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第三十一話 異形と修羅と盗賊 その二

 否、気づいた。


 笑顔を張り付けただけということに。


「きええええええええええええっ!」

「うわああああああああああああ!」


 キャシーの奇声とともに振り下ろされた鉈が椅子に刺さる。


 足を広げるタイミングがもう少し遅れていたら、男として手遅れになっていたやもしれない。


 股の間に半ばまで埋まった刃を目にして田中は戦慄した。大事な部分が危ない目に合ったからというわけではない。もっと別のことだ。


 主人の自分にアンデッドのキャシーがここまで攻撃的になると言うのが、にわかに信じられないのだ。ゾンビやスケルトンと同じようにアンデッドにも術者に反旗を翻さないようプロテクトを掛けているはずなのに、負傷しなかったとはいえアンデッドのキャシーが主人である自分に刃を向けるとは想定外である。


 もしや長年の使役によりキャシーに対する支配が失われつつあるのだろうか。それともアンデッドを二人も追加したことで、今までキャシー一人に向けられていた支配力が分散してしまっているのか。


 なんにせよ、由々しき状況であることに変わりはない。色んな意味で!


「はあ……私は悲しいです。こんなことをしなくてはならないなんて……」

「んなことないぞー。思い込みは止めてくれー」

「仕方がなく……仕方がなくなんです」

「おい人の話を聞け!」


 なんだか目は虚ろだし、完全我を忘れて暴走している。とにもかくにもまずはここから脱出しなくては!至近距離で明かりの光量を最大限まで上げれば十分目くらましになるに違いない。そして袖の下に忍ばせてあるやすりで拘束を切って脱出だ。


 田中が決意し、実行に移そうとしたその時、騒々しい声とともに地下室の扉が蹴り破られた。


「ああ、やめてくだされ客人殿!待つのです!待ってくださらないと困ります!」

「うっさい!あんたは黙ってなさい!ちょっとタナカ!これどうなってんの⁉なんかアンデッド増えてるし、しっかり説明してもらうわよ!」


 田中は思わず天を仰ぎ見た。めんどくさいタイミングで面倒くさい奴らが乱入してきた。顔を真っ赤にしたニトとそれを何とかして止めようとするアヴェンジャーだ。


 一体どうしてこんなことになったのだろうか。


色々とあきらめの境地に達した田中は大きくため息をついた。煮るなり焼くなり好きにしろ、と叫びたい気分だ。こいつらなら本当にやりかねないけれども。


「あのぅ、お取込み中のところすみません」


 蹴り破られた扉からひょっこりと顔を出したのは、蒼いボンネット帽をかぶった少女にしか見えない赤毛の童だ。


「うわ!またなんか増えた⁉」


 ニトが驚きの声を上げた。というかなんで彼女がここにいるのか田中にはまるでわからなかった。


 赤毛の童ことリデルは混沌とした地下室の惨状に一切物怖じすることなく、微笑を携えたまま言う。


「とりあえずお茶にでもしませんか?ね?お茶菓子もありますよ」


 毒気を抜かれるような微笑だった。


 お盆に乗った人数分のティーカップは、空き巣被害があった時に破損を免れた数少ない食器の一つである。鼻をくすぐる香りのおかげかはわからないが、静かになった四人はそれぞれ視線を交えた後、誰からともなく地下室から出て行く。


「いや待て、誰かこの拘束を外せ!」


 田中の声だけが虚しく響く、そんな朝。





 尻尾のない鼠地区はいわゆる平穏非ざる地域である。その日に食べるパンにすら困る貧乏人や物乞い、ゴロツキといった日の当たる世界では真っ当には暮らせない人々が住んでいる。住人が住人のため非常に治安が悪い。当局もこの地域には頭を悩ませており、この地域一帯の浄化作戦を計画したことは一度や二度でない


 しかし一部の教会が人道的支援などと銘打って反対活動をするため実行に移せず、未だに尻尾のない鼠地区はエンディミオンでもっとも治安と言いう言葉から遠い地域である。


 そんな尻尾のない鼠地区にある木造建屋。


 表にかかっている看板から「太ったオーク塗装事務所」と読める。しかし書かれていることを見た通り受け取ってはいけない。


 そもそも尻尾のない鼠地区にまともな事業所などあるわけがないのだから。


 それでも疑う人は古びたオーク材の扉を開けてみればわかる。裏が鉄のフラットバーで補強された扉の向こうには、塗料も無ければ塗装道具も作業台もない。代わりに壁際に立てかけられたいくつもの武具、そして数人の人相の悪い男がいた。もちろん堅気の人間ではない。部屋の一番奥には造りのしっかりしたデスク、そこに座っているいかにも盗賊といった男が気難しい顔をしている。その背後には鞘から柄に至るまで、金銀の装飾で彩られた趣味の悪い長剣が飾られていた。


 表の看板はペーパーカンパニーで、実のところ盗賊法人「ベルヌコ盗賊団」のアジトであり、男はこの盗賊団を束ねるボス兼社長である。


 そしてもう一人この場に似つかわしくない女がデスクに腰掛けていた。非常に整った容姿で、漂わせる雰囲気はそんじょそこらの小娘が束になっても敵わないほど艶やかだ。


 姿態を包んでいるのは新月の夜を切り取ったかのような黒のロングドレス。腰のすぐ下からばっさりとスリットが入り、足を組み替えるたびにしなやかな太腿の大部分が露になる。手を包む長手袋もヒールも同系色でまとめられており、上から下まで黒く艶めかしい肢体の美女である。


 ただ腰には似つかわしくない細身の長剣が斜めにぶら下がっている。弓なりに湾曲した木製の鞘には古びた札や布が巻かれてあり、物々しい雰囲気を醸し出す。護身用というには大層な代物だし、この女の細腕で使うには大物すぎる剣だ。


 この黒い女、盗賊に囲まれながらも全く臆した様子も見せず、しばらく手持ち無沙汰に扇を開けたり閉じたりしていた。そして長いまつげを揺らし艶やかに嘆息した。


「別にね、私は忘れていたわけじゃないのよ。やるべき理由がなかったから後回しにしていたの。だって武器を魔力強化したらその術者によってパターンというか癖があるなんて知らないわ。解析することで強化した術者を割り出せるなんてことも知らないわ。だって私、魔術師でもなんでもないんですもの」


 もう一度嘆息した。その動作の一つ一つから妖艶さが滲み出る。


「結果的に仕事は失敗したとはいえ、あの二人が術者を割り出せるようなへまをやるとは思えないけど。言われた通り念には念を入れるに越したことがないわ。そうは思わない?社長さん」


 黒い女が話す内容から、この盗賊団が犬面と猫面の遺品を回収するために、留守中の田中の家をさんざん荒らしまわった張本人たちである。


「ああ……」


 ベルヌコ盗賊団の社長は固い声音で頷いた。それとは正反対に周りに控える部下は殺気を隠そうともせず黒い女にガンを飛ばしていた。

つづく

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