第三十話 ようこそわが家へ その三
それから五日が経った。
地下室にこもり続ける田中のためにキャシーは絶え間なく材料を供給し続けた。キャシーの頑張りようは凄まじく、自警団やら都市警が徒党を組んで墓地を巡回するほどである。ここ一年くらいは「謎の怪生物、エンディミオン付近の墓地を荒らす」という不名誉極まる表題で都市伝説として語られるだろう。
そのかいあってか、ようやくアンデッドが完成した。キャシーはその瞬間に立ち会ってはいないが、地下室から歓喜の雄叫びが響いてきたことだけは今でも耳に残っている。しかしお披露目会は後日ということでキャシーは未だにアンデッドと顔を合わせてはいないし、田中もそのあと丸一日眠り続けたので詳しいことは聞いていない。
おそらくまだ地下室にいると思うけど、どうもこそっと見に行く気になれない。こういうことはやっぱり田中から紹介してもらうのが筋である。
そういうわけで田中が起きるまでに、キャシーは新しいアンデッドのために歓迎会の準備を終わらせていた。ダイニングの天井には「歓迎会」と書かれた天井幕が張られている。テーブルは大皿に乗せられた料理の数々が並び、壁には優しい彩りのガーランドで華やかな空間に飾られている。
キャシーはテーブルに着いて田中が来るのを今か今かと待っていた。
「お、なんかすげー可愛らしい雰囲気だな」
のんきに感想を言いながら田中が入ってきた。自宅だというのにあいかわらずペストマスクを被っている。
「そりゃもちろん!いろいろと気合を入れて準備しましたので。馬鈴薯を揚げたものは言わずもがな、カレーもありますよ」
そうキャシーが言ってテーブルに置いてあった鍋のふたを開けた途端、ごぎゅるるるるっ!とこの世のものとは思えない音が田中から聞こえた。
そういえばろくに食事をとった記憶がない。作業中にたびたびキャシーから差し入れはあったがそれに手を付けていたかどうかも怪しい。まあ食事をできるような環境ではなかったけれど、それでも人は集中するとここまで鈍感になれるのか。不思議とおかしく思えてきた。
「近年まれに聞くお腹の音ですね……」
キャシーが若干引いている。田中はゴホンと咳払いして、
「まあそれはさておき、飯の前に新しい仲間の紹介といこうか。入ってくれ」
コツコツコツと足音がどんどん近づいてくる。
無意識に視線が下を向く。
キャシーは固唾を呑んで足音の主が入ってくるのを待ち――
足音が止まった。
ゆっくりと、
ゆっくりと顔を上げる。
そのアンデッドは長身で、妙齢の女性であった。
「話が違う」
冷たく、抑揚のない声が田中の背筋を凍り付かせた。純粋な恐怖。ぎこちない動きで顔を声の主へと向ける。こちらに向けられた目が据わっており、鋭利な刃物を突き付けられているような錯覚さえ覚える。
「ご主人、私だって空気は読めます。歓迎会と銘打っておきながらこういうことを言うのは非常に申し訳ありませんし、言われた本人だって良い思いをしないのは重々承知しております。しかし、しかしです。さすがに私も我慢できることとできないことがありますので言わせていただきます」
ずいと一歩近寄った。無意識のうちか田中は半歩後ずさった。
「どーこーがー屈強な男性型のアンデッドなんですか!」
銃声にも負けない声量であった。
「私言いましたよね?男がいいって言いましたよね?」
柳眉を逆立ててキャシーは田中に詰め寄っていく。それに合わせて田中も逃げるように後ろへ下がっていく。ペストマスクで表情は伺えないが、声と雰囲気からそうとう焦っていることは伝わってくる。
「いや、そんな新婚の夫婦が子供は男の子がいいね、みたいな感じに言われても――」
「言いましたよね⁉」
背中が壁に当たり、田中はとうとう逃げ場を失った。地獄の悪鬼ですら裸足で逃げ出しかねないほど怒り狂ったキャシーを見るのはいつぶりだろうか。今にも口から火を噴いて焼き尽くさん勢いである。というか今すぐこの場から逃げ出したいくらいだ。
しかしながら救いの手というのはいつも予想外のところから差し伸べられる。
「あー……お取込み中申し訳ないが、そろそろ自己紹介させてもらえぬか?」
キャシーは女アンデッドの顔を見て、次に田中を見た。そしてもう一度アンデッドに顔を向けると、ゆっくりと田中から離れて居住まいを正す。やっと冷静になってくれたようだ。
「失礼しました。いきなり見苦しい所を見せてしまいすみません」
そう言ってぺこりと頭を下げた。顔を上げるとキャシーは改めて女アンデッドの姿を上から下まで見た。
まず思うのが女性にしては長身なことだろう。身長はキャシーより頭一つ高く、田中より頭半分低い。
第一印象はクールビューティーという言葉が一番適している。アンデッドに共通して肌に血の気はないが、それがまた風貌を引き立てるのに一役買っている。そんな美人だが、欠点を挙げるなら三白眼で人相があまりよろしくないところか。そのせいで受け手によってはちょっと冷たい印象を受けるだろう。キャシーが褪せた金髪なのに対して、彼女は長く黒い髪をその先だけ後ろで束ねている。丈の長い濃緑色のサーコートを身に纏い、口元はチンガードにより隠れている。そしてこれまた武骨な印象を与える革ブーツに革製長手袋と、一見して露出している箇所は顔の上半分のみである。
そして何よりキャシーのような縫合痕が顔にはない。ましてや眼帯もない。
――ちょっとずるい。
なんだか負けたような気がする。後でご主人を問い詰めなければ。ふつふつと理不尽な怒りが湧いてくる。
田中は襟元を正し、ずれたペストマスクを元に戻すと、
「改めて俺から彼女を紹介しよう。この度新しい戦力として仲間になるアンリ……」
「アヴェンジャーだ」
凛とした透き通る声であった。
田中は黙って自らアヴェンジャーと名乗ったアンデッドを見た。ふざけている様子はなく、いたって真面目な顔をしている。彼女は田中の視線に気が付いて片眉をピクリと動かした。いや、何でもないと言い、田中は次いでキャシーを見た。
そんな風に見られても、そうキャシーの目は物語っている。
田中は仕切り直しと言わんばかりに咳払いをすると、
「えー、彼女は今日から仲間になるアンリ……」
「アヴェンジャーという」
…………。
田中は天を仰いだ。以前掃除したのに全くとれていない天井のシミがいくつか目に留まった。一つ二つ三つ……。
もう一度アヴェンジャーと名乗ったアンデッドに視線を向けた。言わずもがな、いたって真面目な表情である。
そして田中は、
「彼女の名前はアヴェンジャー……らしい。雑務全般と俺たちが留守の際に警備をしてもらう予定だ」
結局、訂正は諦めたらしい。
以後彼女の名前はアヴェンジャーといういかにも人名らしくない、年端もいかない童が寝る間際の妄想で考えるような小っ恥ずかしいものとなった。
つづく




