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第四十一話 電車を超えて4ブロック目 前 その一

 それでも、人の好奇心と探求心を止めることはできないのだ。




 自由都市エンディミオンは、大河ポーソン川をその腹に納める城塞都市である。旧帝国の頃は、それはそれは整然とした街並みが広がり、堅固な城壁で多角形になるように囲った美しい都市であった。しかし、戦乱やその後の度重なる改築や増築の結果、今では壁にスライムを思いっきり叩きつけたような形となっている。内部も違法建築や無計画な都市開発のせいで景観もクソもない。悲しいかな、元からあるポーソン川しか当時の名残を残すものはない。


 海から少し離れているが交通の要所でもあるため、自然と人が集まり商いが起こる。そしてなにより旧世界の遺産である巨大な廃墟街が目と鼻の先にある。このせいで他の都市ではあまり見かけない特殊な輩がエンディミオンには集まってくるのだ。


 すなわち屑拾いである。廃墟街から屑を拾ってくることからそう呼ばれる彼らは、大きく分けて二種類の人種がいる。


 一つはひたすら金儲けを目論む者である。危険を顧みず廃墟街に眠る旧世界の遺物を回収し、高値で売り払う輩だ。屑拾いの大多数はこのタイプである。


 そしてもう一つは、旧世界の科学で生み出された化物が跳梁跋扈するこの地を踏破せんとする者だ。旧世界の遺物や金にも興味を示さず、ただただ廃墟街の奥地を目指す本物の命知らずどもである。


 彼らドワイド兄弟と呼ばれる屑拾いたちは後者であった。


 ドワイド兄弟は屑拾いで、男兄弟で、歴戦の猛者で、常人とは比べものにならないほどの好奇心と探求心を持っていた。彼らは他の屑拾いから見たとしても、狂ったように廃墟街へと通った。つまり早い話が廃墟街に憑かれていたのだ。


 一切の光がない地下通路があればそこへ潜り、雲を貫くような塔があればその頂きへと昇った。まさに虱潰しと言うより他がないほど彼らは徹底的な散策を行う。特定危険生物を恐れることなく廃墟街の奥へと進んでいく。いつしか人は彼らのことをこう呼んでいた。


 人類で最も廃墟街の奥へ行った屑拾い、と。




 肌を突き刺すほどの沈黙がこの場を支配していた。


 ドワイド兄弟たち三人は臨戦態勢のままじっと息を潜めていた。五階建てのマンション内を散策中のことであった。実のところ少し前から気が付いていたのだ。自分たちの背後を付かず離れずの距離を維持しながらついてくる何者かの気配を。


 それが何かはわからない。しかし確実に言えることは、この気配の主は人ではない。


 ここは川を越えて四ブロック目だ。未だ自分たち以外の屑拾いが立ち入ったことのない世界。人の領域外である。


 となればもちろん……。


 ドワイド兄弟がいるのはカタカナのロの形をしたマンションの三階の通路だ。右を向けば一階から五階まで吹き抜けの構造となっており、寒々とした陽の光が差し込んでいる。左は部屋の扉がいくつもが並び、ちょうどその真ん中には一階から続く階段がある。気配はその階段のあたりにある。


 ドワイド兄弟たちは三人縦に並び、気配の主を待ち伏せして迎え撃つ態勢を取っていた。


 全員共通して都市迷彩が施されたサーベリアを被り、各部をチェインで補強した同色のカーボン装甲鎧を着こんでいる。数歩離れて蹲れば付近の景色と同化してしまうだろう。腰には同じマチェーテを差している。


 先頭は長兄である。左腕はカーボン装甲とチェインの複合防具であり、斬り込み担当のため三人の中で一番前衛に適した防具である。奇妙なことに背負っているバックパックには、ガラス製のボトルが二本フックで止められている。


 その後ろにいる次兄は膝を立てて小銃を構えている。最新モデルのレミントン小銃で銃口部には魔力強化された鋭利な銃剣が取り付けられている。カーボン装甲鎧やベルトにはいくつもの小箱や筒が増設され、バックパックには金属製の鳥籠に入った黄色い鳥が大人しくしている。


 そして最後尾に位置するのは三男で、次兄と同じく黄色い鳥が入った鳥籠をバックパックに付けている。一目見て魔術道具の類だと思われるアイテムをいくつもベルトや外套に取り付けている。


 廃墟街を探索するうえで、彼らにはそれぞれ役割がある。長兄は斬り込み担当と有事の際の足止め役。次兄は小銃によるカバー役、そして三男は後方支援と最も重要である“地図”を持った案内役だ。


 鳥籠の中の鳥が騒ぎ始めた。


 それを確認した長兄は黒いフェイスマスクを鼻のあたりまでグイっと上げると、ボトルをフックから外した。高価なガラス製のボトルに何を入れているのかと言えば一匹のネズミである。空気穴が開いたボトルの中に鼠を入れ、コルク栓をしている。


 それを階段の前目掛けて静かに転がした。転がっていくボトルが階段の前に差し掛かった時、白銀の軌跡を描いてボトルごと鼠を引き裂いた。


 長兄はギョッとしてとっさに腰のウォーピックを握った。


 鼠を引き裂いた爪はダガーほどの大きさがあり、灰色の剛毛に覆われた太い腕へとつながっている。もちろん人のそれではない。おそらく捕食するための爪でもなく、ただ相手を引き裂き殺すためのものに違いない。もちろんまともな動物の腕であるわけがない。


 足音がする。


 階段からゆらりと現れたその姿に長兄は息を呑んだ。そしてすぐさま決断する。


「撤退!」


 すぐさま次兄と三男は無言で背を向けると、駆け足でその場から離れる。しかし長兄は正面を向いたままじりじりと下がる。


 ――御伽噺の中に狼男なるものがいる。人の体躯で二足歩行する狼だ。


 時間稼ぎをしなければならない長兄に襲い掛かったのは、まさにその外見を持つミュータントであった。


「ハイイロだ!」


 ハイイロと呼ばれたミュータントは一瞬のうちに長兄との距離を詰め、鼠の血に濡れた腕を振り下ろす。


 長兄は爪の一撃を左手で引き抜いたマテーチェで易々と弾いた。そしてハイイロの無防備な胸部目掛けてウォーピックを叩きつける。幾匹ものミュータントを屠り、いくつもの邪魔な壁を崩してきた長兄のメインウェポンだ。金属鎧すらものともしない破壊力と貫通力は魔力強化をしたどんな剣と比べても勝るだろう。たとえ初めて刃を交えるハイイロが相手でも。


 あとはひるんだ隙に距離をとり、煙幕を展開して逃げるだけだ。今まで何度もしてきた、正攻法で相手するのが難しいミュータントと出くわした場合におけるセオリーだ。


 長兄が振るったウォーピックの切っ先はハイイロの胸部を容易く貫いた。夥しいほどの血がピックを伝って地面を赤く濡らした。


 しかし、自分を見据えるハイイロの目はとうてい怯んだようには見えなかった。


 背後から聞こえる連続した銃声と怒声。


 ドワイド兄弟はエンディミオンで最も優秀な屑拾いの一人である。それはすなわち今まで誤った選択をうまく回避してきたか、あるいはリカバリーしてきたからである。


 長兄はその瞬間が来るまで、自分たちが過ちを犯したことに気が付きはしなかった。

つづく

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