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第四十一話 電車を超えて4ブロック目 前 その三

 田中たちは今、ビルとビルの合間にある路地のような細い道を縫うように歩いていた。いつのまにかドワイド兄弟に続き、廃墟街の四ブロック目に到達した屑拾いの一人になってしまった。


 ここでいう四ブロック目というのは街の区画のことである。基本的に廃墟街は碁盤の目のように区分けされており、大きな幹線道路が真っすぐ伸び、それと交差する道路ごとに一ブロック目、二ブロック目と呼んでいる。


 廃墟街はいくつかの都市が連なったメガロポリスだったらしく、一ブロックだけでエンディミオンの半分くらいの広さがある。まさかここまで文明が衰退し、街が死に絶えるとは当時の人たちには思いもよらなかっただろう。


 今日の廃墟街はとても静かだ。しかし、全くの無人ではない。


 遠くの方から得体のしれない生き物の鳴き声が、僅かに聞こえる。


 次の瞬間にはその鳴き声の主が襲い掛かってくるかもしれない。妙な緊張感が周囲に漂っていた。こんな状況下でドワイド兄弟もしくは地図を探すなど、見つけるよりも先に心身が参ってしまいそうだ。


「それにしても、前人未到の地というのにあまり他と代わり映えしませんね」


 対照的に彼女には緊張感の欠片もない。人ではなくアンデッドが故なのか、あるいは少しおこがましいかもしれないが自分と一緒にいるからなのか。周囲をきょろきょろと見渡してから、キャシーはつまらなさそうに足元の石を蹴った。錆びた車体に当たり、カーンと高い音がした。


 川を渡る前でも川向うでも、廃墟街の有様は大きく変わりはしない。


 錆びた配管が血管のように通った灰色のビルが立ち並ぶ。剥がれた外壁などの瓦礫やガラクタ、残骸がごろごろと至る所に転がっている。そして亀裂の走ったアスファルトの地面が延々と続く。荒れ果た末、色彩の死んだ世界だ。


 薄暗い曇天の下、傾いたビルの合間を寒々とした風が吹く。


 人の手から離れたというのに、未だ廃墟街に自然は戻らない。何処まで行こうが廃墟街は代わり映えのない虚しい景色であった。


「私は思うんです。もっとこう壮大なパノラマがあればいいなあ、なんて」

「たとえばどんな?」


 途端にキャシーは難しい顔を作る。真剣に考えこんでいるようだ。


「たとえば……白い飛沫が上がるくらいの滝とか、雲海に沈む山々とか、切り立った崖に佇むお城とか」

「全部廃墟街と関係ないぞ」


 キャシーが口をへの字にして頬を膨らませた。


「要するに心躍るような絶景がここにはないんです。さすがに冒険心も続きませんよ」


 冒険心を続かせるためにどこかへ連れていけということだろうか。あいにくエンディミオンの近くに価値観が変わるほどの絶景ポイントなどはない。違う意味で価値観が変わるのはまさにここ廃墟街だが、そんなことを言うとキャシーは怒るだろう。絶対に怒る。


「そんなに絶景が見たいのか?」


 連れていく気は毛頭ないが。


「語弊がありました。ご主人と一緒に見たいのです」

「さよか」

「えぇぇ……そこはもっと照れるとか、そういうリアクションを期待したんですけど」

「そんなので照れる歳でもないし。なにより、返ってくる言葉が予想できたからな。思春期でもあるまいし」


 キャシーはますますふくれっ面になる。ぷいとそっぽを向き、唇を尖らせる。


「むぅ。おもしろくないですね」

「従者を楽しませられない主人で悪うございましたね」

「ほんと。まったくです」

「……おい」


 従者だというのに一段と言うようになってきたと感じる今日この頃。アヴェンジャーやリデルまでこんな感じになったら嫌だなあと、内心ため息をつく。


 おしゃべりばっかりしてはいられない。そろそろ本格的に仕事に取り掛からないと。


 田中は銃剣を取り付けた小銃を構えながら、視線を下へ向けて歩く。


「そういえばちょくちょく下を向いていますね。ちゃんと前を向いて歩かないと危ないですよ。それとも何を探しているのです?」

「足跡だよ、足跡」


 ここは記録上ドワイド兄弟以外の屑拾いは訪れていない。そしてここ数日雨も降っていない。ならば足跡の一つや二つくらいみつかるのではと田中は考えたのだ。だからビルや建物の入り口を入念に調べている。


「ほぅ、ご主人も冴えていますね。たしかに靴の痕は目立ちますからね。なら、あれとかどうです?」


 そう言ってキャシーは細い道から出て行くように続いている、今にも消えかかった複数の足跡を指差した。恐るべしアンデッドの視力。田中ならばよく目を凝らさないと見つけられなかったに違いない。


 田中はよくやったとキャシーの頭を撫でると、周囲を警戒しながら足跡を辿る。キャシーはくすぐったそうに笑い、後に続いた。


 結果からするとドワイド兄弟の足跡を追うことはできなかった。足跡はいったん大通りへ出るとまた路地へと戻っていった。そして幾ばくかも立たないうちに痕跡は消えてしまった。しかしこの周辺に違いない。


 ここはもともとオフィス街か何かだったのだろうか。背の高いビルが何棟も連なっている。目の前のビルは何かがぶつかったかのように、四階以上崩れて瓦礫が道路にまで転がっている。その横にはビルに挟まれるようにして、五階建てのマンションらしき建物がある。


「ドワイド兄弟ってベテランですよね?そんな人たちがやられたのなら、私たちも少々マズいのでは?」


 物陰に身を潜めながらキャシーが不吉なことを言う。


 田中はマンションの方をじっと見ている。自分が探索するならまずあそこだろう。屋上まで上がって付近の様子を窺う。経験上ビルの屋上へは上がれないことが多かった。


「ベテランと一口に言っても色々いるんだよ。お前みたいに戦闘能力に特化したのもいれば、戦いはからっきしなタイプもいる。聞く限りだとドワイドは後者だな。自分の身はある程度守れるけれど、戦うよりは避けるタイプだ」


 一番生存率が高い、そう言って田中は装填レバーを引いた。初弾が薬室に送り込まれる。


 キャシーが、ふむぅと唸る。障害は力づくで乗り越えるものだと思っている彼女には、なかなか理解しづらいのかもしれない。


「じゃあもし無事じゃなかったとすると……何にやられたんでしょうね」

「だろうな。それがいったい何からかはわからんが、できるなら遭遇したくないね」

「めちゃくちゃでかいオークとか……」

「たしかにそれは嫌だな」


 田中とキャシーは二人して小さく笑い合う。そしてキャシーはバルディッシュの柄をぎりりと握った。

つづく

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