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第六話 貴方の決闘請け負います その三

 田中は呆れかえっていた。


「俺は裁判と聞いていたんだが……」


 決闘裁判が行われるのは司法局前の大広場と聞いていた。だから田中は依頼主であるルーカスをともなって出向いたのだが、実際に着いてみれば想像だにしない光景がそこにはあった。


「催しごとですね、これは」


 自由都市エンディミオンの司法局は大人二人分ほどの高さの塀に囲まれており、入口は守衛が立つ正門のみである。そして塀の中には建物がコの字型に建てられている。その建物に囲まれている何もない空間が大広場である。一番目を引くのが広間の中央に設置されている四角いリングである。リングの各コーナーに支柱があり、それらを数本のロープでつないでリングアウトを防ぐオーソドックスなものである。


 百歩譲ってそれはいい。


 問題なのはその周りである。提供グービル古美術店だとか武具屋銀の剣亭とか書かれた看板。賭博師が大きなボードにオッズ表を書き、屋台が立ち並び、物見客が歩き回り、建物の陰には物乞いがいる。大盛況と言うほかなかった。この都市の住民どもの商魂たくましさが浮き彫りとなる。ここはあくまでも司法局の敷地内であるというのに。また不測の事態に備えてか都市警も数人見える。


「決闘裁判というよりは違法闘技場って言ったほうがしっくりくるぞ……」

「俺もいったい何でこんなことになっているのかわかりませんよ……」


 当事者が状況についていけない。


 田中は傍にいた都市警の一人を捕まえた。


「おい、なんでこんなお祭り騒ぎになってるんだ?始まるのは決闘裁判だろ」

「ええ。どこからどう見ても決闘裁判ですね」


 都市警は本人自身も不本意なのかは知らないが、抑揚のない声で淡々と言ってのける。しかもこちらを振り向きもせずに。どの口がそんなことを言うんだと詰め寄りたい衝動にかられたが、さすがに司法局のおひざ元ゆえに田中は我慢した。


「いや、どう見ても違うだろ」

「何を言いますか。どこからどう見ても裁判です。ほらあそこ」


 都市警が指さす先には特設リングを見下ろすようにして設営された特別席とそこに座る司法官含めて三人余り。


「あそこの特設ステージには司法官とかが座っていますよ。ほら裁判っぽいですよね。私たち都市警も裁判がエスカレートした場合に備えて巡回してますし、まごうことなき裁判です」

「闘技場じゃなくて?」

「もちろんです」

「周りの賭博師とかばくち打ちとかは?」

「たまたま集まった賭博師に偶然横を通り過ぎたばくち打ちたちでしょう。そして偶然商いを始めた屋台です。すべては偶然の結果です。なんらおかしいことはありません」


 ――おかしいことだらけだろうが。


 何処をどう見ても傍聴者がいなく、ただお祭り騒ぎがしたいだけのやつらが集まっている。焼きそば450エン、豚の腸詰の串焼き250エンなどののぼりが立ち並ぶ。裁判という本来ならば厳かであるべき雰囲気は田中には全く感じられなかった。それほどまでに司法局前は裁判そっちのけで商魂逞しい人たちでごった返していた。都市警の言い訳はもはや詭弁である。


「というわけなんであしからず……って、うわ、その悪趣味なマスク!悪徳魔術師じゃないですか!」


 都市警のいきなりの反応に田中は眉をひそめた。それにどこかで聞いたことがある声である。


「誰?」

「私ですよ私!ニト・ペルオキシです。ほら廃墟街で助けて……いや、なんかすっげー高い請求書を要求された」


 都市警その一改めニトは心底いやそうに兜のバイザーを上げた。見た感じは村の娘Aといった風貌である。声だけではいまいちピンと来なかったが顔を見ればなるほど見覚えがある。都市警支給の全身鎧を着ているから気が付かなかったが、田中が廃墟街で助けた都市警である。


「あー……あんときの巡察官か。分割払いの初日が近づいているからちゃんと業者に振り込めよ」

「うっさい!そんなことくらいわかってるわよ!」


 速くどこかに消えろと言わんばかりに刺又を向けてくる。内側にとげとげが付いた妙に痛そうな形状である。ニトはこれでもかと柳眉を逆立てて、八重歯を剥いてくる。その剣幕にさすがの田中もたじろいでしまう。


「あんたのせいで私が今どういう状況になってるのかも知らないくせに!絶対に責任取ってもらうからね!」


 都市警が言う責任ほど怖いものはあるまい。


「いやちょっと不穏なワードを出すのは止めて」

「知るか!ったく、こんなやつと関わり合いになるなんてほんと最悪!さっさとお金返してかかわり全て無くしてやるんだから!」


 言いたいことを弾幕のように言い放つと、ニトはくるりときびすを返した。そしてどしどしと荒っぽく足音をたてながら巡回へと戻っていく。


 どうしてだろう、短い間だったのにとても疲れた。


 若干げっそりとした田中はルーカスとともに特設リングの傍に近寄る。その一角だけは誰も人はおらず、簡易の椅子とそこに座っているキャシーの姿が見られるだけであった。キャシーは鎧や武器、暗器を持たず、袖の短いシャツに短パンと動きやすい恰好である。素手の戦いなのだから、なるべく身軽で行きたいとはキャシーの要望である。


 キャシーは田中を見つけると手招きをして呼び寄せる。どうやらそこはセコンド席らしい。


「ご主人、活気とか熱気が想像していたものと違うのですが」

「奇遇だな。俺もそう思ってた」


 田中はペストマスクのクチバシをなでながらチラッとルーカスを見る。ルーカスは特設リングのほうを向いており、特に気にした様子はない。


「いやーなんだかワクワクしてきましたね!キャシーさんよろしくお願いいたしますよ!」


 むしろ雰囲気を楽しんでいる節がある。ジェニファーちゃんとかいう花売りのために決闘をしに来たということを忘れているのではないかと訝しんでしまう。とはいえ、ここまで来たらもう引き下がれない。あとは流れに身を任せることしか田中にはできない。願わくば余裕でキャシーが勝利し、さっさと帰りたいものである。


「ジェニファーさんの代理人の方はこちらへ」


 スタッフの一人がキャシーを呼びに来た。


「ではご主人、勝利の栄光を君に」

「あのぅ、キャシーさん。その栄光や名誉はできればあそこにいるジェニファーちゃんに……」


 田中はルーカスが差す指の先を視線で追った。司法官用の特別席の眼下には女性が二人立っている。片方はボンキュッボンでむやみやたらに露出度のある服を着たケバいおば……お姉さまである。もう一人は清廉な印象を受ける若い女性である。ルーカスの趣味がよろしければおそらく若いほうがジェニファーちゃんであろう。ルーカスがなりふり構わず支援するのも頷ける。そういう保護欲を誘うような女性であった。と。キャシーが険しい表情をしてこちらを見ていることに田中は気づいた。


「どうしたんだよ。呼ばれてるぞ」

「ご主人、今あの女に見とれていませんでしたか」


 内心ぎくりとしないわけでもない。表情を隠せるペストマスクは本当に便利なものだと感心しつつ、


「気のせい。ほら、怪我しない程度に頑張ってこい。終わったらルアのとこで一緒にご飯食べよう」

「ルアさんのとこだとさらに疲労感が増す気もしますが……はい、従者としてご主人に恥をかかせることの無きよう頑張って参ります」

「従者というかジェニファーちゃんの代理として……いや、なんでもないデス……」


 キャシーは鼻息荒くロープをくぐり、リングへと上がった。


 観客から歓声が上がる。主にキャシーに賭けた者たちだろう。


 キャシーは両の拳をガンと打ち鳴らせ、いまだ対戦相手が現れない相手側のセコンドにガンを飛ばす。人としてのリミッターを取っ払ったアンデッドと肉弾戦ができるヤツがいるならさっさとリングに上げろと眼光で告げる。


 相手側のセコンドがキャシーを見るなりざわざわとし始める。


そんな中、司会がリングに上がった。手に20cmくらいの長さの棒状の何かを掴んでいる。


 司会はリングの内外全てを見渡してから大きく息を吸い込み、


「れーでぃぃぃずえぇぇぇんじぇんとるめぇぇぇん!これより第一回チキチキ代理決闘裁判を開始いたしマース!司会はこの私、ベルベットが務めさせていただきマース!」


 司会の声が周囲の喧騒を押しつぶすかのような音量で周囲全体に響き渡った。どうやら手元の棒状の何かに風の魔術が付与されているのだろう。それにより声を大きく増幅し、遠くへと飛ばしているようだ。魔術の付与ができるほど魔力のない田中にわかるのはこれくらいで、それより詳しいことはわからない。たぶん高度な技術なのだ。

つづく

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