第六話 貴方の決闘請け負います その四
「さっそくですが選手げふんげふん、代理人の紹介から。赤コーナー!上から秘密、秘密、秘密。死してなおその闘争は止まらない“狂犬”のキャシー!」
司会の紹介に合わせて怒号のような歓声が沸き上がる。自信の力を誇示するかのようにキャシーが両腕を頭上高くに突き出した。
「ちょっと待てぇぇぇ!」
同時に叫ぶ相手側セコンド席に座るおっさん。
「おーっと物言いです!相手側のセコンドが物言いをしました!」
「いやするだろフツー!なんで女性同士の代理決闘にアンデッドが参加してるんだよ!しかもよりにもよって相手が“狂犬”とか、ルール違反だろーが!」
ここにいるすべての人間からの視線が司法官に向けられた。司法官は両隣りとなにやらこそこそと小さな声で話し合う。そして出される司法官からOKのサイン。
「セーフです!なにやらじゃんけんしたように見えたのは私の見間違いでしょうか。とにかく “狂犬”のキャシーの出場はセーフです。問題ないという司法官からのお墨付きをいただきましたぁ!」
相手セコンドは、ぐぬぬと押し黙る。司法局にOKと言われたらもうこれ以上抗議のしようがない。人を超える戦闘能力のアンデッドを相手することが確定したわけである。
田中はルーカスを横目で見る。勝利は確定したようなものだと表情が語っている。
ただ、それは時期早々だと思う。
なぜなら険しい顔はしているものの、相手側のおっさんはまだ勝負を捨てた男の目をしてはいないからだ。諦めず、女のために執念を燃やす男の目である。
司会は代理人の紹介を続ける。
「対する青コー……ナー……え、えーっと……胸囲110、腹囲95、腰回り100 “辺境最強の女戦士”のカロリーナさん……?」
現れたのは黒い髪を風に靡かせる身の丈二メートルあまりの……おそらく女性。原生林に生える大木の幹かと思ってしまうほどの胴回りに、それに負けないほどの巨腕。見える範囲での体中の傷痕はキャシーの縫合痕なんかよりも確実に多い。ついさっきまで戦場で両手斧振り回して異教徒共をぶっ殺してましたといってもおかしくない歴戦のアマゾネスが現れた。
「うおおおおおおおおおっ!」
割れ鐘をぶっ叩いたような咆哮が会場全体をびりびりと駆け巡る。
「いや待てなんだその生き物は!?」
目ん玉ひん剥かせながらルーカスが叫んだ。
「なっ⁉失敬な!代理人のカロリーナさん二十三歳だぞ」
「嘘をつけ!俺より若いじゃないですか!てかあんなトロルかラーカーかわからんような代理人が認められるか!」
「アンデッド連れてくるよりましじゃボケぇ!実際、こっちはちゃんとした代理人なんだからな……聞いていたより戦闘民族すぎて俺らも戸惑ってはいるが……」
――お前も戸惑ってるんかい!
リングを挟んで言い合いする二人に、田中はため息をつかずにはいられなかった。
視線をリング場へと移す。相手の代理人は腕を組み、キャシーを品定めするかのようにどっしりと構えている。相当場数を踏んでいるに違いない。大勢の観客に見られ、罵倒混じりの声を投げかけられても全く動じる素振りが見られない。対するキャシーはファイティングポーズをとり、不敵に笑みを見せている。
「ふふふ、たかだか人の身で私に対峙するとはいい度胸ではありませんか。しかし勇気と無謀は違いますよ。喧嘩を売る相手を間違えたことを骨の髄まで後悔させてあげますよ」
まるっきり悪役の発言である。
怪我しない程度に……と言ったがあの様子だと全力でやりあうに違いない。アンデッドであるがゆえ好戦的なのは致し方がない面もあるが、正直代理裁判とかもうどうでもよかったし、色々とめんどくさかった。
しかしキャシーを置いて一人で帰るわけができるはずもなく。
田中はその場に腰を下ろすと頬杖をついて二人の戦いを眺めることにした。売り子が酒やらつまみなどを売りに来てくれるのを期待しながら。
「れでぃふぁいっ!」
カァン――と、ゴングをぶっ叩く景気のいい音が響いた。
麦と命の鍋小路にある花と彩亭は、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎとなっていた。
「キャシーちゃんの勝利を祝って!」
という名目で常連やら博打で勝った者やらが騒ぎまくっていた。もちろんその輪の中心にいるのはキャシーであり、彼女は自分の顔ほどもある大きな肉の塊にかぶり付きながらコップになみなみと入ったビールを呷る。そこには上品さの欠片もなかった。
「もっと持ってこーい!あの冒険者からの依頼料全部ぶっこんでやんよ!」
もともとが血の気のない肌に加えてアンデッドであることから頬は赤くはなっていない。しかし相当酔っていることは誰の目から見ても明らかであったし、周りも同じようなひどい有様であった。
田中はというと少し離れたテーブルで、パスタを食べながらその喧騒を見ていた。とはいえ、空のコップが何個も転がっていることから、彼もまた空気に呑まれてそこそこの量を飲んでいるようだ。
「あの子の近くに行かなくていいの?」
聞きなれた美しい声。花と彩亭の女将にしてビール妻であるルアが田中の隣の椅子に腰を掛けた。褪せたブラウンの髪をまとめ上げたその姿はいかにも快活としている。
「いいよ別に。あれほどみんなと楽しんでるのに俺が加わることで水を差したくない」
ビールをぐいっと一気に飲み干す。
すかさずルアがビールで満タンのコップを差し出した。
「ありがとう。ていうかルアがこうしているのは珍しいな。普段ならいの一番にキャシーの横で大酒呑むくせに」
田中はコップを受け取ると、ルアが上目遣いでこちらを見ている。息がペストマスクに触れるほどの至近距離で。一瞬だけだが動きが止まった。まだまだキャシーでは気づかないほど僅かな一瞬である。
ふふふ、と笑って見せるルアの頬がうっすらと赤い。わざわざ椅子を田中の横へ移動させると、
「今日は特別よ」
ルアは田中の肩に頭を乗せた。
田中は何も言わず喉にビールを流し込んだ。
「話は聞いたわよ。相手の代理人がとても強くて辛勝だったとか」
「アンデッドを肉弾戦で追い詰めるような奴を人間と言っていいのかは疑問だけどな」
テーブルの上に乗って騒いでいたキャシーが急にこちらを見た。少し焦る。しかしどうも目の焦点が合っていないようだ。この状況にも気が付いていない。
「やってやりましたよご主人!私の底力をちゃんと見ましたかー!」
目がとろんとしている。質の悪い酔っ払いの目だ。
「あー見た見た。よくがんばったなえらいえらい。あとあんまり飲みすぎるなよ」
「わーってますって」
言うが早いが満タンのジョッキを一気に飲みほし、口元に白いひげを作った。
わかってはいないようである。
カランコロンと音をたてて扉が開いた。田中は反射的に顔だけ向ける。誰かと思えば入ってきたのは渦中のルーカスである。今まで一体どこにいていたのだろう。
キャシーはルーカスを視界にいれるなりテーブルから飛び降りて、千鳥足で近寄る。
「おうおう、ちゃんと依頼料耳をそろえて用意してきましたかー!私勝ちましたからそらもうがっぽがっぽでふんだくってきたんでしょうねー!」
が、ルーカスは何も言わない。ただ俯いているだけである。
おや……と田中は不審に思った。同時に何やら嫌な予感めいた寒気が背中を走る。
「あー……キャシーさん。さっそくなのですが依頼料の話を……」
「おーそうですねー!さてさて賠償金のほうはいくらになりましたか?」
「それなんですけどね……」
妙に歯切れが悪い。
さすがのキャシーもルーカスの態度に違和感を感じたのか眉をひそめる。
「えーっと……ルーカスさん。依頼料は……?」
顔を上げたルーカスの目は死んでいた。アンデッドよりもアンデッドらしいその表情に、キャシーは思わず後ずさる。
ルーカスは力なく近くの椅子に座ると、ぽつりぽつりと事の顛末を語り始めた。
「実はですね。あのあとジェニファーちゃんの元へ行ったのですが、どうしてこんな大事にするのかと詰め寄られてしまいまして。勝手にしゃしゃり出てきて代理決闘始めてしまうし、こうなってしまっては商売もやりにくいし。あたしはこんなこと頼んだ覚えもないからお金は一切払いません、さようなら……と言われまして……。というか完全に振られてしまいまして……」
それ以降は言葉にならないらしく、がっくりとうなだれることしかルーカスにはできなかった。
「うわぁ……」
悲惨な姿にルアが憐みの声を上げた。
それを引き金に酒場から音という音が消えてしまった。
結局のところ、すべてはルーカスの暴走だったというわけか。恋は盲目と言うがここまで裏目に出ることもないだろう。神がお与えになる試練はなぜにこうも険しいものか。田中は初めてこの若者に同情の念を抱いた。
キャシーはルーカスの肩を優しく数回叩いた。ルーカスはゆっくりと顔を上げた。液体という液体が流れ出ている汚い顔だった。
その時ルーカスが見たキャシーの微笑はさながら天使を思い浮かべてしまうほど眩いものであった。彼の中で忘れられない光景の一つになるだろう。
「まぁ……強く生きてください……。悪いことが起きたらその次はいいことありますよ。特に今回のは近年まれに見る悪いことですって」
「……ありがとうございます。そこでなんですが……そのぅ……あのですねキャシーさん、ゼロの二割五分はゼロということでここはひとつ――」
キャシーから表情がすぅっと消えた。ルーカスの肩に指が食い込んでいる。
その時ルーカスが見たキャシーの微笑は、さながら魔の者を思い浮かべてしまうほど仄暗いものであった。
「それとこれとは別よ。せめてここの支払いくらいしていきなさい」
田中は本当にこの若者に同情の念を抱いたのであった。
おわり




