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第五話 その都市警、新米につき その四

 肉が焼ける嫌なにおいが鼻を突く。


 さすがにもう動かないだろう。動かないよね?


 気が抜けてしまったせいか、槍が手から離れてしまった。ガランッと音をたてて槍が跳ねると同時に、アラクネーの足が痙攣するかのようにピクッと動いた。瞬間、キャシーは私の腰の剣を引き抜くとそれを咥え、残った手足を使ってアラクネーめがけて大きく跳躍した。そして着地と同時に左手に剣を持ち換える。


 魔力の青い軌跡が弧を描く。


 キャシーは目にもとまらぬ速さでアラクネーの頭部を斬り飛ばした。


 水っぽい音とともに頭が瓦礫の上に落ちる。


 今度こそ、アラクネーは地に伏したのであった。


「ニトさん、気を抜くのが早すぎです。アンデッドだって燃やしたくらいじゃ即死しませんよ。まぁアンデッドなんですでに死んでいますけど」


 大して面白くもないジョークをどや顔で言わないでほしい。


 とゆーかそんなジョーク言ってる余裕なんてないでしょうが!


「手!手!早く!縫うの!早く縫えばくっつくから!」

「え?今何か言いました?」


 キャシーは自分の右手を拾い上げた。それをどうするのかと思うと、傷口同士を合わせてそのままくっつけた。さも当然のように握ったり開けたりしている。


 …………。


 いやいやいやいやいやいや――


「――くっつけたっ⁉」

「むぅ、大きい声を出さないでください。びっくりしちゃいます」

「びっくりしてんのはあたしのほうぢゃあああああああああっ!」


 めごっ!


 聞こえてはいけない音をたてて、私がぶん投げた兜はキャシーのどたまを直撃した。


「痛い!なんで投げるんですか!」

「ついうっかりよ!」


 右手で額をさすりつつ、キャシーは口を尖らせた。先ほどまで地面に転がっていたはずの右手で……。


 えぇ……なんか普通にくっついてるんですけど……。


 というか今気づいたけど右足も斬り飛ばされたのに元通りになってる。しかも平気で歩いたり跳んだりしてるし。


 何が何だか分からなくて頭が痛くなってきた。


 キャシーは頭を抱えて呻く私を不思議そうに見て、「あ」と小さな声を上げると何やら合点がいったのか唐突に手を合わせた。


「もしかして気づいてないんですか?私はご主人によって生み出されたアンデッドだということに」


 …………は?


 アンデッド?


「え、キャシーがゾンビ?」

「アンデッドです。あんな腐ってるやつらと一緒にしないでください」


 想像の斜め上をいくカミングアウトに思考が全く追い付かない私とは正反対に、キャシーはいたって冷静に事実を突き付けてくる。見た目はまるっきり人間だが縫合痕とかはたしかに違和感ある。けれど、たしかに言われてみればおかしな点がある。人間離れした怪力とか、手足を斬り飛ばされても悲鳴一つあげないところとか、なんでも食べてしまうところとか。


「じゃあ、マジのガチでアンデッド?」

「はい。マジのガチです。たとえ腕が千切れようとはらわたがはみだそうとも私は死にません。すでに死んでますから。あ、なんなら眼帯の裏も見ますか?ご主人にしか見せたことありませんが……キャッ」

「見せんでいい見せんでいい」


 まったく、私の心配はいったい何だったのだろうか……。


 急に脱力感が全身を襲い、その場にへたり込んでしまった。


 もっと早く言ってよ……。


「あー、盛り上がりのところ悪いが少しよろしいか?」


 顔を上げるとそこにはリベットが撃ち込まれたペストマスクをつけている怪しい魔術師がいた。彼がキャシーの言うご主人であり、危ないところを助けてくれた恩人というやつなのだろう。そうでなければ不審者として役所に突き出していただろう。


 そうだ、お礼は言っておかないとね。


「先ほどは危ないところを助けていただきありがとうございました。都市警やってますニトです」

「ああ、都市警の方でしたか。いえいえうちの従者がお世話になりまして……申し遅れました魔術師をしておりますタナカと言います」


 と言ってタナカと名乗る魔術師は丁寧な所作で頭を下げた。第一印象はなかなか感じのいい人である。ネクロマンサーってところが引っかかるけど。それに、なるほど従者ときた……だからキャシーはこの人をご主人と呼ぶのね。


「それはそうとニトさん、これを」


 タナカは腰の小袋から羊皮紙を取り出すと何やら羽ペンで書きだした。インクやナイフなど一切使っていないことから、これも何かの魔術なのだろう。そしてすぐに書き終えるとその紙をあたしに手渡した。


 ふむ、なになに。


 必要経費。


 8万エン。


 ……はて?


 これはいったいなんでしょう?


 私には書いている意味が露ほど分からないのですけど。


「……タナカさん、これはどういうことなのでしょうか?」

「どういうことも何も、さっき使った魔術付与弾の請求金額です」などと淡々と言う。

「えーっと、金とるの?」

「はっはっはっ、当たり前だ。弾だってタダじゃないんだぞ」

「これ……家賃の二倍くらいあるんですけど……」


 もしかしてぼったくり?


「ぼったくりじゃないからな。銃弾に魔術を付与するのは高等技術なんだよ。それだけでも結構するのに高位魔術を付与したらそれくらい跳ね上がるっての」


 疑いが顔に出てしまったのか、先回りして否定されてしまった。そしてタナカはまるでこちらを馬鹿にするかのように……というよりは何も知らない私を諭すように言う。たしかに銃弾の相場なんて知らないけど……しかし、この値段はいやはや……私の支払い能力の限界を超えている。


「キャシーも助かったんですから半額くらいで」

「だめだ。それにあれくらいでキャシーは死なないぞ。けどあんたは多分死んでたぞ。足怪我してるのにあんなバケモノ蜘蛛の前に立つ馬鹿がいるか。命がいくつあっても足りないっての」


 私はすでに死んでますけどねアンデッドだけに、と視界の端でのたまうキャシー。


 お願いだからちょっと黙ってて。


 しばしの間、視線をぶつけ合うあたしとタナカ。なお田中のほうがペストマスクをしているから表情が読めなく若干有利である。くっそダサいけど。


 タナカはチラッとキャシーに視線を送り、


「キャシーが苦戦してたっぽいけど、あんたを守ってたから再生できずに苦戦していた節もあるぞ」と、ぼそりと言った。


 ぐぬぬ……。


 この男なかなか痛いところを突いてくる。キャシーがアンデッドとわかったとき、一瞬だけど同じことを思ってしまった。不覚である。


 となれば……値段交渉あるのみ。


「2万じゃだめ?」


 タナカは肩をすくめると小さく息をついた。


「値段交渉するのはいいけど――一人で帰られるのか?」


 ……あ。


 すっかり忘れていた。


「で、でも、一括でなんか払えないわよ!」

「田舎から出たての新米都市警だもんな。さすがにそこまで厳しいことは言わないよ。うん。分割でいいよ」


 この魔術師は鬼かなにかか?





 かくして、私はタナカの先導により廃墟街を脱出することに成功、そして出口付近にいた救出部隊に救助されたのであった。無事に帰還したことに対する同僚たちの歓声のなか、振り返るとすでに魔術師とアンデッドの姿は消えていた。


 失ったもの(財布の中身的)は大きい。しかし得たものもある。


 私はこれからも都市警として頑張っていくことに変わりはない。けれども、アラクネーとの戦いを通して少しだけ、ほんの少しだけだがこの仕事に対する意識が変わったような気がする。


 自分の生活は当然なによりも優先すべきことだが、加えて人を秩序を平和を守る仕事ともう一度向き直ってみよう――そう私は思うのであった。

おわり

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