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第三十話 ようこそわが家へ その四

 生前の頃の影響が出ているのかアヴェンジャー自身のネーミングセンスが普通のものを良しとしないようだ。しかし、本人はそう名乗ることになんら抵抗はなくても、田中としては少し困る。つまり術師である自分が名付けたと周りから思われるのはちと恥ずかしい。


 アヴェンジャーが一歩前に出ると、つられて田中とキャシーの視線が彼女を追いかける。三白眼かつ切れ長の瞳が彼らを見返した。


「うむ、今紹介に預かったアヴェンジャーだ。生まれたばかりで何かと経験不足だが、手数と剣捌きには自信がある。与えられた責務はしっかりと果してくれようぞ。主殿、キャシー殿、以後よろしく頼む」


 そして深々とお辞儀をした。アンデッドといえど、わずかな緊張がその声から感じられた。それだけで、ちょっとだけだがキャシーは親近感を覚えた。




 ただ、これだけで終わりではなかった。田中とアヴェンジャーはなかなか席に着こうとせず、そんな二人をキャシーは訝しんだ。ものすごーく嫌な予感がする。


「その前に実はもう一人紹介したい奴がいる」


 田中の言葉に、キャシーの顔に隠しきれない警戒心が浮かび上がった。


「まさか……?」

「あー……まあ……うむ、そのまさかだ。リデル、こっちゃ来い」


 妙に歯切れの悪い田中は廊下の方に向かって手招きをした。するとアヴェンジャーの後ろから、キャシーより少しだけ背丈の低い子がひょっこりと顔を出した。


 蒼いボンネット帽をかぶり、肩口で切りそろえられた赤い髪が印象的な小柄な童である。


 キャシーの表情が引きつった。引きつったのちに傭兵団の百人隊長ですら裸足で逃げ出しかねないほど凶悪な眼光を田中にぶつける。


「何者ぉ⁉」


 豹変具合に何かを悟ったのかしてアヴェンジャーが静かに横へ動き、キャシーの視界の外へ逃げた。


 田中は困ったように手を額に当てた。こうなるんじゃないかと思っていたがやはり想像通りの反応であった。とはいえアヴェンジャーをすんなり受け入れたキャシーならば、ちゃんと説明すれば理解してくれるだろう。


 楽観的ではない。ちゃんと自信はある。


 あのなあ、と田中は口を開けた。


「こいつはリデル。本当は一人だけにするつもりだったがなんやかんやで二人になった。一応庭師をメインにしてもらおうと思っている」


 とてつもなく適当な説明であった。


「リデルです。よろしくお願いいたします」


 短い挨拶ながら丁寧でおっとりとした話し方だ。線が細く、いかにも大人しそうで気弱な感じである。田中は内心ほっとした。これでリデルもリベンジャーとかレッドショルダーとか名乗られた日にはすべてをなかったことにしていたかもしれない。


「ほう……」


 キャシーは品定めをするように、懐疑に満ちた視線を上から下まで余すところなく走らせる。一方のリデルは髪とおなじく赤みがかった目を細めて無邪気に微笑み返す。白い頬にえくぼが目立つ。


 田中はリデルの横に立つと頭をポンポンと叩き、


「重要なことを言うが……こう見えてもこいつは男だ」

「私はキャシー、よろしくね」


 満面の笑みを浮かべてリデルに手を差し伸べた。


 豹変具合に何かを悟ったのかして、アヴェンジャーはさりげない動作でもともと立っていた位置へと戻ってきた。


「お前、その変わりようはさすがの俺でも引くぞ」

「いえいえ、何をおっしゃいますか。私からすればご主人のほうがどうかと思いますよ。なんですかこの子、いかにも女の子みたいな外見だけど実は男の子です残念でした、みたいな。いくらなんでもご主人の趣味を疑いますよ。まさかそっちの気が……」


 怒ったような顔でキャシーは田中をねめつけつつ、両手でリデルのほっぺを引っ張る。もちろん怒っていないのは誰が見ても明らかだ。田中はめんどくさそうにため息をついた。


「……俺を変態みたいに言わないでくれ」


 リデルは微笑を絶やさず、、小首をかしげた。


「すいません、僕なにか悪いことをしましたか?」

「そんなことないぞー。全然ないぞー」すかさずフォロー。


 キャシーの視線が刺さって痛い。自分だって別に何も悪いことはやっていないのに。


 田中は再び咳払いをして場を仕切りなおす。


「とにかくだ。我が家にリデルとアヴェンジャーと新しい戦力が加わった。これが何を意味するかは賢明な諸君なら言わずともわかるだろう。二人には初めに言ったように、基本的には俺が留守の際にこの家に侵入しようとする不届きものの対処をしてもらいたい」


 これが一番の理由。


 誰が喧嘩を売ってきたのかはわからないが、誰に喧嘩を売ったのかは思い知らせなければならない。


 こういうのは躾と一緒だ。手を出したら痛い目に合う、相手にその事をわからせるだけでいいのだ。


「法と秩序に則った対応をしてくれと言いたいところだが、いつの間にか反社組織と対立するようになった俺たちの状況から考えるに悠長なことは言っていられない。デッドオアアライブの精神で各々気の向くままに頑張ってもらいたい」


 リデルとアヴェンジャーは互いに目を合わせ、田中の方を向いて頷いた。


 所信表明だとかそんなかったるいことはいらない、うなずくだけでいい。人としての倫理観すらかなぐり捨てて生み出したアンデッドだ。言われなくとも術者の自分がよくわかっている。大事なのは想定したように二人が動いてくれるかどうかである。


 田中は椅子を引いて座ると、


「じゃあ顔合わせはこれくらいにして――冷え切らないうちに飯にでもしようか。キャシーの料理は美味いぞ。ちょっと馬鈴薯率は高いけど」


 キャシーは口元が緩むのを抑えられなかった。


 別に料理の腕を褒められたからではない。いや、嬉しいことには違いないのだがもっと別の理由がある。


 田中が「我が家」と言ってくれたことだ。少なくとも主人はアンデッドといえど自分たちのことを家族だと思ってくれている。そのことが堪らなく嬉しいのだ。女性陣が増えたのだけはちょっと気に食わないけれど……。


 そして従者は人知れず祈る。主が狂気に落ちないことを。

おわり

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