動乱 その一

 どこかでカラスが鳴いている。空は見渡す限り分厚い灰色の雲に覆われていた。それはまるでこの廃墟の町が彼らの来訪を拒んでいるかのようだ。彼ら――ペストマスクに小銃を肩にひっさげた魔術師と、肉球柄の眼帯をつけた血の気のない少女の二人組。田中とキャシーである。


 朽ちたビルの合間を縫うように二人は歩く。ひび割れたアスファルトから緑が生え、岩かと思えば風化しつつある車の残骸だ。


 廃墟街の奥へと進むにつれて、姿は見えないが視線を感じる。それが瓦礫の町に巣食うミュータントのものか、はたまたこちらの隙を伺う溝さらいのものかは田中には分らない。わざわざ確かめる気もない。


 道の真ん中を塞ぐように旧世界の乗り物が捻じれて横倒しになっていた。廃墟街を歩く者たちもこのレールから外れた乗り物の名前は詳しく知らない。魔術のような力により金属のレール上を走っていた乗り物という程度である。田中を除いては。田中は錆びついた電車の中に足を踏み入れた。車内の至る所に蔦が這い、過去に座席だったものから草が生え、青々と茂っている。


 この電車は屑拾いたちの間では有名である。電車が有名というのではなく、一種の境界線のように廃墟街を分け隔てているからだ。


「そういえばキャシーは初めてだったな。この電車より向こうは廃墟街の中でも特に危険な地帯だ。厳密には向こうに見える橋から向こうだが」


 田中が指さす先には小さく、短い橋が一つあった。コンクリート製の橋で相当昔のものだというのに、未だに落ちる気配はない。


「どうして危険なんです?廃墟街なんてどこも同じなのでは?」

「凶暴なミュータントの群生地なんだよ。だから屑拾いたちもあまりこの電車よりも奥には踏み入ろうとはしない。未探索のエリアもあるが、その分命の危険もある。こんなとこに行くなんて相当金に困ったやつか、身の程知らずくらいなもんだ」

「では私たちはどちらなのですか?」


 キャシーが尋ねる。自動ドアがきれいさっぱり無くなっている乗車口から降り、田中は言う。


「言い忘れてたが、腕に覚えのあるやつも、だ」


 田中は腰から銃剣を引き抜き、それを小銃に装着した。魔術で強化された武骨で片刃の銃剣である。その小銃を構えながら田中は目指す場所へとキャシーとともに進む。田中が先導し、そのあとをキャシーが付いて行く。


「私としてはできれば行きたくはないのですが」

「アンデッドが臆病風か?」


 キャシーは首を横に振る。


「いえ、私は問題ないのですが……ご主人を守りながらだと骨が折れるなぁと思ったまでです」

「…………」

「冗談です。早く参りましょう。ご主人のお友達がアンデッドの素材になってしまう前に」


 事の発端は自宅に一匹の鳥がやって来たことである。


 田中は窓枠に泊まるその小鳥に見覚えがあった。まだ政変から立ち直ったばかりの自由都市エンディミオンに田中が移住をした際に、いろいろと世話になった男がいる。友達というほど仲が良いとは言えないが、少なくとも田中は当時のことはありがたく思っているし、何かしらの形で恩は返さなければと思っている。


 その男は屑拾いであり鳥使いであり、廃墟街へ探索に行く際には連絡用などに使う鳥を一羽連れて行っている。田中の記憶が正しければまさにその鳥である。見れば足には小さな紙筒が括り付けられていた。


 胸騒ぎがする。


 田中は紙筒をほどき、そこに書かれている文面に目を通す。簡潔に言うとSOSであった。廃墟街の奥で身動きが取れなくなっていると書かれていた。助けに来てほしいとも書かれていた。


 決断は早かった。


 すぐさま準備を整えると小銃をひっさげ、キャシーを連れ、廃墟街のさらに奥へと田中は向かったのであった。


 田中は手をかざしてキャシーを制止させた。キャシーはなぜとは聞かない。足を止めると無言で背中の大剣の柄に手をかけた。


 田中はハンドサインで武器を下ろすよう伝えると、前方を指差した。何かがぶつかったのかして、無残にも倒壊したビルの大小さまざまな瓦礫が周囲に広がっている。しかし、田中たちを横切るようにして一部瓦礫がなくなっている箇所がある。まるで何か大木のようなもを引きずったような跡である。


 おそらくリザード。廃墟街の生態系の頂点に君臨する巨大なトカゲのようなバケモノだ。目の前の跡から推測するにまだ新しく、サイズ的になかなかの大物である。それでもキャシーが一撃で頭をかち割った個体よりは若干小さいサイズか。


 力ある魔術師ではない屑拾いたちのリザードへの対抗手段は二択である。見つからないようにするか、見つかった際は全力で逃げに徹するか、である。


 田中は衣擦れの音まで極力殺して、最大限物音を立てずに進むようハンドサインで伝える。こういう大型のミュータントが至る所で闊歩しているのだから廃墟街の奥地というものは怖い。何と誰と遭遇するかしないか、仮に遭遇したとしてもそこからの判断が全て致命傷につながってしまう。田中はここに来るたびに、たとえ異世界から来たとしても自分が特別でも何でもない生態系の単なる一個の生き物であることを実感する。実感させられるのだ。ここに住まう規格外のバケモノたちに。


 目的を見失うことはしない。


 避けて通れる障害なら避けるに越したことはない。無論、避けて通れない障害も無くはないのだが。


 市が定める特定危険生物たるミュータントの影を避け、瓦礫で通れない道を避け、地下へ伸びている通路をしばらく歩き、階段を上がって再び地上に出る。そうすると開けたところに出た。何本もの錆びた金属のレールが建物内へと続いている。さして広くはないが駅前ロータリーである。しかも周囲には腰ほどの大きさの瓦礫がごろごろ。崩れた建物もごろごろ。


 同時に、危険だな、と田中は思った。


 こちらを窺うものは体を潜めやすく、逆に自分たちは目立ちすぎる。


 だからだろう。


 後ろにいるキャシーの反応が遅れた。


 ――殺気。


 キャシーが振り返った時には、すでに自身の僅か数十センチメートル手前まで白銀の刃が迫っていた。


 一見して溝さらい。体格からして男。しかし直前まで殺気を感じさせることなく、しかもキャシーの死角から奇襲を仕掛けるその動きは果たして溝さらいと言えるのか。


 キャシーは一瞬迷った。大剣を引き抜いて一刀のもとに斬り伏せるか、全力で殴りつけるか。選んだのは殴打。


 振り向きざまに、風を切り裂き、キャシーの左拳が唸る。襲撃者は紙一重でそれをかわすとキャシーに構わずその横を駆け抜ける。同時に斬り飛ばされる肘から先。キャシーの目が驚愕に見開かれた。


「――ご主人!」


 キャシーが焦りの声を上げるが田中の耳には届いていない。


 速い。


 襲撃者の剣の間合いまで1メートルもない。


 田中は小銃を構えると襲撃者の胴を狙って引き金を引いた。


 銃声。


 襲撃者は軽く身をひねると――


 ちゅいんっ!と音をたてて弾丸が弾かれた。


 田中は思わず舌打ちした。


 この世界でイマイチ小銃が普及しない原因がこれである。銃の威力ではその程度にもよるが、魔術的に強化をされた鎧の装甲を撃ち抜けないのだ。弾丸を魔術的に強化あるいは魔術を付与すれば話はまた変わるのだがどちらも割に合わない。至近距離からなら通常の弾丸でも撃ち抜けるかもしれないが……結果は今の通りである。鎧の傾斜を利用して弾かれた。

つづく

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