第四十一話 電車を超えて4ブロック目 前 その二
いきなり屑拾い兄弟団の本部へ呼び出された。本部といってもありふれた空き家を本部として使っているだけなので、冒険者組合や魔術師組合と比べると……いや、比べるまでもなく貧相だ。
意外と調度品には気を使っているようで、うちにあるソファとは座り心地が違う。
田中とキャシーは本部の一室で、呼び出した張本人が来るのを大人しく待っていた。使いの者が奥の部屋に引っ込んでからしばし経つ。訪れる人もいないし、屑拾いと言う職業柄それほど忙しいとは思えないのだが……。
ノックと共に扉が開き、ようやくお出ましだ。
エンディミオン屑拾い兄弟団の団長である大喰らいのローエングラムだ。身の丈二メートルは届きそうかという長身に、分厚い胸板、腕回りはキャシーの頭ほどあるのではないだろうか。ローエングラムは待たせてしまったことを詫びながら田中の対面に座った。
「で、どういったご用で?」
碌でもない理由だとは察しが付いている。この男が自分を呼ぶときは大抵そうなのだ。
「少々困ったことが起こってな。お前の力を借りたいんだ」
「貴方の言う“少々”がどれくらいのレベルにもよりますけどね。お客にお茶も出さないようなら子供のお使いレベルですか?」
「そう嫌味を言うもんじゃない。私物の葡萄酒くらいしかないが……それをやるわけにはいかんからな。で、本題なのだが」
結局お茶は出ないらしい。ローエングラムは咳払いをすると真剣な表情で言った。
「ドワイド兄弟が未帰還なのだ」
屑拾いならドワイド兄弟の名前を知らない者はいないだろう。エンディミオンを拠点とする屑拾いたちの中で、最も廃墟街の奥へ足を踏み入れたベテランの屑拾いである。直接会話をしたことはないが、もちろん田中も知っている。たしか川を越えて三ブロック目まで突破した奴らだ。
「また一人ベテランがいなくなったのか。寂しいもんですね」
となりでキャシーがうんうんと頷いている。お前は会ったことない気がするんだが。
「で、頼みたいことというのはだな、彼らの地図を回収してきてくれないか?」
「地図?」
田中は首を傾げる。屑拾いたちは各々自作の地図を持っている。どこに何があるのか、どこが探索済みなのか、ミュータントの住みかやビバークポイントを描いたりしたものである。
田中ももちろんその類のものは持っている。大部分は頭の中に入っているが、初めて足を踏み入れた地域や危険な目に合った所はそのたびに追記している。だから田中が首を傾げたのは地図ということに対してではない。
「どうして俺が地図を回収せねばならんのだ?」
逆にローエングラムは少し驚いたような顔をした。
「二つ返事で引き受けると思っていた」
なぜそういう考えに至る?
「なぜってドワイド兄弟だぞ。あの廃墟街を虱潰しに探索しつくしていく奴らの地図に、興味がない屑拾いなどいるか」
なるほど、ようやく田中も理解した。
ドワイド兄弟は大多数の屑拾いたちとは少し違う。元の世界風に言うならガチ探索勢とでも言うべきだろうか。魔法装置や金目の物に興味はなく、ただ廃墟街に何があり何がいてどこまで続くのか、自分たちの地図の拡張と空白を埋め尽くすことに全身全霊をささげる気の狂った輩である。最も廃墟街に魅せられた屑拾いだ。
彼らは地図の中身を公表してはいない。つまり彼らが持つ地図には、奥地へと続くいくつもの抜け道や探索はしたが物色されていないエリアなど、誰も知らない有益な情報が詰まっている。魔法装置に関する情報もあるいは……。
「けれど――どこにいる?」
気が付けば、そんな言葉が田中の口から転がり出ていた。
ローエングラムは実に満足そうな顔をする。彼にとっては田中が隠れて地図をコピーしようが些細な問題にしかすぎない。貴重な情報さえ屑拾い兄弟団で共有できればそれでいいのだ。
「だいたいの目星は付いている。彼らは四ブロック目の攻略を行っていた」
田中は自分の耳を疑った。廃墟街の奥深くだろうなとは思っていたが、まさか最奥だとは思いもよらなかった。ちなみに田中は二ブロック目までしか探索したことはない。特定危険生物もさらに凶悪で狂暴になるし、なにより情報が少ない。
「まさか俺にそこへ行けと?」
話を邪魔するまいと静かに黙していたキャシーでさえ、不安げに田中を見る。断るべきだと視線が物語っていた。
しかし、ローエングラムはなおも話を続ける。
「ああ。安心したまえ。三ブロック目までは危険なく突破できる……らしい。ドワイド兄弟の四男のスティーブンが全面協力すると言ってくれている。要するに三ブロック目までの抜け道を教えてくれるそうだ。あとはドワイド兄弟を見つけるかブツを回収するかだけだ。どうだ、簡単な話だと思わんかね?」
組織の長に相応しい実に不敵な笑みを浮かべている。
こいつの言いなりになるのは癪だが……田中はしばしの間黙考する。そして導き出した答えは――
――というわけである。
田中たちは横倒しになった電車の中を通り抜けて川を超えた。そしてドワイド兄弟の四男から教えられた抜け道を通り、呆気なく三ブロック目を抜けた。恐ろしいほど順調な行軍である。ミュータントの襲撃どころかオークの影すら見なかった。
各ミュータントの縄張りの隙間を縫って進むだけと聞こえはいいが、いったいどうすればこんな抜け道に気が付くというのだろうか。
つづく




