第四十話 勇者と屑拾い その五
切っ先を掲げてマシューは地面を蹴り、コカトリスが蹴りだす瓦礫を全て斬り落としながらさらに距離を詰める。
本能がこの人間を近づけてはならないと叫んだ。
鶏声とともに羽ばたいたコカトリスが突風を起こすも、マシューはその風すら斬る。前髪が微風で揺れた。
マシューはコカトリスの目前で急制動を掛けると深く腰を落とし、刃を水平に構えた。柄を持つ手に力を込める。同時に体の奥底からふつふつと魔力が沸き上がり、腕から剣へと流れていくのを感じる。魔力強化剣が放つ輝きは本来の淡い魔力の光などではなく、閃光の域まで達した。
マシューの魔力光が、コカトリスの視界を蒼一色に染め上げる。その時――コカトリスが威嚇であげた鶏声は、たとえ今が深夜であってもたちどころに朝へ変えてしまうほど大きく、荘厳であった。
「おおおおおおぉぉぉッ!」
マシューは気合を込めた雄叫びをあげ、剣を振るった。
赤ん坊ほどの大きさの羽毛が舞う。それは赤と白のコントラストをなし、一つの命が消えた瞬間を群衆に見せつけた。
コカトリスの巨体が倒れ、地面が震えた。
群衆が静まり返るなか、目をまん丸にしたキャシーが手をパチパチと叩く。それを皮切りにいくつもの拍手と歓声が沸き起こり、全てが勇者へと降り注ぐ。
マシューは群衆に向けて特にリップサービスも何もしない。慌てて寄ってきた職員に剣を返すと、変わらぬ軽い笑顔のまま田中たちの元へと戻ってきた。
「ね、なんとかなるもんだろ?」
「はぇー、勇者サンってやっぱすごいですね。剣がめっちゃピカピカしてましたよ!」
「魔力があればだれでもできるよ。僕だって気合で出してるし」
無茶を言うな。
武器に魔力を纏わすのは魔術でも技術でもない。彼の気合がなせる業なのだ。常人にそんな真似ができるわけないだろう。
「正直に言って昔よりすごいことになってるな……」
「タナカさんがほめるなんて珍しい。たしかにね、傭兵時代はちょびっとだけでしたよ。
でもあれから何年たっていると思うんです?僕は現実を受けとめて前へと進みました。それがこの結果です。僕だけでなく他のみんなだってそうです。貴方の部下だったトレースだって立派な森番になって……いや、あれは立派な小役人ですね。
それはさておき、タナカさんはどうなんです?見る限りだと未だに過去にとらわれているようですけど」
勇者の笑みがとてつもなく邪悪なモノに見えて、田中は押し黙る。
「まあいいです。それはまたの機会に話しましょう」
従軍司祭がゆっくりとした歩みで勇者の隣へ戻っていく。
キャシーはさりげない動作で従軍司祭がいたスペースに入ると、田中の腕をとって引き寄せた。そしてなぜか勝ち誇ったような表情を浮かべる。もちろん従軍司祭は顔色一つ変えない。キャシーはいったい誰と戦っているのだろうか。
「じゃあタナカさん、僕たちはこれにて失礼します。依頼を受けたとはいえ魔獣課の仕事を分捕ったわけですから、諸々の説明をしに行かなくてはならないのでね」
そう言ってマシューは、未だ土煙も晴れない現場の方を顎でしゃくる。コカトリスの死骸のところで、責任者らしき男がずっとマシューを見ている。いつになったらこちらに来るのかとやきもきとしているようだ。
「では、また一緒にご飯でも食べましょう。次はカレーがおいしい店なんてどうです?」
キャシーの眉間にしわが寄る。
「具だくさんの田舎カレーと具なしのシティ派カレーで話は変わりますよ」
「僕は農家の三男坊ですよ。馬鈴薯たっぷりの田舎カレーに決まっています」
「ご主人、この人はとてもいい人に違いありません!あ痛ッ」
ノールックでキャシーの頭を小突いた。
一連の流れにマシューは堪えきれずに吹き出した。目じりに涙まで湛えている。さすがの従軍司祭もほんのわずかだが口元がひくっと動いた。
「じゃあまたね」
それを最後にマシューはきびすを返すと、従軍司祭を伴って治安維持局の面々の元へと向かった。キャシーは二人に向けて手を振るが、田中は何も言わず何もせずただじっとマシューの背中を見る。
「ご主人はよっぽどマシューさんが嫌いなんですね」
ぽつりと漏らした言葉には一抹の寂しさがあった。
「嫌い……じゃない。憎んでいると言ったほうがいいな」
「あまり詮索する気はないですけど……さっきちょっと話に上がった傭兵団の団長さんが関係するんですか?」
田中は答えない。答えないからこそ、キャシーはそれを肯定ととった。
しばらくの間、二人して無言でいた。遠くの方でマシューと魔獣課の人が何やら話し合っている。
「そうだな……とりあえずさっきの店に戻るか」
気のせい――では済まされないほど明らかに声が固い。キャシーが心配そうに上目遣いで田中を見た。
過去に起こった忌々しい勇者と自分との確執を思い出しているから、ではない。
騒ぎのどさくさで、まだお勘定をしていないことを思い出したのだ。
というわけで、先ほどの店に戻ってきた。あんな騒ぎがあったのだから誰も気にしてないなどと内なる悪魔が囁くが、常識的に考えてもらいたい。ペストマスクをしているせいで嫌でも店員に覚えられてしまうのだから、支払いを踏み倒すことなど不可能である。
ちゃんと謝ってお代を払えば許してくれるだろう……申し訳なさそう感を出しつつ田中は店員に声をかけた。
しかし帰ってきたのは予想外の答えであった。
「お代ですか?ああ、それならもうお支払い済みですよ」
田中とキャシーは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。支払った記憶がないからこうして戻ってきたわけなのだが。
「相席していた方ですよ。外があんなことになってるのに落ち着いた様子で、お客様の分もお支払いされていましたよ」
思い当たる節がある。キャシーが依頼料を出せないと言った時、マシューは何と答えた?
田中はペストマスクの下で再び苦虫を数匹まとめて噛んだような顔をした。嫌がらせにも程がある。何が「報酬は貰った」だ。今頃ニヤニヤと軽い笑みを浮かべているに違いない。
「ニワトリを倒すわ、奢ってくれるわ。もしや勇者サンは聖人か何かでは?」
「冗談!こういう風に人を自分の手のひらの上で動かすのが好きな碌でもないやつだ」
田中は忌々しそうに吐き捨てた。キャシーは納得がいかなさそうだが、それはマシューの表面だけを見ているからだ。八年前の自分と同じように。
次に会う時は今日みたいな昼食のテーブルなどではない。
勇者だろうが知ったことか――白刃にものをいわせるだけだ。
おわり




