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第三十話 ようこそわが家へ その二

 土まみれのずた袋とシャベルを担いでいるにもかかわらず、すれ違う人に指摘されることなくキャシーは帰宅した。いかにも墓荒らしをしたような恰好だというのに、えらく堂々とした帰宅である。


 シャベルを玄関口に立てかけ、キャシーはずた袋を担いで家の中へ上がっていく。それなりの重みがあるはずだがアンデッドにとっては苦にもならない。


「ご主人、ただいま戻りました。袋はどこに置いておきましょうか?」


 やや間を空けて田中からの返事が来た。


「よくやった。今地下室で作業中だからここまで持ってきてくれ」


 この屋敷は前の所有者が武具置き場として使っていた地下室がある。置いているものがものなだけに、この地下室も普段は閉じられているのだが、今日に限っては入口がぽっかりと開いたままであった。


 キャシーはずた袋を引きずらないよう頭の上に掲げて一段一段降りていく。階段を降りきると何本もの蝋の明りが出迎えた。魔術師が明りの魔術を使わずに蝋を使っているということはそれだけ長時間籠り、なおかつ魔力を消費するようなことをしている証明である。


 キャシーは土と生ものが混ざり合った不快な臭いに表情をしかめた。急場しのぎだったのかして本来置かれているはずの武具類は壁際へ乱雑に寄せられている。蝋の明りと魔力強化の明りが混じり合い、雑多な雰囲気を醸し出す。そして武具類があった場所にはキャシーが担いでいるずた袋と同じものが八つほど転がっていた。そのすべてが口を空けられており、ぺしゃんこに潰れている。


 中身は扉を開けたさらに奥、部屋の中心に無理やり置かれたまるで手術台のように無機質な作業机の上で数々の魔術的道具と共に横になっていた。


 田中はというと作業台の前に立ち、横になっている『材料』に手をかざしている。その手からは損壊したキャシーを修復するときに出るおどろおどろしい光――いや、光というより闇と形容するほうが正しいのかもしれない――を放っていた。その光は『材料』を包み込み靄のようにその周囲を滞留している。田中はそれに合わせてぶつぶつと呪を唱える。


 アンデッド製作の真っ最中であった。手順は死霊魔術であるネクロマンシーと違わないが田中がアンデッド作りに用いるのは死霊魔術ではなく彼固有の特殊能力である。


 キャシーはずた袋を他の袋と同じように並べ終えると黙ってその背中を見つめる。田中は作業で汚れないよう前掛けをし、体のあちこちに魔力増強の護符を付けている。そして普段と変わらずペストマスクを被っている。しかしこの時ばかりはペストマスクを被るのが正しい。くちばしの先に消臭効果などがある香草などを目いっぱい詰めて、地下室に漂う悪臭を嗅がないようにしている。


 田中はしばらくの間光を放ち続けていたが、深いため息とともに作業の手を止めた。


 すなわち失敗である。


「ご主人、ここは空気が悪すぎます。たまには外へ出ても良いのでは?」


 キャシーの心配をよそに田中は首を横に振る。


「せめて休憩でもしませんか?今すぐお茶を入れてきますから」


 田中は振り返ると、汚れた前掛けを脱ぎ、手袋を外し、キャシーに近寄る。そして有無を言わさず抱き寄せた。キャシーは驚いた様子であったが、目を細めると田中の背に腕を回した。


「どうしました?」


 とてもやさしい声音だ。


「……こうも失敗続きだとさすがに自信を失う」


 声にまるで覇気がない。これでは田中のほうが死霊か何かみたいだ。


「そうですか。でもご主人が扱うネクロマンシーはネクロマンサーが扱うそれとは違うんですよね?たしかご主人がどうこうする度合いは限られているとか」

「まあそうだな」

「じゃあ大丈夫です。根気よく続ければそのうち成功します。それまでは私が支えますから」

「そうか……」


 本当にいつもの田中らしくない。ここまで弱気になるとは、そうとう精神がすり減らされているようだ


 それもそのはず。アンデッド作りを開始ししてからこっち、トイレ以外では全く外に出ることもなく、ひたすら地下室にこもり作業に没頭しているのである。キャシーが休憩を勧めるのも納得できる。こんな調子では体が悲鳴を上げるよりも先に頭がどうにかなってしまう。


 田中はキャシーの腰に回した腕を解くとその場に座り込んだ。口ではああ言ってはいるが、キャシーの言う通り倒れてもおかしくないほどに魔力、体力、精神力を消費していた。


 キャシーは表情を緩めると、見たこともないほど弱弱しい主人の頭を撫でた。


「新しくアンデッドを作ると聞いたときは驚きましたが、つまり私にアンデッドの後輩ができるということなんですよね。そう考えると胸が高鳴りますね。まあアンデッドですので高鳴る胸はないんですけど」


 堪え切れなかったのかしてペストマスクの下からフフっと笑い声が聞こえた。キャシーは思わず目を丸くした。この手のアンデッドジョークは前から良く飛ばしていたので、いつもみたいにノーリアクションだろうと思っていたからだ。逆にこっちのほうが恥ずかしくなってきた。


「で、変な噂が流れまくりの中せっせと供給してますけど、どういうアンデッドにするんですか?」


 誤魔化すつもりはないが自然と早口になる。


「前も言ったが、庭師兼警備みたいな感じにしようと思っている」


 退院してきたときに見た枯葉や雑草が田中の中で強く印象に残っている。また屋敷の壁を覆う蔦もどうにかしたいという積年の思いもある。もちろん不在時の警備のほうに比重を置くつもりではあるけれど。


 キャシーは難しい顔をしてしばし考えこんだのち、


「そうですかー。でもそれなら女性型より男性型のほうがいいですよねー。たとえば筋肉もりもりのマッチョマンみたいな。やっぱそういう仕事は女性よりもガタイの男性のほうがいい、みたいな」


 ちらっと田中の反応を窺う。


「そうか?別に女性でも問題ないと思うけど」

「大ありですっ!」


 キャシーは声を荒げ、先ほどまでの温和な表情を一変させる。


 田中もたじろいだ。嘘偽りも冗談も一切なしでまじめに言い返した。


「一応言っておくけど、どうなるかわからないぞ。そもそもアンデッドになるかどうかは俺じゃなく相手しだいなんだからな」


 キャシーはなおも疑り深い視線を送りつけてくる。


 実際田中の言うことは正しい。田中の使うネクロマンシーは広く普及している死霊魔術ではなく、この世界に迷い込んだ時に発現した特殊能力である。同じ死体を動かす術とはいえそこに至るプロセスが違うのだ。


 二つのネクロマンシーをそれぞれ比較しよう。死体という適当な器に魂を憑依させ、あたかも自分は生きていると誤解させるのが死霊魔術と呼ばれる一般的なネクロマンシーである。これが死体だとゾンビで、骨だとスケルトンになる。またグールは魔術ではなく魔法のため魔術師には再現できない。共通してこれらは術者により強制的に死体をよみがえらせる術である。


 一方田中のネクロマンシーは、その能力を媒介として直接“外側”にいる本人に問いかけるイメージだ。すなわち死体とその持ち主に、アンデッドとして再び生を受け主従関係を結ぶか否かを交渉するのである。


 キャシーのように筋繊維をはじめとする身体能力をいじられ――たとえ人間と呼べない存在になったとしても、それでもなお生きたいと願い、一点の曇りなく田中の要求を呑んだ時、初めてアンデッドとして生まれる。この点において死霊魔術とは異なる。そしてアンデッドの製作難易度が高い所以である。


 基本的に死してなおアンデッドとして復活できるほど強い執念や思念を持った人はおらず、また生き返るためなら人間を止めることを是とする者もまずいない。前の部屋に転がっているずた袋はそうした交渉を拒否した者たちが入れられていたものである。


 だからおいそれとアンデッドを作ることはできないし、実は今まで何度も挑戦してきたが、結局のところキャシーしか田中の呼びかけに応えたものはいなかった。


 ちなみに説明の通り、男か女かは田中に指定できるものではなく、『交渉相手』を供給するキャシー次第であることに本人は気が付いていない。


「つまり――」


 理解したのかしていないのかイマイチわからないが、キャシーは真面目腐った顔で言う。


「ご主人と私は運命のひとってことですか。やだー」


 一人で体をくねらせキャッキャするキャシー。おそらく理解はしていないだろう。しょうがない。誰しもどうやって自分が生まれるのかという話は真剣には聞きたくないものだ。自分だってそうだ。だって気まずいし。


 田中は気づかれないようにため息をついた。


「そういう意味では運命の人という言い方も合ってるかもな」


 キャシーはその思いがけない言葉に体をくねらせるのを止めた。いつもなら速攻で否定するのに今回ばかりは真逆の対応である。どういう風の吹き回しなのだろう。喜びよりも先に、キャシーは本気で自分の主人のことが心配になってきた。


 田中は大きく伸びをした。肩を回すたびにゴリゴリと不穏な音が鳴る。


「キャシー、家のことは頼んだぞ」

「はい。お任せください――」


 禍々しい光が田中の両手から滲み出る。


 扉が閉まる。

つづく

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